第50話 恐怖は続く

 キャンプ場の施設のトイレに戻ると不安げな顔で座り込んでいる山本さんが居た。


 「山本さん、心配をかけてごめんね」

 「うぅぅ・・」


 山本さんはまだ恐怖で怯えている・


 「もう大丈夫よ。笠原さんは何もしないから安心して」


 丸川さんは優しい言葉をかけるが本当に大丈夫かは定かではない。笠原さんが木原に頼んで山本さんをいじめる可能性は高い。羅生天が笠原さんの悪事の抑止力になる事を願うしかない。


 「・・・」


 木原の怖さを知っている山本さんはすぐには安心できない。それほど木原が怖いのである。


 「山本さん、もしも何かあれば俺が守ってあげる」


 俺は山本さんを安心させるために嘘をつく。嘘をつくことは良くないが、時には嘘も必要な時もある。嘘と言っても守らないわけではない。木原が山本さんに手出しをすれば全力で守るつもりだが、守り切れるほど俺は強くない。それが現状である。


 「あ・・・りがとう」


 山本さんは丸川さんの言葉よりも俺の言葉のほうが信頼できると感じた。山本さんは涙目でお礼を言う。


 「気にしなくていいよ。それに全ての元凶は俺にある。木原が学校に戻ってきたら決着をつける」


 全ての始まりは俺が御手洗の班に行くことを断った事から始まった。俺がその場の空気を読み取って御手洗の班に入っていれば、みんなを巻き込む事は無かったのかもしれない。


 「いえ、今回の件は私の責任です。私がすぐに笠原さんの命令に従っていれば山本さんは怖いも思いをすることはなかった・・・山本さん、ごめんなさない」

 「・・・」


 山本さんはすぐには返事は出来なかった。山本さんは何も悪くない。ただ、丸川さんと笠原さんとのトラブル現場に偶然居ただけである。丸川さんと一緒にトイレに行っていなければ怖い思いをする事はなかった。山本さんが丸川さんに対して怒りを覚えても仕方ない。しかし、それを口に出す事は人間関係を破壊することに繋がる。


 「そうようね。私と一緒にいなければ山本さんは怖い思いをすることはなかったよね・・・」


 言葉に出さなくても、言葉を出さない事が答えになってしまう。「あなたのせいで私が木原君にいじめられるのよ!」と山本さんは言いたかったのかもしれない。でも、その言葉を口にすることは出来ない。その言葉を口にすれば丸川さんだけでなく、俺も敵にまわす可能性がある。御手洗がいない今のクラスのリーダー的存在は上園と俺になっている。そんな二人を敵にまわすことなど自殺行為である。


 「ごめんなさい・・・ごめんなさい」


 山本さんはこじ開けるように言葉を押し出して謝った。何を言っていいのかわからない山本さんが出せる唯一の言葉であった。


 「山本さん、俺が何とかする。だから、丸川さんを許してあげてくれ」


 丸川さんも何も悪くない。悪いのは笠原さんである。しかし、誰が悪いとか今は問題ではない。笠原さんが木原を使って山本さんをいじめるかもしれないという脅しが、現実に起きるかどうかが問題である。そして、本当に起きるかどうかがわからないから怖いのである。 

 恐怖心を薄めるには誰かにその恐怖心をぶつける事が一番の近道だ。山本さんは丸川さんに恐怖心をぶつけたいが、俺を敵にまわす恐れがある。山本さんは誰にも恐怖心をぶつける事が出来ずに恐怖に飲み込まれていた。


 「六道君を信じます。だから、丸川さん・・・私を・・・・許して」


 山本さんは俺を信じる事で恐怖心を薄める事にした。これしか選択肢がないのだから当然である。


 「私こそごめんね」


 山本さんと丸川さんは仲直りをする。しかし、何も解決していない。


 「せっかくバーベキューに来たのだから楽しもうよ!」


 気分を切り替えるように明るく元気な声で丸川さんが山本さんに声をかける。


 「そうね」


 山本さんも笑みを取り戻してみんながいるキャンプ場に戻った。



 「六道!遅いぞ。もうご飯も炊けたし肉や野菜も焼いているぞ」


 俺達が居ない間に上園が班を仕切っていた。石かまども出来上がり網を引いて肉や野菜を焼いている。タープの設置も完璧で俺がネットで調べた知識もひけらかす場はなかった。


 「六道、何かあったみたいだな」


 上園が小声で俺に話しかける。


 「ちょっとな」


 俺は曖昧な返事をする。


 「あきらかに山本さんの様子がおかしいぞ。それに、丸川さんも元気がない」


 上園は俺の態度じゃなく女子二人の様子がおかしくて気付いた。


 「俺も力になりたい」


 上園は興味本位ではなく真剣に二人の事を心配してる。


 「わかった。しかし場所を変えよう」


 俺と上園は人気の少ない場所へ移動することにした。


 「上園さん。冷えたお茶と焼き立てのお肉とウインナーを持って行きましょう」


 気が付くと上園の側に都築が居た。都築はバーベキューで焼いたお肉とウインナーを大きな紙皿に乗せ、背中にしょっているリュックから冷えたお茶を取り出す。


 「六道、都築も連れて行くぜ」


 上園と都築はいつの間にか仲良しになっていた。


 「ここなら誰もいないから大丈夫だ」

 「上園さん、シートを引きます」


 人気の少ない芝生のある場所に来たので都築がシートを引いて座る場所を作ってくれた。


 「で、何があったんだ」


 俺は先ほどの出来事を上園に説明した。


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