第64話 控室


 俺は【2023大阪エボリューション】に出るための前座のイベント【2023ジェムストーン】のオーディションを受ける事となった。


 俺はオーディション会場がある鳳凰ビルに目指す高級車の中で、鼓さんにオーディションの流れを教えてもらう。【2023ジェムストーン】に出場するには、今日開催される1次オーディションに受かり、明日開催される2次オーディションでの勝者1名が【2023ジェムストーン】に出場することが出来る。

 【2023ジェムストーン】には既に出場を決めている12名のモデルとオーディションで選ばれた1名、すなわち合計13名のモデルが出場し、【2023ジェムストーン】で優勝した1名のモデルだけが【2023大阪エボリューション】に出場することが出来る。

 俺が鼓さんの説明を受けて一番驚いたのは、このオーディションには男女のくくりはなく、男女一緒にオーディションを受ける事になっていた。すなわち、結果によれば男性が0だったり女性が0の場合もある。

 

 「昴君、着いたわ。オーディションまで後1時間あるから控室でのんびりしておいてね」

 「うん、うん」

 「わかりました」


 「場所はわかるよね」

 「さっき説明をしてもらったので大丈夫です」


 いろいろと鼓さんから説明を受けたが肝心のオーディションの内容は一切教えてもらえなかった。俺はオーディションでは、どのように立ち振る舞っていいのかわからずにオーディション会場の控え室に向かった。

 

 オーディション会場は30階建ての鳳凰ビルの最上階にある。控室も同じ階にあり100畳ほどの一室に参加者のモデルが集まる事になっていた。ちなみに100畳とはコンビニくらいの大きさである。

 控室には大きなテーブルがあり椅子が10席用意されていた。オーディションまで後50分もあるので、控え室には俺以外誰も居ない。俺は椅子に座りスマホを眺めていた。テーブルの上にはペットボトルの水、お菓子などが用意されていたので、お菓子を食べながら時間が来るのを待つ。 

 オーディション時間まで後30分になった頃から続々と人が控室に入って来る。俺の目の前の席に背の高い金髪の美しい女性が座った。俺はその女性に見覚えがある。

 その女性は席に座ると俺の方をチラリと見ると目線が止まり俺を見つめていた。


 「あなたはどこの事務所の方なのかしら」


 女性は俺に声を掛ける。


 「俺はシルバー事務所に所属している。君はどこの事務所かな?」

 「私は鳳凰事務所の笠原 愛子、よろしくね」


 愛嬌のある笑顔で笠原さんは答える。丸川さんから聞いていたイメージとは異なり俺は少し動揺した。


 「名前を教えてもらえるかしら」


 笠原さんは笑顔を絶やすことなく俺に話しかける。笠原さんは冷酷で怖い女性だとイメージしていたので、笠原さんの笑顔には何か打算的な考えがあるのだと思ってしまう。


 「俺は六道 昴です。こちらこそよろしく」


 俺は自分の心を読まれないように笑顔で返答する。こんな駆け引きが出来るのは不屈の心(銅)のおかげである。


 「六道・・・」


 笠原さんは気を失っていたから俺の顔は知らない。しかし、木原から名前だけは聞いている。丸川さん達へ復讐を断念せざる得なくなった原因の一つでもある相手だとわかった笠原さんは、それでも笑顔を絶やすことなく俺に声を掛ける。


 「六道 昴君ね。歳はいくつなの?」

 「15歳です」


 俺と笠原さんがたわいもない会話をしていると他のモデルの女性が声をかけてくる。


 「すごいイケメン。どこの事務所?」


 控え室に入ってきた女性達は、俺を見ると目を光らせてみんなと同じ質問をする。俺はモデルの中でもイケメン度が高いようで女性モデルたちを魅了してしまったようである。

 【ジェムストーン】は、新人モデル発掘の為のイベントでもあり【エボリューション】に出る事が出来なくても、知名度は一気に全国区になりモデルとしての仕事が多量に舞い込んで来る。今日はオーディションであるが、そのオーディションに参加するだけでも選ばれし新人モデルたちである。シルバー事務所の推薦枠がなければ俺みたいなモデルになりたてのひよっこが参加できるほど簡単な道ではない。


 「今日はライバルだけど仲良くしてね」


 俺の横の席に座り笑顔で声を掛けてくれたのは五月雨 雪(さみだれ ゆき)さんである。


 ※五月雨 雪(さみだれ ゆき) 18歳 高校3年生 ダイヤモンド事務所所属(東京最大のモデル事務所) 身長152㎝ 体重40㎏ 長い黒髪に大きな黒い瞳 


 モデルと言えば背が高いイメージがあるが、それは一昔前の時代の価値観であると鼓さんから教えてもらった。今は身長など関係なく存在感が一番の大事である。人をどれだけ引き付ける魅力があるか、どれだけ観客に興味を持たせるか、それが重要だ。服の良さを引き立てるのは体系じゃなく、服を着ている人間の個性である。同じ服でも着ている人によってイメージは変わる。


 「六道君はオーディションは初めてなの」

 「はい。初めてです」


 「そうなのね。このオーディションに参加しているメンバーはモデル歴3年未満の新人モデルばかりよ。だから気負わずにリラックスするといいわ」


 俺は不屈の心(銅)があるので緊張などしない。だから、自然体で居るはずだが五月雨さんには俺が緊張しているように感じたのだろう。その洞察力は間違ってはいなかった。俺は控室に集まった10人のモデルを見て驚愕していた。参加者の男性は俺を含めて3名で女性が7名。美男美女なのは当然だが、内から出てくる何とも言えないオーラが俺の呼吸をかき乱していた。それは、歓喜ではなく狂気に近い。みんな笑顔で俺に興味を持っているように見えたが実際は違う。ここに居るのは【2023ジェムストーン】に参加するために集まった敵である。笑顔の裏に隠された真実の顔は、醜い欲望の沼に浸かった悪魔の顔であった。

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