レポート.30「追憶後は詰まり気味」

(――ノース・フォルテッシモさんですよね?)


 雨が降る中、一体の自立式人形ゴーレムがドアを開けたノースの顔を鷲掴わしづかみにする。


 指の間から覗く目は驚きに見開かれ「…お前、その顔は」と、老いたノースは声を上げるも『なに。お前さんの隠蔽魔法いんぺいまほうを追って、追憶魔法ついおくまほうによる幻影で顔を覆ったまでのこと』とゴーレムは女性の顔で微笑んで見せる。


『この顔で油断したところを見るに、かなり思い入れのある人物とみたが――』


「おい、何する…やめ!」


 その頭部は瞬く間に何本ものワイヤーで覆われ、ノースの顔が見えなくなる。


『――おう、自分の身よりもまずはこの顔に該当する人物を魔法で追えなくするとは…やるねえ【隠蔽屋いんぺいや】』


 男の声でそう答えつつ、女性の顔をしたゴーレムは首を傾ける。


『だがな、ノース・フォルテッシモ、お前の人生はここで終わり。これからは、こちらの傀儡くぐつとしてその能力と抜けがらを使わせてもらうぞ?』


「ぎゃあああ!」


 ついで老人の悲鳴があたりに響き、フロアの視界が光に包まれる。


(――そうか、これは十年前にノースが見た最後の記憶!)



(…よお、また会ったな【隠蔽屋】)


 ついで、街角で声をかけるのは女性の腕に抱えられた赤ん坊。


「ああ、また別の女を使って潜入スパイか?ライト」


 ベンチに腰掛けているのは、やや若い風貌をしたノースであり新聞を広げながら何食わぬ顔でちらりと赤子に目をやる。


「…そうだよ?どこもかしこも自分の領土を守ろうと戦争ばかりさ」と、腕の中で赤ん坊は皮肉げにため息をつく。


「見ろ、また上を新兵器が通り過ぎていく」


 それにノースも顔を上げ「ああ、装甲がついたオオワシか」と目を細めた。


「中身は変身した【魔法使い】だと聞くが、あの姿で敵地に突っ込んでも無傷で生還できると聞く。ただ、ポテンシャルを高める実験薬とオーブを使っているからな…今後、元の人間として平穏に生活できるかどうかは怪しいな」


「…確かに。自身の身を動物に限りなく近づける薬なら、それなりの代償が付きまとうだろうしな」と、ため息をつくライト。


「――そうそう。南の街では【魔王】が出現して、半分以上が壊滅したそうだ。聞いたところでは新式【オーブ】による非合法の実験が行われていたらしい」


「…ねえ」と新聞のページをめくるノース。


「オーブも新薬も魔力を極限まで濃縮して【魔法使い】に使わせる劇物でしかない。一個人の肉体に使うには限度があるし、暴走だって起きる」


「そして暴走した末に、正気を失った【魔法使い】を国から派遣されたギルドが【魔王】と呼び、討伐とうばつを繰り返す――まったく笑えない話さ」


 ライトはノースの言葉を受け、天を仰ぐ。


「…だが、その真実を曇らせ、国民に不満が起きないよう隠蔽工作や精神操作に明け暮れているのが政府に雇われた俺らだからな――何も言うことはないさ」


 どこか諦め顔で笑うライトに、ノースはふと新聞をめくる手を止める。


「…その姿は、いつ戻れそうなんだ?」


 その言葉にライトは答えない。


「赤子の姿じゃあ生活も不便だろう。任務もそろそろひと段落するはずだ。俺のように隠れ家でも見つけて――」


 なおも言葉を続けるノースに「戻れない…と言ったらどうする?」とぽつりとつぶやくライト。


「…そうか、悪いことを聞いた」


 ついで新聞を畳み、首を振るノース。


「国の機関から最新のオーブと新薬を受け取って以来、おまえさんの様子がおかしいとは思っていたんだが。でも、まさか…」


「まあ、わかっちゃあいたけどな」と、ライトはため息をつく。


「でも、もうすぐ戦争は終わる。輸送魔法が各地に組み込まれることで各国間の資源の奪い合いが意味をなさなくなり、停戦も秒読み状態。将来的に魔力の供給ラインが整えば、世界も変わるはずだ」


