第42話 強者が正義

 俺は授業を抜け出して教頭室に連れて行かれた。


 「六道君、昨日の木原君とのトラブルの件ですが複雑になりそうです」


 藤井教頭は困惑した表情で頭を抱えている。


 「どういうことでしょうか」


 俺は窓から見た光景である程度は察している。


 「昨日の君たちのトラブルの件は、一方的に木原君が君を殴り続けていたと報告を受けていました。トラブルは、お互いの主張が嚙み合わない事が多いので、じっくりと話を聞くつもりでしたが、御手洗君と木原君の親御さんが弁護士を連れて校長室に訪れました」

 「僕たちは何も悪くありません。弁護士を呼ばれても問題はありません」


 弁護士と言われると気が縮こまってしまうが、不屈の心(銅)を持つ俺には無意味である。


 「こちらとしてはどちらが正しいのかは断言はできません。御手洗君達の親御さんは、木原君の停学処分を不服として学校を訴えると言っています。学校としては事を大きく構える事はしたくはないのです」


 100%木原が悪いとしても、学校が訴えられた事実が世間に広まってしまうと学校の評判が地に落ちてしまう。だから、学校は出来るだけ穏便に済ませたい。恐らく御手洗君達は、その事を承知の上で揺さぶりをかけていると思われる。


 「教頭先生、一度アイツらの脅しに屈すると永遠にそれをネタにゆすり続けるでしょう。僕は何も悪くありません。僕を信じて裁判でもなんでもして下さい」


 卑怯者に一度屈すると永遠に脅し続けられる。卑怯者は弱者に強く強者に弱い。正々堂々と戦う事が正しい選択であるが、正しい選択をした方が勝つとは限らない。今回の件は訴えられれば学校の名に傷がつくので勝機はない。


 「御手洗君達の言い分ですと、六道君と話をしていたら急に上園君が絡んできたと言っています。絡まれた御手洗君は木原君と一緒に昼休みに上園君と話し会う事にしたそうですが、話し合いはいつしかケンカに発展してしまったと・・・。学生同士がケンカすることは良くある事なので、ケンカ両成敗でお互いに反省をすべきだと言っています。木原君だけが停学処分を下されるのはおかしいと主張しています」

 「上園君は必要に勧誘する御手洗達から僕を助ける為に声をかけてきたのです。御手洗達の言い分はデタラメです」


 御手洗達の言い分は決してデタラメとは言えないが肝心な部分が全て削除されている。


 「そのように上園君からも聞いています。しかし、立場が変われば見える角度も違います。双方の言い分は見え方の違いだと思います。問題なのはケンカになった原因です。ケンカになった原因は、六道君が御手洗君に暴言を吐いたので、木原君は友人が暴言を吐かれた事に怒りが頂点に達してしまい手を出したと言っています。手を出すのは悪い事だと反省はしているようですが、御手洗君の心に一生消える事のない傷をつける暴言を吐いた六道君のが悪質だと訴えているようです」

「僕は暴言など吐いていません」


 「これも受け取り方の違いかもしれません。六道君は暴言を吐いたつもりでなくても、御手洗君や木原君には暴言に感じるかもしれません。お互いに主張が違うので、私達はどちらも信じたうえで最良の解決策を見つけたいと思います。本当に暴言を吐いていないのでしょうか」


 言ったは言わないトラブルはよくあることである。どちらかが嘘をついているはずだが、会話を録音でもしていない限り水掛け論になってしまう。教頭は御手洗達の弁護士を使った恐怖による魔の手に落ちてしまっているので盲目になっている。


 「僕を信じてください・・・と言っても無駄でしょう。僕を信じる理由は教頭にはないのでしょう」


 教頭も自分の地位を守るのに必死である。穏便に済む選択肢があるのならばその選択肢を選ぶのが人間として当然であり、それが社会である。強者に巻かれ弱者を捨てる事は社会を生き抜く理想像なのかもしれない。弱者に味方する奇特な人は稀であり、弱者は幸せになれない社会である。なので、教頭が御手洗達に屈する事は必然である。


 「六道君や上園君達のが正しいという職員は多くいます。しかし、御手洗君達の親御さん達は、確固たる意志で法に基づく正統な決断を迫っています。学校としては誰も傷つかない平和的な解決をしようと思います。裁判になれば学校の名誉も落ち学校に通う全ての生徒の評判の悪くなってしまいます」


 カルネアデスの板のようなものであろう。少数を切り捨てる事で多数の人を守ると言うのが教頭の言い分である。俺達が良いか悪いかではなく、俺達を切り捨てる事で多くの生徒の評判を保つことが出来る。それは決して悪い事ではないのかもしれない。俺達を救うことによって得る利益より捨てる方が利益が大きいので、上に立つ人間として正しい選択だ。責任者は時として冷酷な判断も必要だ。悲しいがそれが今の社会の実情だ。強者が正義を作り、弱者を悪にする。世の中にヒーローは存在しない。


 「教頭先生の言い分もわかります。僕は教頭の考えを尊重しますが、1つお願いがあります」


 教頭の険しい顔が安堵の顔に変わる。


 「私に出来る事があれば聞いてあげよう」

 「御手洗達の親御さんに直接会わせてください。僕から謝罪をすればもっと穏便に解決できると思います」


 トラブルを招いた元凶と親を合わすのは水に油である。けっして良い案とは言えない。


 「わかりました」


 教頭はあっさりとOKした。初めから親に合わせてくださいと言えば、結果はNOだったかもしれない。俺は教頭と無駄な水掛け論をしたのは、御手洗達の親御に直接会う為であった。


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