第17話 お誘い

 次の日、昨日と同様に松井山手駅周辺のゴミ拾いを始めていた。昨日ゴミを拾ったが、1日たてばゴミは落ちている。俺はゴミバサミを使ってゴミを拾い集める。


 「おはよう!昴君」


 甘い香りが俺の鼻を刺激する。このいい香りの発生源は三日月さんである。甘い香りと優しい声が俺の耳と鼻を心地よい気分にさせる。


 「お・・・おは・・・ようございます」


 俺は大きく頭を下げて挨拶をする。


 「そんなに緊張しないでよ!なんだか私が怖い人みたいに見られるわ」

 「ご・・・ごめんなさい」

 「昴君!それがダメなのよ。もっとリラックスしてね」


 三日月さんは、眩い笑顔で大きく頭を下げた俺の顔を覗き込む。


 「あれ?昴君。少し背伸びたのかな?」


 俺の身長は2週間前までは153㎝であった。1週間前に身長のレベルを2にしたので現在は167㎝まで背が伸びている。昨日、三日月さんに会った時は164㎝だったので3㎝は伸びていた。


 「す・・・少しは・・伸びたかもしれません」

 「そうなんだ。若い時は一気に背が伸びる事があるから、もっと伸びるかもしれないわね」


 母親にお願いして毎日1ℓの牛乳とたくさんの小魚を食べている。いくらレベルを上げてもカルシウムを取らないと効果は出ない。しかし、カルシウムを取ると普通の成長の何倍以上のスピードで身長が伸びるのであった。


 「そう・・・ですね。毎日・・牛乳を・・・飲んでいるので・・・その効果かも・・しれません」

 「えらいわね。でも、私は高身長なのがコンプレックスなのよねぇ~」


 三日月さんは身長170㎝とモデルのように背が高く細身の体系で、ひと際目立つ美人の女性である。以前の俺では声を掛けるどころか近寄ることすら許されないオーラが漂っている。しかし、そんな完璧な外見を持つ三日月さんでもコンプレックスはある。


 「背が・・・高くて・・・と・・・とっても綺麗だとお・・・思います」


 俺は人生で初めて女性に綺麗だと言った。以前の人生では女性とまともに会話をする機会もなかったので、女性を褒めることなんてなかった。でも、少し寂し気な表情で背が高い事を気にしている素振りを見せた三日月さんに対して、俺は真摯に自分の感じたままの言葉をぶつけないといけないと思った。


 「ありがとう昴君。気をつかわせちゃったかな」


 三日月さんの大きくて煌びやかな琥珀色の瞳に俺の姿が映し出される。俺は恥ずかしくてそっと顔をそむけた。


 「今日もゴミ拾いをしているのね」


俺が恥ずかしそうにしている姿を見て三日月さんは話題を変える。


 「はい」

 「昴君は高校生なのかしら?」

 「は・・・い。来週から・・・高校1年生です」

 「入学式が始まるまで、ゴミ拾いを続けるの?」

 「そ・・・の・つもり・・・です」

 「今日も昼まで掃除をするの?」

 「今日は・・・ゴミが・・・少ないので・・・早めに切り上げて・・・別の・・・駅に行く・・・つもりです」

 「そうなんだね。夜とか時間空いてないかな?」

 「え!」


 俺は三日月さんの言葉に心臓が止まりそうなくらい衝撃を受ける。年上の綺麗なお姉さんからデートのお誘いをされるなんて、夢でも思いつかない展開である。これがイケメン効果なのかと脳の奥深くまでに衝撃が走る。


 「昴君にカットモデルになってほしいなと思ったの」

 「そ・・・いうことですか・・・」


 俺はタワマンから突き落とされたかのように気持ちが急降下した。自分勝手な都合の良い妄想をしたことに恥ずかしくなる。


 「昴君はイケメンだし、髪を綺麗にカットすると絶対にバエルと思うのよ。カットした写メをお店のツイ☆(スター)にあげてもいいかな?」

 「ど・・・うしようかな」


 以前は美容院でカットして清潔感のある男子を目指していたので、美容院に行くことには抵抗はない。しかし、俺の姿をツイ☆にアップされる事に抵抗感がある。ツイ☆とは文章を投稿する無料のウェブサービスである。文章だけでなく画像や動画も投稿できるため、インパクトのあるコメントや画像を投稿すると、それが拡散されて一瞬でバズってしまい、一歩間違えれば誹謗中傷の対象になってしまう危険性がある。


 「ごめんね。別に店の宣伝に昴君を利用しようと思ったわけじゃないの。ただ・・・昴君をカットしてみたいなって思ったの。迷惑ならやめとくね」


 俺が躊躇している姿を見て、三日月さんは慌てて謝る。


 「別に・・・構いませんよ。それにイン☆に載せても・・・いいです」


 俺は調子に乗っていたのかもしれない。俺レベルの人間がイン☆に画像を載せたからといってバズるなんて、おこがましい考えである。三日月さんの暖かい申し出に躊躇したことに俺は反省していた。


 「ホントにいいの!」


 三日月さんの嬉しそうな表情を見た俺は心がなごむ。


 「は・・・い」

 「いつなら空いてるかな」

 「いつ・・・でも・・・いいです」

 「今日の19時って大丈夫かな?それとも夜は外出できない?」


 三日月さんは俺の年齢を考慮してくれているのだろう。


 「母親に・・・言えば大丈夫・・・だと思います」

 「じゃぁ、お母さんの了承を得る事が出来たらお願いするわね。昴君、ココアはやっているの」


 ココアとは無料のコミュニケーションアプリである。


 「は・・・い」

 「じゃぁ、私を友達登録してね」

 「わ・・・かりました」


 俺は三日月さんをココアの友達登録した。


 「また、連絡するね」


 三日月さんは職場の美容院に戻って行き俺はゴミ拾いを再開した。


 


 


 

 

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