第16話 今と昔


 俺は樟葉駅でのゴミ拾いを終えて家に帰宅していた。



 「ただいま、昴!今から晩御飯を作るから少し待っていてね」


 母親は17時30分で仕事が終わり18時には家に帰って来る。家に戻ると晩御飯の用意をして、20時から近くのスーパーで24時までレジ打ちのバイトをしている。1人で俺を育てるには介護の仕事だけではお金が足りないらしい。


 「うん。お母さん、お風呂は沸かしておいたよ」

 「ホントに!ありがとう昴。昴は最近よく手伝いをしてくれるから助かるわ」


 以前の俺はあまり母親の手伝いをすることはなかった。それは全て母親がやってくれて当然だと思っていたからである。食べ終えた食器はそのまま、部屋の掃除はしない、例をあげればキリがない。


 「これくらい当然だよ。食べ終えた食器も洗っとくね」

 「ありがと」


 母親はとても嬉しそうに笑う。


 「お母さん、俺高校生になったらバイトをするよ」


 以前の俺は高卒で大学には行っていない。それは、俺の学力不足とやる気のなさが原因である。親にお金のことで負担をかけるのが嫌で就職を選んだわけではない。しかし、二度目の人生では大学に進学したいと思っている。俺は学費を稼ぐために高校生になったらバイトをしようと考えていた。


 「昴!いきなりどうしたの?何か欲しい物でもあるの?」


 母親は突然の出来事で困惑している。


 「違うよ、お母さん。バイトをして社会勉強をしようと思っているんだ」


 大学の学費を稼ぐためだとは言えない。もし、そのように言えば、母親は自分のバイトを増やして、俺にバイトをさせないだろう。母親はそういう人だと俺は知っている。だから、お金の為ではない事を強調した。


 「そうなの・・・。でも、学業を優先して欲しいわ」

 「もちろんだよ。バイトは土日だけにするよ」

 「土日だけならいいわよ」


 母親の顔の筋肉が弱まりホッとしている。俺は最終的には週に4回ほどバイトをするつもりである。しかし、最初からそう言えば絶対に母親は反対する。だから、条件を低くして後から上げていくことにした。 それから母親とたわいもない会話をしながら晩飯を食べてお風呂に入いる


 「今日1日で500ポイントもゲット出来たかぁ~。イケメン効果は絶大だな」


 樟葉駅でのゴミ拾いで300ポイントもゲットしたのである。


 「この調子でがんばれば明日には身長レベルを3に出来そうだな」


 高校の入学式までは後6日間、目標とする顔面偏差値をレベル4、身長をレベル3にする事は現実味を帯びてきた。俺は目標が達成できた後は、次はどのレベルを上げようか湯船につかりながら考えていた。


 「うれしそうだにゃ昴にゃん」


 俺が湯船に浸かっているとお風呂の小窓の隙間から黒猫が強引に入って来た。


 「どこから入って来るんだよ」


 俺は大声で叫びそうになったが、近所迷惑になるので慌てて声のボリュームを下げる。


 「順調に好感度ポイントを稼いでいるようにゃん」

 「そうだな。イケメンになってからはボーナスステージのようにポイントが入って来るよ」

 「それはよかったにゃん。顔面偏差値からレベルを上げたのは正解にゃん。しかし、喜んでいられるのも今だけにゃん!」

 

 黒猫はいつになく厳しい目つきで俺を見る。


 「どういう意味だ!」


 今回は声のボリュームを調整できずに大声を出してしまった。


 「昴!どうしたの?」


 俺の声に驚いた母親が声をかける。


 「なんでもないよ」

 「そうなの?それならいいけど」


 母親は俺が大声を出したことを気にはなっているが深く追及はしなかった。


 「おい、喜んでいられるのも今だけとはどういう事なんだ?」


 俺は小声で黒猫に追求する。


 「世の中そんなに甘くないにゃん」


 黒猫は前回と同じセリフを吐いて姿を消した。


 「アイツは一体何しに来たんだ」


 黒猫の言った「喜んでいられるのも今のうちにゃん」という言葉に不安を感じながらも風呂を出て部屋に戻った。




 「お母さんは今から仕事に行くから、夜遅くまで起きてないで寝るのよ」

 「わかった」


 俺はベットに横たわってスマホを眺める。


 「俺が高校生のときはスマホなんてなかったなぁ~」


 当時高校生だった俺の時代にはスマホはなかった。あったのは水筒ほどの大きさの携帯電話やポケベルである。携帯電話など持っている高校生など皆無であり、ポケベルを持っているのも少数の陽キャのみである。連絡手段と言えば自宅の電話機が主流だった。また、自宅にパソコンのある家も少なく、今の時代に比べたら不便だが、その当時はそれが当たり前だったので不便とは感じる事はなかった。しかし、時は流れて便利な時代になり、俺の部屋にはハイスペックなパソコンに手元にはスマホがある。これは、今の時代の母親が買ってくれた物なのか、以前の世界の母親が買ってくれた物なのか俺には区別はつかないが、結論から言えば俺が買ったものではないのは確かである。バイトを始める理由には大学の学費だけでなく、これらを維持していくための費用を稼ぐためでもあった。以前の世界と今の世界では子供にかかるお金は格段に上がっていた。


 「少しでもおかんに負担がかからないような能力を上げたいな」


 新しい世界に来て2週間余りが経過して、少しずつだが冷静に今の世界の状況を理解できるようになってきた。そして、家の経済状況なども・・・。最初は、自分の事だけしか考えていなかったが、それではダメだと気づいたのである。家族として母親に頼ってばかりじゃなく、共に支え合って生きていかなければいかない事に。大人になってから親孝行をするのではなく、今すぐにも親孝行しながら、第二の人生を歩むべきだと思ったのであった。



 

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