第65話 口舌バトル


 「時間です。会場へお入りください」


 黒のスーツを着た男性スタッフが声を掛ける。俺達は席を立ちオーディション会場へ向かう。オーディション会場は真っ白の壁に真っ白の椅子、真っ白の大きな円卓があり、奥には小規模の舞台があった。俺達は空いている席に自由に座るように言われた。俺が椅子に座ると隣の席に五月雨さんが座った。


 「今から1次オーディションを始めたいと思います。オーディションの内容は今流行りの口舌バトルです。皆さんはご存じだと思いますが口舌バトルについて説明します。今から1時間この会場で皆さんで自由に会話をしてもらいます。その会話の内容でお互いに意見が食いちがう事があれば、奥の舞台に上がって口舌バトルを始めてください。この会場には5台のカメラがありますので、皆さんの様子を見た視聴者様が会場に設置されているモニターにコメントを書き込みますので、そのコメントの内容を見て、どちらの意見が正しいか判断できます。口舌バトルの勝者は最後に視聴者の投票によって決まりますが、口舌バトルで心が折れた方は途中で退場することを認めます。では今から口舌バトルを始めます。この1次オーディションで勝ち上がれるのは3名だけです。皆さん視聴者様が喜ぶ口舌バトルを繰り広げてください」


 男性スタッフはそう述べるとオーディション会場から出て行った。


 「みんな!オーディションの内容は理解したよな。まずは自己紹介をしてみるのはどうかな?」


 第一声を上げたのは背の高い坊主頭のイケメンの男性だった。


 「それ!いいかもね。まずは視聴者様に私たちの事を知ってもらうのが一番よね。他のみんなも賛成でいいよね」


 五月雨さんがみんなに賛成の是非を問う。もちろん、反対する者はいないだろう。ここで反対することは協調性の無さを露呈するだけでありデメリットしかない。


 「賛成」

 「私も賛成」


 次々と参加者は賛成をする。


 「くだらない。このオーディションは誰でも参加できるほどレベルは低くないわ。今までの実績で呼ばれたモデル、すなわちエリートモデル以外は参加できないわ。いまさら視聴者に媚びを売るなんて、まっぴらごめんだわ」


 場の空気を壊す発言をしたのは笠原さんであった。先ほどの優しい笑みは消えて悪魔の微笑でみんなを見下していた。


 「笠原さん、そのような怠慢な態度は良くない。あなたは有名モデルかもしれないが、みんなが有名なわけではない。ここは自己紹介をして視聴者様にみんなの事を理解してもらうべきだ」


 坊主のモデルが笠原さんの意見に反対する。俺もこの坊主の意見に賛成だ。俺は事務所の推薦枠でこのオーディションに来ているので視聴者は俺の事を知らない。


 「それより、あなた誰?無名のモデルが事務所のコネでこのオーディションに参加したのはわかるけど、誰もあなたに興味はないの!視聴者が見たいのは私だけ!」

 「俺はメンズワンの専属モデルの上限坂 下(じょうげんざか くだり)だ。メンズワンの人気投票でトップを取りこのオーディションに参加した。人気も実力も折り紙付きだ。いきなり俺に口舌バトルを挑むつもりか!」


 ※上限坂 下(じょうげんざか くだり) 18歳 身長178㎝ 65㎏ 坊主頭に顎髭を生やしたワイルド系イケメン ダイヤモンド事務所所属(東京) 

 ※メンズワンとは男性ファッション雑誌の3巨頭の1つである。メンズワンは10代から20代前半の男性をターゲットにしてるので若者からは絶大なる支持を得ている。上限坂は今、関東では若手ナンバーワンモデルと言っても過言ではない。


  笠原さんは静かに立ち上がり奥の舞台に上がった。


 「くだらない。どうせ事務所の力で票を買ったのでしょ?誰もあなたの事なんてしらないわよ」

 「ふざけるな!そんなことするわけがないだろう。俺だけでなく事務所までバカにしているのか!」


 上限坂は顔を真っ赤にして怒りながら舞台に上がり二人の口舌バトルが始まった。


 「昴君、ちょっと席を外さない」

 「え!」


 五月雨さんが小声で話しかけてきた。


 「出るわよ」


 そう言うと五月雨さんは席を立ちオーディション会場を出る。俺はどうして良いかわからなかったが五月雨さんの後を追うようにオーディション会場を出た。


 「昴君、顔が強張っているわよ」


 俺は緊張をしているわけではないが、初めての口舌バトルを見て顔が硬直していたようだ。


 「モデルオーディションって・・・こんなものなのですか?」


 俺のイメージではモデルオーディションとは歩き方とかポージングとかするものだと思っていた。


 「そう言えば、昴君は初めてのオーディションだったわね」

 「はい。今日モデルにスカウトされたので・・・」


 「そうなのね」


 五月雨さんは笑みを浮かべる。


 「最近のモデルのオーディションは配信がメインになっているわ。昔のような閉鎖的なやり方だとお客はモデルに興味をもってくれないの。業界が押し付けたモデルでは、どのショーでも閑古鳥が鳴いているわ。お客は一体感を求めているので、オーディションを配信してみんなが参加できる形が主流になっている。各々のモデルも自分で動画を配信してファンの獲得に必死になっているわ」

 「そうなんですか」


 俺はモデルの事なんて全く知らない。今のモデルはYチューブ(動画共有プラットフォーム)で動画を投稿したりして、自らを世間に売り込んでいる。


 「あの笠原さんがいい例よ。笠原さんはYチューブで有名なモデル配信者、50万人の登録者がいて毒舌悪女モデルキャラで人気があるの。今日もいつものように悪態をついて場を回している。上限坂君はモデルの仕事をメインでがんばっているから今日のオーディションはキツいかもね。あのままだと笠原さんにいいようにもてあそばれて、つまらないモデルと視聴者に印象付けられてしまうわ」


 今回のオーディションの審査員は視聴者である。1時間の配信を通じていかに視聴者に自分をアピールできるかが合否のカギであった。

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