「…そうかね」とライトの言葉に興味なさげに視線を落とすノース。


「――ちなみに、その立役者になったのは十代の天才教授と言われている少女だそうだが…お前さん、覚えはあるか?」


 その言葉にノースは顔を上げ「まさか、お前…」と声を上げる。


「忘却の依頼をしたのはこっちなのに。なぜ、今更――」


 困惑するノースに「知らなかったよりも、知っていた方が良いと思ってな」と笑みを浮かべるライト。


「戦争が収まったら、祝いの言葉ぐらいかけてやっても良いと思うぜ。隠蔽魔法はお前さんの得意分野だし、知られずに近づくことぐらい簡単に――」


 それに「…ったく、アイツの人生に傷をつけちゃあいかんと思って、こうして自分の記憶すら消したのに」と、頭を振りつつ再び新聞を広げるノース。


「それとも何か、追加料金を発生させるためにわざと記憶を戻したのか?」


 顔を上げないノースに「そりゃ、いらんことをした」とライトは肩をすくめてみせる。


「じゃ、このあと無料で消しておくよ――まあ、今回のようなきっかけさえあれば、また思い出す可能性もあることもあると念頭に入れておいてくれや」


 それに「まったく高い授業料だ」と、ノースはため息混じりに新聞をめくる。


「――ちなみに話は変わるが、俺の能力の受け渡しはお前さんということで考えている…いずれ、譲る相手は決めておこうと思っていたからな」


 その言葉に「え、俺が…か?」と、今度はライトが目を白黒させる。


「ああ、お前さんはまず人の心を読んでから操作をする。その点を見てな」と、意趣返いしゅがえしと言わんばかりにチラリとノースは新聞から目を向ける。


「相手の気持ちをおもんぱかり、動せる【魔法使い】。そんな人間が俺の能力を悪いように使うことは無いと思ったからな」


 その言葉に「…いや、でも。俺は」と、ますます狼狽ろうばいするライト。


「俺は、この国の歴史的事実を捻じ曲げ続けた【魔法使いにんげん】だぜ。今更、お前さんから追加の能力をもらったって――いや、それ以前に。戦争以外の普通の生活なんて、どうしたら良いかなんてわからねえし」


 それに「それは、俺も同じさ」と、再び新聞に目を落とすノース。


「この戦争が終われば、政府から十分な報奨金を受け取れるよう、俺が上と掛け合っておいた。残った人生で自分がどう生きたいかを考えていけば良い」


「…俺に、そんな人生が送れると思うか?」 


 ライトの言葉に「ああ、できるさ」と、ノースは新聞を畳む。


「まもなく戦争が終われば、俺たち【魔法使い】が自分らしく生きられる社会が来るはずだ」


 ノースは立ち上がり、ライトを見る。


「――だが、その裏で何が起こったか真実を知るのも俺たちだけだ。賢い一部の【魔法使い】なら気づいている者もいるだろうが、世情を知る以上、口を閉じているほうが利口と考え、三十年も経てば真実を知らぬ世代が上に立つ」


「つまり、どうすればいいんだ…?」


 困惑するライトに「…それを自分で考えろ」と、ライトを抱える婦人に挨拶をするフリをし、ノースは離れていく。


「――今は、真実を知ることで逆に傷つくものも多い」


 歩きながらも、小さくつぶやくノース。


「戦争の責任を誰に負わせるものでもない。事実を知ることで、生じる憎しみも増やすべきではない。そのためにも俺はこの国の傷が癒えるまで真実を隠す」


 ついで、ほんの少しだけ足を止めると「――それは、戦争を本気で終わらせたいと願う、国王の意向でもある」と、ノースは続ける。


「その真実をお前には聞かせたかった」


 そして、街角に消えていくノース。


「…ったく、言いたいだけ言いやがって」


 赤子のライトはそうつぶやくと天を仰ぐ。


「まさか、掛け合っていたのが国王だったとはな――今まで、政府のお飾りだと思っていたのに、そこまで意思がある人間だとは思わなかったよ」



「――なるほど。人形を通すことにより直前の記憶にとどまらず、過去の記憶までもさかのぼって読み取れるのか。まったく、キミの魔法にキッカケを与えたとはいえ、どこまでも精度は高くなっていくな」


 見れば、向かいには顔が十字に開きコードをむき出しにしたゴーレムの姿。


「ぎゃああああ!」


 顔にかかったコードを引き離し、フロアはベッドの隅まで後退りする。


「ああ、大丈夫。とっさに貴方の腕輪の魔力をフローが操作して、このゴーレムの機能を停止させたから、【場】にいる今は無害なものよ」


 そう答えるのは、未だ若々しい姿を保つスクエア。


「…本当に、私の顔にそっくりね」


 彼女はそう言うと椅子に腰掛けつつもコードを内部から噴出させたゴーレムの顔をしげしげと見つめる。


「【隠蔽屋】の事件後にギルドに保管されていたそうだが、数日前に空間転移の魔法を使って移動をしたと聞いている」


 そう答えるのは壁にもたれかかっていたエルフのフローで、気がつけばフロアは豪華なホテルの一室にいた。


「先ほどの記憶を見る限り、十年前に【隠蔽屋】を襲い、訪問してきた人間から魔力を吸い取るよう操作していたゴーレムはこいつで間違いない」


 すれに停止したゴーレムを眺めるフローに「そう…でも、不思議ね」と、手にしたタブレットを見つめ、スクエアはつぶやく。


「感じるのは怒りや悲しみより、ノースが死んだと言う事実を淡々と飲み込んでいる自分を俯瞰している感じ」


 そこには、先ほどフロアが見た記憶が静止した状態で映し出され、スクエアが画面をタップすると再び映像が再生される。


「――歳をとると、みんなそうなってしまうのかしら?」


 困ったように微笑むスクエアに「まあ、エルフにとっては人の動向など瑣末さまつにしか過ぎないが――」と答えつつ、フロアに近づくフロー。


「…何ぶん世界が崩壊しかかっているからな。急ぎ、ここまで連れてきた次第だ」


「へ?」


 ついでフロアの手を取り、フローは歩き出す。


「――ここは、保護した人間を集めるために作り出した【場】。トーチを始め、ギルドやサクライ重工の連中もここにいる」


 ドアを開け、吹き抜けの廊下をフロアに見せるフロー。


「ただ、【場】に多くの人間を集めた反動で中心となるハタコの精神が不安定となってな。まあ、対処はしているが見ての通り」


 その瞬間「…は、何これ?」とフロアは声を上げる。


『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』『こんにちは【死】です』


 ――吹き抜けの建物の下から上へと縦に伸びる巨大な檻。


 その中にいたのは、檻の中でみちみちに詰まり声を上げる、ハタコの【場】で見た死神に間違いなかった。

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