魔力はどこから来るのでしょう

レポート.29「華麗なるお付きの人」

「――くそ、思ったより時間がかかりそうだ」


 瓦礫がれき撤去てっきょされていく中にじるタップ音。


 辛くも車から脱出したハルヒコたちはさっそく魔法プリンターで出したテントの中へと引きこもり、サウスから送られてきたゴーレムを制御する陣をシステムの中に組み込む作業へと徹していた。


『ハルヒコ、無事か?』


 そんな折、ハルヒコのタブレットに掛かってきたのは、サクライ重工の現社長ヤスシ氏からの通話。


『どうした。もし何かあったなら――』


「…僕は、父さんみたいに諦めが良い方じゃないから」


 タップを続けつつも、答えるハルヒコ。


「今回のゴーレムの件について僕に責任があることはわかっている。でも、身を引くなら事態が収束したときだ。父さんのように辞職する気持ちも無いし、記者会見を用意するのなら現状報告とコメントだけにさせてほしい」


 それを聞き『なるほど…それがお前の方針か』と、つぶやくヤスシ氏。


『まあ、今回に関しては想定外の部分が多い。ギルドもデータ提供以上の言及はしないだろう』


「ん?」と、それにハルヒコは顔を上げる。


『――今回の件は過去に亡くなったはずのノン・エストが大きく関わっている』


 そう答えるヤスシに、いつしかハルヒコも手を止める。


『以前話したとは思うが、奴はかつての仕事仲間でもありライバルでもあった。ゴーレムの設計だけではなく、ネットワークの構築分野でも随分と手を貸してもらった経験もある…今思えば、任せすぎた部分もあったのだが』


 どこか、後悔のにじむ言葉。


『もしも、とは思うんだ。奴が会社を出るときにうまく言葉をかけてやれれば、と、あるいは当時の俺にもっと実力があれば…まあ、たらればで話をしても意味はないのだが、ともかく――つい、数分前にギルドからノンが死後もゴーレムを遠隔操作できる能力を有することを確認できたと報告が来た』


 その言葉にハルヒコは顔を上げる。


『今までも当人が死亡しても魔力などの痕跡が残る事例はあったそうだが、投獄をしていたギルドの責任上、非は自分たちにあるとのことだった――要は、お前は咎めなしということになる』


「…でも、ノンが元社員であったことは事実ではあるし――」


 そう、声を上げるハルヒコに『…そう思うならな、ハル』とヤスシは続ける。


『次から、できうる限りの備えをしろ。最悪の状況を想定し、対策を練り、それでも今後に繋げることができないと判断したのなら…最後に腹をくくれ』


「…まさか、父さんからそんな話を聞くとは思わなかったよ」


 苦笑するハルヒコに『ああ、今回は俺も学んだからな』とヤスシ。


『身を引くばかりじゃあ、成長はできない。必要なのは、失敗をしたら次にどう繋げるか。それを懸命に考えることだ。会社は一人のものじゃあないしな』


「…そうだね、父さん」と、ハルヒコは再び画面をタップする。


「だとしたら、俺もサクライ重工の一員として出来うる限りのことをしていく」


『ああ、頑張れ』


 ついで、通話を切ろうとハルヒコは画面に指を置くも――そこに、シャランと鈴の音がテントに響き、人影が見える。


「お話は、お済みで」


 そこにいたのは、小柄な礼装の老人。


「あ、すみません。今取り込み中で」


 とっさに顔を上げるハルヒコに「ええ、存じております」と、テントから顔を覗かせた老人は微笑んで見せる。


「今回、街の状況がかなり深刻とのことで。歩いている最中に、近くのテントで深刻な話をされているように聞こえまして。失礼と知りながらも内容の一部を耳にさせていただきましたが――心が定まったのなら、それは良うございました」


「…はあ」


 話の飲み込めないハルヒコに対し、「では、私どもはまた別のところへ」と、小柄な老人は頭を下げ、派手な服装の人たちと共にテントを離れていく。


『――ハルヒコ、そういえば一つ話し損ねたことが…どうした?』


 ヤスシの声に「ん、さっきまで人が来ていてね」と、タブレットを手に持ち、テントの外へと顔を出すハルヒコ。


「王族だったかもしれない…なんか、お付きの人たちが派手だったし」



「…倒れているのはこれで最後だな」


 ついで、ルイスは自身の持つ【聖弓】の弦の先で床を突くと、複数の気を失った老人たちとサポートに回った第一係を移動魔法陣で輸送する。

 

「――あとは、瓦礫の撤去を第二係に任せるのみですね」


 そう答える【勇者】のタブレットには、介護施設などに移送されたお年寄りの名前が列挙され、先ほどの老人たちが無事病院についたことを報告する欄に現地にいる第一係を通じてチェックがつく。


