第3話 夢?
「ここは俺の部屋だ」
目を開けると俺は自宅の部屋に居た。しかし、それは俺が中学3年生の時の部屋ではない。俺が階段から足を踏み外して死んでしまった50歳の時の部屋であった。
「あれは夢だったのか?俺は死んではいなかったのか・・・」
俺は死んでいなかった事にホッとしたのではなく、死んでなくてガッカリしていた。死にたいとは一度も思ったことはない。それは、死んでしまったらどうなるかわからないからであり、生に執着しているわけではない。だから、階段を踏み外して死んでしまったことに後悔はなく、素直に死を受け入れる事が出来た。
「人生をやり直せる・・・俺らしい夢だったなぁ」
俺は夢で見た出来事が本当であればよかったと思っている。20年も引きこもっている俺に今から人生をやり直す事は不可能だ。しかし、16歳からやり直せるなら、頑張ってみる価値はあると思った。しかし、そんなアニメやドラマのような出来事など起きるわけがない。
「いつものように録画していたアニメでも見るか」
俺はテレビのリモコンを手に取り、なにげなくテレビの画面をみる。すると、真っ暗なテレビの画面に映った俺の顔に異変を感じた。
「え!髪の毛がふさふさだぁ~~」
俺は思わず大声を上げた。
「昴!何を大声を出しているの!近所迷惑よ」
一階にいる母親の声が俺の部屋まで聞こえてきた。
「ごめん。何でもないよ」
「そうなの。それよりも中学を卒業したからと言っていつまで寝ているの?高校生活に向けて、規則正しく生活をするのよ」
「・・・わかった」
俺は母親の言葉に衝撃を受けた。
「鏡だ。まずは鏡を見よう」
俺は部屋にある全身を映せるスタンドミラーで自分の姿を確認した。
「間違いない。俺は若返っている・・・」
スタンドミラーに映し出された姿は紛れもなく中学を卒業した頃の俺の姿であった。俺は自分の姿を確認すると次はカレンダーを見た。
「西暦は・・・」
俺がカレンダーを見たのは日付をみたいわけではない。西暦を確認したかったのである。もし、中学を卒業した頃に戻っているなら西暦は1989年である。
「2023年だと・・・過去に戻ったわけじゃないのか?」
俺は神様の言ったある言葉を思い出した。
『あなたが生きていた世界に戻すことは出来ません。そのかわりに、あなたが生きていた世界のパラレルワールドに連れて行くことになります。その世界では、あなたが生きてきた世界とはそっくりなのですが、あなたが生きてきた人生とは全く別の人生を歩むことになるでしょう』
「ここは俺が住んでいた世界とは別の世界って事になるのか・・・でも、どのように違うのだ?俺の親はどうなっている?」
俺は部屋の扉を開け階段をゆっくりと降りる。
「この急な階段、俺の家に間違いない」
俺は階段を踏み外して死ぬわけにはいかないので慎重に降りた。
階段を降りるとすぐにトイレの扉があり、右にはダイニングキッチンがあり、左に進むと玄関と親父の部屋がある。俺は母親がいるダイニングキッチンに足を運ぶ。
「お母さん」
「やっと、降りて来たのね。朝ご飯は出来ているわよ」
母は笑顔で俺を見た。
「若い・・・」
俺は思わずつぶやいた。
「何を言っているのよ昴。お母さんをからかわないで」
母は嬉しそうに笑った。
「ごめん」
俺は母に謝るとすぐに部屋に戻る。
「朝ご飯は食べないの?」
「後で食べるよ」
母は75歳で顔にはたくさんのしわがあり小柄のぽっちゃりとした女性だったはず。しかし、ダイニングキッチンに居た母は、肌も綺麗で体系もスマートでありとても75歳の女性ではなかった。
「あれは若い時のおかんだ。俺が今年で16歳になるなら、おかんは41歳になるはず。間違いない、俺だけじゃなく家族も若返っている」
俺はテレビを付けてみた。テレビに映し出されたのは、俺の知っている有名人たちだった。他の番組も確認したが俺が50歳の時と全く同じであった。
「あれこれ考えるのは辞めよう・・・。俺が16歳に生まれ変わったのは事実みたいだ。周りのことなんて気にせずに、せっかくもらったセカンドチャンスを大事にしよう」
今俺が居る世界がどのような世界であろうと関係ない。俺は神様が与えてくれた二度目の人生を一生懸命に生きていくと誓った。
「その心意気にゃーー」
可愛らしい猫の声が聞こえたので、俺は声が聞こえてきた窓の方に目をやった。窓は大きく開かれていて、窓のふちにかわいい黒猫がちょこんと座っていた。
「今、人間の言葉を喋らなかったか?」
俺はさほど動揺はしていない。今日はいろんな出来事があり過ぎて、驚きの免疫が出来ていたようだ。
「昴にゃん!【get a second chance】おめでとうにゃー。今日から昴にゃんには第二の人生を謳歌して欲しいにゃー。でも、今のままでは、また同じような人生を歩むことになるにゃー」
「たしかにそうかもしれない・・・」
俺は二度目の人生を大事に生きて行くと決意をしたけど、黒猫の言葉に現実を突きつけられた。俺は30歳までは、俺なりに一生懸命に努力をして生きてきたつもりである。ぶさいくな容姿は変える事は出来ないが、オシャレな本を読み清潔感のある服を着て、高い金をかけて美容院で髪をカットしてもらった。スポーツもいろいろと挑戦した。テニススクールに通ったりジムに行ってトレーニングをしたり、人一倍の努力とまでも言えないが人並みの努力をした。
俺は高望みをしているわけでない。イケメンになりたいとか、スポーツでプロを目指したいとか大それたことを望んでいない。平均でよかった。イケメンのようなたくさんの女性から言い寄られるのでなく、俺の事を気持ち悪がらないで、普通の男として接してくれるだけでよかった。みんなと楽しくスポーツが出来ればよかった。しかし、オシャレをしても不細工は不細工のままであり、どんなに練習してもスポーツは上手くならなかった。
もう一度人生をやり直したとしても、また、同じ人生を繰り替えしてしまうと確信してしまった。
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