第18話 カットモデル
俺は午前と午後のゴミ拾いを終えて家に帰っていた。
「お母さん、19時から松井山手駅の美容院に行ってくるよ」
「え!そんな遅くに美容院はやっていないわよ。行くなら明日にしなさい」
「違うんだ。ゴミ拾いをしていたらカットモデルになって欲しいと頼まれたんだよ。カットモデルならお金もかからないからお得だよ」
「そうなのね・・・夜に出かけるのは心配だけど昴も高校生になるのだから、口うるさく言うわけにもいかないわね。遅くならないようにね」
「もちろんだよ。カットが終わったらすぐに帰って来るよ」
「中学までは理髪店に行っていたのに、高校生になったらオシャレに美容院に行くのね。でも、身だしなみに気を付ける事は良いことだし、カットモデルに誘われるなんて昴も大したものね」
母親は俺がカットモデルに誘われたことが嬉しくて笑みを浮かべる。カットモデルといっても美容師のカットの練習台であり別にたいしたことではない。しかし、中学生までは地味で根暗な陰キャだった俺が、カットモデルに誘われた事が嬉しかったのであろう。そう、大事な一人息子が人から認められたような気がしたのである。
「そうだわ。昴、これで何か買って持っていきなさい」
母親は俺に1,000円を渡す。
「何か買った方がいいのかな?」
俺は手ぶらで行くつもりであった。
「カットの練習台になるからお礼はいらないと思うけど、感謝の気持ちは言葉だけじゃ伝わらないわ。お礼の言葉と一緒に気持ちの品を上げたほうが喜んでくれるわよ」
「わかった。でも・・・何を買えばいいのかな?」
俺は人生で人にお礼の品など渡したことなど一度もない。
「松井山手駅の近くにケーキ屋さんはあるけど、時間があるなら少し遠回りになるけど、JOFURAのシュークリームを買って行けばいいわ。安いから1,000円で8個買えるはずよ。せっかくだから、他の美容師さん達にもわけてあげればいいわ」
「うん」
「もうすぐ入学式だしちょうどよかったわね」
「そうだね」
俺は母親からカットモデルの許可をもらったので三日月さんにココア(SNS)でメールを送った。
『ピロリン』
三日月さんからすぐに返事が来た。
「よかった!19時に美容院の前で待っていてね」
「了解」
俺は返事を返して、待ち合わせの時間までベットで寝転んでステータス画面を開いた。
「今日は400ポイント得る事が出来たから合計で990ポイントになった。後10ポイントで身長レベルを3にすることができる。今のところ順調だな」
俺はステータス画面を見ながらニヤニヤと笑みを浮かべていた。順調に好感度ポイントが貯まり、美人の三日月さんに髪をカットしてもらえる。俺の人生史上、こんな有意義に物事が進んだことなどなかった。努力をしても結果は伴わない・・・そんな人生だった。しかし、二度目の人生は違う。レベルを上げるためにボランティア活動をして容姿が変わり、周りから好感を持たれるようになった。何かをする事によって成果を得る事が、こんなに嬉しい事とは思わなかった。だから、俺はボランティア活動をすることに苦を感じる事はない。むしろやりがいを感じる。自分の欲望を叶えるためにしているのだから当然なのかもしれない。所詮俺は欲にまみれた醜い人間だから・・・いや、人間なんてそんなものだと俺は思っている。そんな事を考えていると時間があっという間に過ぎ去ってしまった。
「もう、行かなきゃ」
俺は自転車に乗ってシュークリームを買う為にJOFURAに向かった。
「約束の時間まで後15分かぁ」
俺はJOFURAでシュークリームを買って松井山手駅まで来た。三日月さんの勤めている美容院【LALA】の営業時間は18時までなので営業は終わっている。俺は美容院が入っている建物の1階の正面に立ちココアで到着メールを送った。
「昴く~ん」
建物の2階から三日月さんが手を振りながら俺の名前を叫ぶ。俺は軽く会釈をする。すると、三日月さんは駆け足で1階まで降りてきた。
「来てくれてありがとう」
三日月さんの笑みに俺の鼓動は激しく動き出す。三日月さんの美しい容姿、愛くるしい表情、俺に対する屈託のない素振り、俺には全てが刺激が強すぎる。
「あ・・・の・・・これ・・・よかったら・・みなさん・・・で・た・・べて・・ください」
もともとコミュ障である俺は、三日月さんの前だとさらに緊張してしまいまともにしゃべれない。
「ありがとう!昴君。気を使わせちゃったみたいね」
「い・・・え・・・そんな・・ことは・・・ありません」
「でも、嬉しい。みんなも喜ぶわ。仕事終わりには甘い物が食べたくなるからね!」
「よかった・・・です。」
「さぁ、上がってよ。カットする準備は出来ているわよ」
「は・・・い」
俺は2階に上がって美容院の中に入る。
「昴君、こっちに座ってね」
「は・・・い」
俺は指定されたスタイリングチェアに座った。
「みんな、よかったらこれを食べて!昴君からの差し入れよ」
「ありがとう」
「わぁ~これJOFURAのシュークリームよ。カスタードクリームがたっぷりで美味しいのよ」
「俺、これ大好きだわ」
「私もぉ~」
美容院のスタッフが喜んでくれているので俺は素直に嬉しかった。しかし、スタッフは俺に直接声を掛ける事はなかった。それは、俺がおとなしい性格で喋るのが苦手な事を三日月さんが理解しているから、スタッフに俺に直接声をかけないように伝えているのだろう。俺は三日月さんの配慮に感謝するのであった。
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