第53話 格付け

 「お前かなり強いな。しかし俺の相手ではない」


 ケンカ慣れしている木原は、相手を見ればその人物の力量がわかる。体の骨格や筋肉の付き方など見た目の情報と、心の落ち着き、感じるオーラ、呼吸のリズム、非道になれる心など直感的感覚で相手の力量を図る。木原は瞬時に羅生天の強さの力量を計算して自分が勝てる人物か判定を下す。木原がケンカが強い理由は格闘技経験と冷酷な心、そして、相手の力量を判断する天性の直観力から成り立っている。

 言い換えれば勝てない相手とは正々堂々とケンカはしない。それはまともにやり合っても敵わないからである。そんな時は、近くにある物を利用して武器にしたり、一旦その場は逃げて、後で不意打ちを狙って襲うのである。木原はこの方法で今まで敵対する相手を支配してきた。時には大けがを負わせる事もあるが、その事は御手洗の親父の力でもみ消していた。この情報は都築から聞いたので本当である。


 「お前は弱い。声が震えているぞ」


 木原は威勢よく羅生天に啖呵を切っていたが実際は怯えていた。木原は羅生天の力量を計った時に感じたのは圧倒的な強さだ。木原が威勢よく啖呵を切ったのは理由がある。それは、逃げ出す準備をする為である。5m先に逃げれば縄手学院の生徒達が羅生天と木原がケンカをしていることに気付くことになる。俺は泣き叫んで助けを乞う作戦に出たが、木原は派手にケンカをしてケンカを止めてもらう事にした。木原が逃げる事をしなかったのは、逃げ切れないと判断したからだ。


 「やかましい!」と大声で怒鳴りつけて羅生天を殴りつけるのではなく、キャンプ場側に移動しようとした木原だが、羅生天は木原の行動を全て予測していた。木原が「や」の言葉を発した時、既に木原との距離を0にしていた。


 「うぅぅぅ」


 木原はみぞおちをハンマーで殴られたかのような衝撃を受け地面にのたうち回る。笠原さんは痛みで一瞬で気を失ったが。木原は激痛を耐えるだけの精神力を持ち合わせていた。その精神力があざとなり意識を失うという防衛本能が働かず痛みから逃れる事ができない。

 木原は木々で囲まれた場所から、人の目の止まるキャンプ場に移動をしたいが、羅生天がそれを許すわけがない。のたうち回る木原の脇腹を蹴飛ばして、人気のない緑地の方へ移動させる。

 木原の顔は真っ青になっていた。あまりの痛みで呼吸も困難になり酸欠状態になっている。このままの状態では危険であると判断した羅生天は、それ以上の追い打ちをするのを辞めた。木原は命の危険を感じたので深く呼吸して酸素をゆっくりと補給する。生への執着の鋭い木原は冷静に今の状況を把握していた。羅生天はその様子を薄気味悪い笑顔で眺めている。俺はどうすれば良いかわからずに傍観する。


 「俺はお前を殺すつもりはない。しかし、六道君に関わるなら俺は考えを変えなければいけない」


 冷酷な銀の瞳で木原を睨みつける。木原は死など恐れてはいなかった。それは本当の死を目の当たりにした事が無かったからである。いや、今まで、何度か死を覚悟する場面に遭遇していたのかもしれない。しかし、羅生天の知らしめた死は、今まで経験のしたことがない恐怖であった。羅生天に逆らえば必ず死ぬ。そして、その死はけっして楽な死ではなく絶望的苦痛を伴う死だと。


 木原はあまりの恐怖の為にジャージのズボンを濡らしていた。こんな屈辱ははじめてだが、死ぬよりかはマシである。木原は羅生天に命乞いをする。


 「助けてください。何でも言う事は聞きます」


 ケンカとは長期戦ではなく短期決戦である。ケンカには格闘技のような休憩時間はなく決着がつくまでのサドンデスだ。そして、相手の体力を削るのではなく、相手の心を削る戦いだ。先に心が折れた者は戦意を失い敗北を受け入れる。戦意を失った者は一方的に勝者にもてあそばれるか、勝者の命令を受け入れなければ終わりはない。木原はあっさりと敗北を認める。それは絶対に羅生天には勝てないという絶望を受け入れて心が折れたからだ。完全に心が折れた木原は、後で復讐を試みる気力はない。これで、羅生天と木原の格付けが終わった。一生木原は羅生天に逆らう事はないだろう。それほど、圧倒的な実力差と恐怖を感じたのである。


 「俺からの命令は一つ、二度と六道君に関わるな。これは六道君の仲間も含んでいる」

 「わかりました」


 木原は羅生天の命令に従う。これで、俺と木原の因縁は終わったのだろうか。この約束には拘束力はないし、命令を破ったところで罪を問われる事もない。ただ、羅生天が木原を許さないだけである。この命令の拘束力は羅生天への恐怖が木原の心から解放されるまでは続くだろう。逆に言えば、恐怖が薄れれば拘束力も弱くなる。俺は終結と捉えるべきか休戦と捉えるべきか迷うところだ。しかし、答えは木原の心にあり、木原しかわからない答えであった。

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