第43話 校長の判断


 「校長先生はどのような判断をなされるのでしょうか?」

 「今、この場での返答は控えさせていただきます。事実関係を精査したうえでお答えするつもりです」


 校長室では、御手洗の父親が連れてきた弁護士と校長が淡々と口舌を繰り広げていた。


 「御手洗様、校長先生はこのように申しておりますがどう致しますか」

 「木原さんの息子裕也君は、私の息子に対する暴言に怒りを抑えきれなくなり、過度な行為をしてしまった。暴力をふるう事は良くない事です。しかし、一生心に残る傷をつける言葉の暴力が許されるのはおかしいでしょう。今回の事件で裕也君だけが思い処分を受けたのはあきらかに差別です。即座に裕也君の停学処分を撤回するか、裁判で争うか即決して下さい。停学処分を下す事が、裕也君の名誉を傷つける愚行だとなぜわからないのですか!子供達に教育をする立場の人間がする行為ではありません」


 追い打ちをかけるように御手洗の父親が怒涛の如く校長に詰め寄る。


 「校長先生、裕也は手を出した事は反省をしています。しかし、親友である深夜(しんや)君を思うあまりに出た行動です。私は親友の為に暴力で訴える行為は否定しません。なぜならば、理想論では全て解決しないのが社会であり、現実であり人間なのです。手を出した裕也だけを悪にするのは校長先生の自己満足の理想論です」


 校長は3人の口舌により顔が真っ青になっている。


 「何度も説明しましたが、私どもの教師が静止をしたにもかかわらず木原君は六道君を殴り続けました。学校としてはそのような暴力行為を許すわけにはいきません。六道君の処分もこれから聞き取りをしてから決定しますので、決して差別などしていません」

 「その考え方が差別なのです。暴力をふるった者だけが悪いと決めつけているではありませんか?校長先生、誹謗中傷を受けて自殺をしている学生がどれだけいるかご存じでしょうか?年間に500人と言われています。それに比べて校内でケンカをして死んだ人など皆無です。この事実をどう受け止めているのでしょうか?」


 ※この数値はこの世界での数値です。実際の数値ではありません。


 「それは・・・」


 校長先生は言葉に詰まる。


 「校長先生も1人の人間です。間違えることもあるでしょう。私達も学校を訴えるなんてことはしたくないのです。賢明な判断をされてはどうでしょうか?」


 弁護士が甘い言葉で校長先生の心を揺さぶる。


 「六道君の顔にはあざが出来て顔が腫れたと聞いています。しかし、それは時間が経てば消える事でしょう。しかし、深夜の受けた心の傷は一生消える事のないトラウマになってしまう可能性があるのです。今朝も深夜は学校を辞めたいと言ってなかなか学校へ行こうとはしませんでした。深夜は人前では弱さを見せる事が出来ない臆病な性格なのです。おそらく学校では気丈な態度をとって平然な姿を見せていることでしょう。しかし、本当は繊細で壊れやすい心の持ち主です。先生方にそこまで深夜の事を理解するのは難しいでしょう。だからこそ私の言葉に耳を傾けて下さい」

 「裕也は友達思いの優しい息子です。しかし、友達の事を思うあまりに行き過ぎた行為をしてしまう心の熱い人間です。それは短所でもあり長所でもあります。学校に子供の躾を押し付けるような無責任な親には私はなりたくはありません。裕也の教育は私がきちんと行います。なので、学校側が処分するのではなく、私がしっかりと教育をしますので安心してください」

 「わかりました。裕也君の・・・」


 校長は3人の口舌に屈してしまった。最大権限を持つ校長が屈した事でこの事件の悪者は俺になってしまう。


 「わかりました。裕也君の・・・」


 校長先生が木原の停学処分を取り消す発言をしようとした時、校長室の扉が開く。


 「ちょっと待ってください!僕の話を聞いてください」


 藤井教頭が校長室の扉を開いた瞬間に俺は校長室に乗り込んだ。


 「誰ですか君は?」


 俺の姿を見た弁護士が冷淡な言葉を投げかける。しかし、御手洗達の父親の顔は時間が停止したかのように硬直した。


 「彼は六道君です。御手洗さん達に謝りたいと言っているのです」

 「君がこの事件の張本人でしたか。御手洗様、謝罪を受け入れますか」

 「・・・」


 御手洗達の父親は何も声を発する事ができない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。


 「お久しぶりです。御手洗さんに木原さん・・・でよろしいのでしょうか?」


 不屈の心(銅)を手にした俺は気おくれする事はない。以前の俺ならビビッて上手く言葉が出なかったであろう。


 「君・・・が・・・」


 上手く言葉が出ないのは御手洗達の父親である。


 「まず初めに言っておきます。僕は御手洗君に暴言など吐いていません」

 「六道君!君は謝りに来たのではないのか?」


 藤井教頭は慌てて大声を上げる。藤井教頭は事を大きくしたくない。俺を校長室に連れて来て問題を起こせばその責任は藤井教頭にある。教師の責任は降格処分・減給処分が妥当だ。せっかく教頭まで這い上がったのに、ここで降格されては困るので必死だ。藤井教頭は、俺が謝罪すれば自分の評価も上がると思って俺を連れてきたから、藤井教頭は額に汗をたらしながら焦っていた。


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