第54話 鮮やかな景色

 「羅生天君、助けてくれてありがとう」

 「気にしないでくれ。俺は約束を守っただけだ」


 俺が羅生天と友達になった理由は木原から守ってもらうためだ。それは、俺からの要望ではなく羅生天からの提案だった。羅生天はその提案を守っただけである。


 「助けてもらって、こんな事を聞くのは失礼なのかもしれないが。お前の目的を教えてくれ。どうして俺と友達になりたいのだ」


 友達になる理由は様々であろう。性格が合うから、一緒に居て楽しいから、教室での席が近いから、同じ部活に入ったから、1人では寂しいから、数え上げればキリがない。しかし、要約するとそこにメリットがあるからである。俺が羅生天と友達になったのは木原から守ってもらえるからである。羅生天にも俺と友達になるメリットがあるはずだ。


 「君に興味があるからだよ・・・と言っても信じてもらえなそうだね」


 羅生天は無邪気に笑った。俺は羅生天には2重人格者のように2人の人格があるように感じていた。冷酷ですえ恐ろしい悪魔の羅生天と笑顔の似合う無邪気な天使の羅生天。今は天使のような羅生天が俺の前にいる。


 「俺にとって君は大事な手札になるはずだ。俺の直感がそう伝えている」


 羅生天は俺には利用価値があると素直に告げた。けど、具体的な内容は言いたくないようだ。しかし、俺には十分過ぎるほど納得がいく理由である。損得勘定なしの熱い友情がこの世には存在するかもしれない。しかし、それは長い年月をかけて構築されるごく稀な奇跡的異物である。友達、親友、ツレ、先輩、後輩、上司、部下、人と人を繋ぐ言葉はいろいろあるかもしれないが、かならずそこには上下関係が存在し、損得勘定が成立する。対等な関係もあるのかもしれない。しかし、ほとんどは主従関係で結ばれていると言っても過言ではない。俺と羅生天の関係も主従関係だ。俺は羅生天に守ってもらう代わりに、何か代償を支払わないといけない。


 「俺には利用価値があるという事だな」

 「そういう事になるだろう。でも、考え過ぎないでくれ。俺は君に何かをお願いするつもりはないし、純粋に友達になって欲しいのも確かだ。それに、姉貴が君を紹介しろとうるさい。良かったら今度家に遊びに来てくれないか?」


 今俺が羅生天に献上すべき物は笑さんと会う事であった。それほど避けるべき案件ではないので俺は快く承諾する。


 「わかったよ。よかったら連絡先を交換しよう」


 俺は羅生天とココア(SNS)のID交換をして、みんながいるキャンプ場に戻った。


 キャンプ場に戻るとすぐに上園が俺の元に駆け寄って来た。


 「連絡先は交換出来たのか」

 「あぁ」


 俺は軽く返事をした後に、先ほどの出来事を上園に説明した。


 「これで一件落着なのか」

 「たぶん」


 「そうか。それなら丸川達にも教えてやらないとな」

 「あぁ」


 俺達の班は陰キャの集まりだ。他の班は楽しそうに盛り上がっているが、俺の班は黙々と肉や野菜を焼いて食べている。男子と女子も綺麗に別々に離れていて交流は全くない。女子のリーダー格の丸川さんは笠原さんとの出来事で落ち込んでいて、山本さんは恐怖で食事もしていない。山中さんと山川さんは黙々と食べているし、茜雲さんはヘッドフォンを耳に付けて音楽を満喫している。しかし、俺にはとても居心地の良い雰囲気である。沈黙が支配するこの雰囲気は陰キャの俺には安住の地だ。

 でも、沈黙が支配するこの場所で丸川さんと山本さんに声を掛けるのは勇気がいる。


 「丸川、山本ちょっとこっちへ来てくれ。六道が話があるみたいだ」


 仕切るの大好き上園が大声で2人に声をかける。陰キャの俺にとってはこういう時の上園は心強い。2人はすぐに俺の元に駆け寄って来た。


 「六道君、どうしたの?」


 山本さんは無口なので自分から口を開く事は無いので丸川さんが俺に問いかける。笠原さんとの出来事はついさっきのことなので、すぐに解決したなんて想定できない。だから、他に何か用があるのだと思ったに違いない。俺は先ほどの出来事を丁寧に説明した。


 「山本さん、木原は絶対に君をいじめたりはしないよ」

 「うん」


 山本さんは悪い霊から解放されたようなすがすがしい顔で安堵の笑みを浮かべる。よほど怖かったのであろう。


 「おそらく笠原さんも簡単に手出しはしないと思う」


 俺は羅生天に笠原さんに丸川さんに手を出さないようにお願いをしていた。羅生天は快く許諾してくれた。


 「ありがとう六道君」


 丸川さんは自分の事よりも山本さんが笑顔を取り戻したことにホッとしていたようだ。


 「六道!肉を食べるぞ」


 上園は班を盛り上げるために大声で叫ぶ。


 「そうだな」


 もちろん、上園の大声に答えるように俺も大声を出す。

 以前の俺なら明るい雰囲気は嫌いだったし、元気な声を出せる勇気もなかった。しかし、今の俺は違う。陰キャの静かな景色も好きだが、ちょっと元気で楽しい雰囲気も嫌いでなくなっている。イケメンになったからか・・・ちがう。俺はいろんな困難にぶつかり、少しずつ内面的に成長してきたのだろう。カッコいい場面などほとんどなく、泥臭いカッコ悪い場面しか浮かんでこないが、俺はそんなカッコ悪い景色も、自分の意思で、自分の信念で乗り越えてきたからこそ、とても鮮やかな景色に見えた。

 上園を中心にさっきまでお通夜のように静かだった場所が、笑顔が溢れる楽しい場所に変わった。


 

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