第52話 魅力された男

 俺の背後には木原が立っていた。



 「木原、どうしてお前がここに居る」


 俺は至って冷静である。こうなる事は想定してはいなかったが、木原への恐怖など、不屈の心(銅)を持つ俺には通用しない。


 「お前が人気のない所で1人になるのをずっと待っていた。やっとお前を殺す事が出来る」


 木原の言葉は脅しでなく本心であろう。それほど俺を憎んでいる。


 「俺を殺したら刑務所行きだぞ」


木原はまだ15歳なので逆送されないので刑事処分でなく保護処分になる。すなわち実際は刑務所でなく少年院送りだ。しかし、あえて俺は脅し文句として刑務所行きだと発言する。


 「全て親父が段取りを付けてくれている。俺はまだ16歳未満だ。お前を殺しても更生したふりをすれば、すぐに少年院から戻って来れる」


 15歳の少年が人を殺しても更生をすればすぐに少年院から出て来れるかどうかは俺にはわからない。しかし、木原は父親からそのように教え込まれているようで、俺のハッタリは通用しなかった。


 「そんな事はない。人を殺せば最悪でも無期懲役だ。お前は人生を台無しにしたいのか」

 

 俺は刑法に関して全く知らない。しかし、人を殺して簡単に少年院もしくは刑務所から出て来れるとは思えない。


 「俺には親父がついている。今まで俺の窮地を救ってくれたのは親父だ。今回の停学処分も破棄されるはずだった。しかし、お前が親父の邪魔をした。お前のせいで親父は留置場にいる。お前が死ねば親父は無罪になり家に戻って来ることが出来る」


 木原は父親に洗脳でもされているのであろう。父親が言う事は絶対であり、それ以外の者が発する意見には全く耳をかさない。俺はこれ以上木原に何を言っても無駄だと感じた。


 「処刑の時間だ!」


 木原はナイフなどの刃物を持っていない。刃物を持っていれば一瞬で俺を死に至らしめることが出来る。しかし、木原は刃物で俺を殺す選択肢を選ばなかった。それは木原の父親の考えがあった。木原の父親は刃物で俺を殺せば、殺意が明確にあったと立証されるのが容易になる。しかし、なぐり殺してしまえば、殺意はなく結果として死に至ったと証言できるからである。

 木原の父親は、木原には殺意はなく行き過ぎた正当防衛で俺を殺したことにしたい。おそらく、俺を殴り殺した後に自分にも殴られた跡を作り過剰防衛を主張する考えだ。


 「お前の好きにはさせない」


 運動神経レベルを2にして、3日程度空手を習った俺がすぐにケンカが強くなれるほど世の中は甘くはない。それに、俺が少しでも抵抗してくれた方が木原にとっては都合が良い。ワザと俺の攻撃を喰らって過剰防衛の口実に出来るからである。今俺に出来る事は一つしかない。それは大声で泣き叫び助けを呼ぶ事である。無様な姿を晒せば晒すほど効果的である。圧倒的な弱者である事をアピールすれば、木原の一方的な悪が際立つ。俺には見栄もプライドもない。弱者として他の生徒からバカにされようが痛くも痒くもない。それに、泣き騒いで助けを求める姿を晒す事は、決してみじめでも哀れでもない。これは人間が有する防衛本能の一つでもあるが、誰しもが出来る簡単な事でもない。

 このような状況下に置かれた時、弱者が取れる方法は二つある。俺のように泣き騒いで許しを請うか、何もせずに一方的にボコボコにされるかである。一方的にボコボコにされるのは、絶望を受け入れた弱者であり、一途の望みを捨てない弱者は泣き騒いで希望を期待する。

 もちろん俺は一途の希望を期待する。少し離れた場所には縄手学院の生徒がバーベキューをしている。泣き騒いでいたら誰かに届くはず。俺は迷わずに大声で泣き騒ごうとした。


 「六道君、俺の出番が来たみたいだ」


 木原と俺の間に背の高い銀髪の男が割って入って来る。


 「羅生天君、助けに来てくれたのか?」


 不気味なオーラを漂う羅生天だが、今の俺には神に等しい神々しさを感じる。


 「君には不幸の影がかかっていたからね。おそらく、この辺りで何か悪い事が起きるとわかっていた」


 羅生天には何か霊的な力があるのだろうか?今この場に羅生天が居る事が羅生天が言っていることが嘘でない事がわかる。


 「お前は俺の女神を殴った不届き者だな」


 木原は羅生天が笠原さんを殴る現場を見ていた。すぐに笠原さんを助けたかったが、俺を殺す事が目的だったので手を出す事が出来なかった。


 「アイツを女神と呼ぶなんてお前も笠原に魅了されたようだな」


 女帝笠原 愛子、彼女の妖艶な美しさにひれ伏すのは当然なのかもしれない。キラキラと光る金色の長い髪、ルビーのような輝きを放つ赤い瞳、すらっと高い鼻に、ピンクのルージュをつけた可愛い唇、日本人離れした身長に、男性の目のやり場が困るくらいの大きな胸、手足は白く細長く、テレビや雑誌でしか見る事ができない完璧なプロポーション。見た目だけで言えば100年に1人の美女と言っても差し支えないだろう。性格を除けば完璧な笠原さんを見れば恋に落ちない者はいない。しかし、それは陽キャや一般男性に限定される。完璧な美貌は、陰キャや弱者男性にとっては近寄りがたい存在だ。

 陰キャかつ弱者男性出身の俺にとっては笠原さんは分不相応で近寄りがたい。完璧すぎる女性は、自分には不釣り合いだと負い目を感じてしまい、苦手意識が芽生えてしまう。

 しかし、木原のような陽キャである人間には、笠原さんは美の化身であり、手に入れたい女神である。そんな大事な女神を殴った羅生天を木原は許すわけがない。


 今ここに木原対羅生天の戦いが始まる。俺にとっては好都合な展開であった。

 

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