第66話 助け舟
「五月雨さんもYチューブをしているのですか?」
「もちろんよ。今の時代モデルだけの仕事では客を集客できないの。以前はショーなどに出演をしていれば知名度が上がりいろんな仕事が出来たけど今は違う。自己プロデュースをして、自分に付加価値を付けないとショーには出演出来ない。でも、上限坂君みたいに雑誌の仕事をメインに活動している昔ながらもモデルもいるわ。昔みたいに雑誌が売れれば良いのだけど、雑誌の発行部数は年々落ちている。私はYチューブで町中ファッションチェックやモデル仲間とコラボイベントをしているわ」
以前のモデルは、服やアクセサリーなどの商品を身に着けてファッション雑誌や広告、ファッションショーに出るのが仕事であった。今もそれは変わらないが、デビューしたての新人モデルにはすぐには仕事は舞い込んでこない。そこで、活用されたのがYチューブである。モデル事務所は新人モデルにYチューブをやらせて知名度を上げさせる。Yチューブで知名度を上げるのは至難の業であり、個性的は発想、世間の分析力、自己プロデュース力などの才能が必要である。Yチューブで知名度を上げる事が出来るモデルは才能を認められ、必然と仕事が舞い込んでくるのは当然の結果だ。
「俺、Yチューブなんてしていません」
「そうのようね。事務所からは説明は受けていないの?」
「今日、モデルになったばかりなのでまだです」
「・・・シルバー事務所も無茶するわね」
「俺、どうしたらいいですか?」
頼れる人もいないので俺は五月雨さんにすがる。
「昴君・・・協力してあげたいけど、私も勝ち残らないといけないの。ライバルは少しでも減らしておきたいのが本音ね」
「それなら、どうして俺を呼び出したのですか?」
五月雨さんは動揺している俺を心配してオーディション会場から連れ出してくれた。俺にオーディションを敗退して欲しかったら放置した方が良いはずだ。
「ごめんね。これも演出なのよ。じゃぁ、私は会場に戻るわね」
五月雨さんは小さく手を振ってオーディション会場に戻って行く。俺は五月雨さんが言った『演出』という言葉が気になったが、それを聞き返す事は出来なかった。俺も少し間を開けてからオーディション会場に戻った。
「・・・」
オーディション会場に戻ると上限坂が涙を流しながら頭を抱えていた。一体何がおこったのであろう。
「これが視聴者の意見よ。誰もあなたに興味はないのよ」
笠原さんの冷酷な声がオーディション会場に浸透する。
「・・・」
上限坂は何も言い返せない。
「五月雨さん、何があったのですか?」
俺は五月雨さんに聞いてみた。
「モニターを見て、上限坂君に対する罵詈雑言で埋め尽くされているわ」
俺は正面のモニターを見る。
『コイツ語彙力0。口論も出来ないバカ』
『イケメンだがバカ。愛子様に反論もできないバカ』
『コイツがモデルって嘘だろ。顔以外はポンコツ』
『ワイルドじゃなく不潔。髭剃れ』
『喋り下手過ぎ。面白くない』
「黙っていないで反論しなさいよ。私が悪者みたいじゃないの」
『愛子様は正義。ハゲが悪い』
『そうそう。ハゲしゃべれ』
笠原さんが喋ると追随するようにコメントが送られる。
「愛子さん、上限坂君は戦意を喪失しているわ。もう、その辺で許してあげて」
五月雨さんが舞台に上がる。
「雪さん、私はモデル業界を舐めているマネキンに、モデル業界のイロハを教えてあげてるの。感謝されることはあっても責められる言われはないわ」
笠原さんは鋭い眼光で五月雨さんを睨みつける。
「マネキンもれっきとしたモデルの仕事よ。批判するのは自由だけど否定するのはいかがなものかしら?」
Yチューブをしないで雑誌や広告のモデルをメインにする者を、モデル業界ではマネキンと揶揄されるようになった。
「マネキンがモデルの仕事?笑わせないでよ。出版社の言いなりで、つまらない服を着せられる着せ替え人形がモデルの仕事なんて私は認めない。私達モデルは自分の意思で自分の好みで自分の感性で服を選ぶの。モデルが望む服を生み出すのがデザイナーで、その服を広める場所を提供するのが出版社なの。そして、私達モデルが選んだ服を品定めするのがお客様。この上下関係を無視したシステムはすぐにでも壊すべき」
自己中心的な意見を言う笠原さんだが、服を買う客をたてることを忘れはしない。このしたたかさが視聴者が笠原さんに好意を抱く1つの要因である。
「愛子さんの言う通り今のモデル業界はレボリューションが起こり、モデルを引き立たせる服をデザイナーが作り、その服を雑誌や広告、ショーなどで発表するようになっているわ。まさしくそれが桜花院 妃が提供する【エボリューション】。元トップモデルの桜花院 妃が仲間のモデルの個性を生かした素晴らしい服を作ってくれている。だからといってそれが全てではないわ。デザイナーから、またブームの火付け役として出版社のアイディアも必要な時もあるわ」
「籠の中の鳥は決して自由に空を羽ばたけない。それはまさにデザイナーや出版社が主導のショーと同じ。観客は自由に大空に羽ばたく鳥を見たいの。作られた籠の鳥など誰も見たくない。あなたはどっちなの?籠の中の鳥?それとも自然の中を自由に羽ばたく鳥?」
モニターには笠原さんを絶賛するコメントで埋め尽くされる。事務所の後輩である上限坂を助ける為に舞台に上がった五月雨さんだが、これで五月雨さんもこのオーディションの脱落者になってしまうのだろうか・・・
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