「あまりにも事態が混迷するなら私の【聖弓】を使用する可能性も考えていたが、これなら滞りなく収束できそうだ」


 そう言ってルイスが胸を撫で下ろすと同時に、シャランと鈴の音が響く。


「――ああ、ギルドマスターさん。こちらにいらっしゃいましたか」


 その言葉にルイスは顔を上げ「アナタは…」と先を続けようとするも、老人が頭を下げ「実は、頼みたいことがあるのです」とルイスの弓を指す。


「そちらの持つ【聖弓】。それを使い、連れていってほしい所があるのです」


「…それは、如何いかなる理由で?」


 ルイスの問いかけに、老人の指に【オーブ】のついた指輪が複数光る。


「これは私の仕事ですが――こちらが謝らねばならない方がいるからです」



「…ライトには逃げられましたが、第一係とギルドの【オーブ】回収作業も順調と連絡がありますし、私も通常業務に戻りま…す?」


 移動した第三係の室内。業務口調のアザミはフロアの首に下がっているペンダントに目をやり「これ、何ですか?」とトーチを見る。


「だって、槍のままだと重いだろうし」


 そう言って、後ろを向いてタバコを取り出すトーチ。


「外装くらいアザミさんなら直せると思って――ダメ?」


 それに「ダメというよりも…」と語気を強めるアザミに、察したフロアは無言でペンダントを彼女に渡す。


「ギルドに寄贈したらからと言っても、我が家の家宝であることには代わりありませんから。やって良いことと悪いことの区別がつかないんですか!」


 ついで手から放出した魔力を具現化させ、槍を元の形に戻すアザミ。


「――よし、前につけた傷もそのまま。これなら、ギルドに返しても問題はないはず…ですけれど」


 と、怒りが再燃しそうになるアザミに「んーでも、アザミさんが武器と認識できるものなら、基本何でも作れるというのはすごいよねえ」とトーチは話を逸らすようにフロアが瓦礫から拾った弾丸を彼女に見せる。


「表に魔力反射、裏にゴーレム封じの陣入りの弾丸。槍が無ければ見えないような仕様なんて、アザミさんでなければ出来なかったと思うなあ」


「…おべっかを使えば、私が落ち着くかと思って?」


 そう言いつつも、弾丸を手にするアザミ。


「――でも、正直。これはライトがいなければできない作戦でしたし」


 そう言って、アザミは模様に目を落とす。


「ライトの精神感応を使って相手側の魔力を読み取り、私が具現化する。思考を送信している間は顔の表情がなくなってしまうから、いつバレるかと内心ヒヤヒヤもしていましたし」


「――というか、いつ奴さんと接触したの?」とタバコに火をつけるトーチ。


「…先日、【魔力解放戦線】と仮想世界でやりあったときに」とアザミ。


「事態は、まだ収束してないと思って。あの後、一人で仮想世界に行ってライトがいそうなところを片っ端から当たって、先日ようやく接触することができた――彼なら、人伝いにアジトくらい簡単に割り出せると思ってね」


「…それはまた危険な賭けだね。アザミさんには合わない作戦だ」


 煙を吐き出すトーチに「わかっているわよ」と、視線を逸らすアザミ。


「でも、自分たちが作った組織があんなふうな扱われ方をされるのは許せなかった――責任を取るのなら、今から私だけでも【魔力解放戦線】の報告をギルドにして、これで最後にしても構わないと考えているわ」


 提案するアザミに「…いや、決着はまだ着いていないし」と、タバコの煙を吐き出すトーチ。


「魂は追い出したけれど、ぶっちゃけ彼らからは生きている人間とは違った感じがしたんだよね…なんというか。あれは単なる分離した――」


「ちょっと待って、それってどういう…」


 ――そんな折、ふと喉の渇きを覚え、フロアは給湯室のドアを開ける。


「ありゃ?」


 目の前に広がるのは覚えのある廃墟同然の集合住宅。

 潮騒の音とともに遊ぶ子供たちの姿。


『あ、来たね』


 ついで、手を振ってこちらへとやって来るのは一人の子供。


『――ライトには逃げられたが、こちらには【隠蔽屋いんぺいや】を始めとした魔力のストックがあるから。表面上はやられたようには見えただろう?でも、その実【私】自身には傷一つ負わせてはいないのさ』


 その顔はノースの家にあった自立式人形ゴーレム

 ついで、顔が十字に割れ、フロアに向かって微笑んでみせる。


『ここまで、お疲れ様…まもなく君たちも【私】の魔力の一部となる。長い年月をかけ仮想世界に組み込んだ陣だったが、多くのユーザーを通じ、今回の騒動を経て、今や全世界へと広がった――これにより、現実と仮想の境は無くなる』


 気がつけば、フロアの周りのドアや窓が次第に崩壊を起こし、地の底へ、あるいは空の中へと溶け込んでいく。


『これからの世界は情報の波…ひいては【私】の世界へと沈む』


 声を上げ、笑うゴーレム。その顔は、ノン、ノースへと変貌していき――足元が崩れたフロアは、誰ともわからぬゴーレムを見上げ、闇の中へと呑まれていった。

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