レポート.19「大海で少女は何を歌う」

「――ええっと…確か【ルルちゃん】は二年前にメジャーデビューした仮想世界のアイドルで、主に歌をメインに活動しているはずです。若い人たちのあいだでもかなりの人気で店で買い物をしてると彼女の曲が音響魔法で流れるほどですね」


「ん、なるほど。それだけの認知度があるってことが分かっただけで十分」


 ついでタブレット越しに「サウスくん」と呼びかける。


「今の【ルルちゃん】の様子はどう?」


 見れば、サウスは教会の椅子でぐったりとした【ルルちゃん】を抱え、トーチに向かって必死に声を上げる。


「なんか、ヤバいです。彼女、最初は自分の体が何かおかしいと言っていたんですけれど、次第に手が冷たくなっていって――」


「…なるほど、魂の乖離かいりが起こり始めているんだな。魂の扱いは弟も得意だから、神父様を呼んでしばらく対処してもらって」


 ついで、ヒダネに目を向けるトーチ。


「そっちはどう?向こうは本番の前段階としてライブを行っているはずなんだけど、魔力の跡を追うことはできる?」


 ヒダネはそれに「いえ、辿っただけでも複数箇所からチャンネルが切り替わっている形跡が出ていますし、どれが主要なものかまでは…」と狼狽して見せる。


撹乱魔法かくらんまほうか。おそらく奴さんの狙いはライブ中にプロパガンダを混ぜて、意識下で国民に刷り込むこととみたね」


 そんなトーチの言葉に「ぷろぱがんだ?」と、フロアは首を傾げる。


「――プロパガンダとは【魔力解放戦線】が、自分たちの思想を周囲に伝播でんぱするために行う行為のことよ」


 端末でギルドに連絡を取りながら、補足するアザミ。 


「そも【魔力解放戦線】は、魔力を持つ種族こそが世界を動かしていくべきだと考える連中の集まりでね。だから魔力を集めて平等に配布する今のインフラ社会のことをよく思っていないのが現状なの」


「――そして、厄介なのは自分たちの思想を同意の有無に関わらず周囲に伝播させようとする【魔法使い】が多いというのも特徴だ」


 見れば、アザミの言葉を続ける形でギルドのハスラーが入ってくる。


「近年ではギルドでも連中関連の相談が多くてね。こうして出てきた次第だよ」


「…私、一応ギルドマスターにもっと有能な人をよこすようにと連絡したのだけれど。なんで、ハスラーくんが」


 それにハスラーは胸を叩くと「ええ、自分こそが適任とギルドマスターと交渉し、こうして来ることができました」とハスラー。


「【魔力解放戦線】と戦えるなんて初めてのことですから、ワクワクしますよ」


「…まあ、こっちには置き土産もあるから――フロアくん、握った手を出して」


「え。あ!」


 トーチに言われて、初めてフロアは先ほどから自分が無意識で拳を握っていたことに気が付く。


「あ、あれ?いつの間に…ええ!」 


 ――そして、開けた手のひらには、いつ書かれたかもわからない魔法陣。


「おそらく、会話の際にライトが魔法で仕込んだものだね。種類は、魔力反射と移動魔法の図式を組み合わせたもの。おそらく相手の精神操作を跳ね返すためのものだと思うが――まったく。どこまで俺たちはパシリにされるんだろうね」


 そう、トーチはため息をつくも、手に持ったタブレットには次のライブが行われるスケジュールが映し出されていた。



 ――低いサウンドが耳に響く。

 それはライブ用に用意された曲のイントロ。


 周りから聞こえる歓声は自身を突き動かす原動力。

 【ルルちゃん】は、本体の動きとアバターの動きを合わせつつ歓声に応える。


『みんなー、今日は来てくれてありがとー!』


 瞬間、自分に向けられた大量のコメントとアバターが周りに飛び交う。


『今回、【ルルちゃん】は初の全国ネットということで、大好きなみんなのために新曲を書き上げちゃいました。タイトルは――』


「そこまでだあ!」


 ついで、一人の男性がステージに躍り上がりに槍を向ける。


「ふははは、ギルド第四部隊のハスラーだ。そこの娘、今すぐ歌をやめろ!」


 しかし、相手の姿は瞬く間に消え、は突然のアクシデントに戸惑うことなくタイトルを言い終え、ハスキーな声で歌い始めた。



「――始まったねえ。録画とうまくすり替えて何事もなかったかのようにライブを続けている。まあ、あれくらいの妨害は想定していたんだろうね」


 会場に紛れ込んだトーチはそうつぶやくとため息をつく。


「あーあ、でもまさかハスラーくんがああも勢いで突っ込むとは。相手が警戒していなければ良いのだけれど…」


 同時にヘルメットを伝って「ぐわわー」という声や誰かがのたうち回るような音が聞こえるも「うん。カウンターで何か別の罠が張ってあったんだろうね。何が起きたかは後で確かめよう」とトーチが冷静に声をかけ、フロアもうなずく。


 ライブ会場は大盛り上がりで、周りの人間も先ほどの妨害に気づいた様子もなく魔力で光る棒を振っている。


「おそらく、チャンネルを繋いだ視聴者は認識操作をされているのだろう。この中断にも動揺しないのもそのため。ライブも最後まで聴くだろうし、厄介だね」


 トーチの言葉を聞きつつ、会場全体を見渡していたフロアは端の方から魔力のわずかな歪みを見つけ「あ、そこ。その照明のあたりです!」と声を上げる。


 そこにトーチが素早く錫杖を向け、同時に一人の男が転がり出す。


「な、何なんだ。お前たちは」


「――うわ、ひでえ」


 思わずフロアが声を上げてしまうほど、男の格好はひどいもの。【ルルちゃん】の衣装を意識してだろうがフリフリ短めスカートが悲しいほど似合っていない。

 

「なるほど、憑依魔法で肉体を操りながらのアバター操作。違和感が出ないように当人に【成りすます】必要があったから、意識レベルで彼女になりきらなければならなかったと言うわけね」と、トーチ。


「ただ、意識を手放してしまった以上、【ルルちゃん】は元の体に戻れるわけだけれど――【魔力解放戦線】の人間で間違いないかな、モクモク・モクくん?」


「…人間?その場合、同志というのが正解だな」


 ついで、ひでえ格好の男は周囲を見渡すも「――無駄だよ。キミが無意識下に放とうとした【魔力解放戦線】のプロパガンダは無効化されている」と、トーチは音響装置の一つを手に取る。


「ほら、ここ。魔力反射の印があるだろ?サクライ重工と連絡をとって、一時的にだけれど外部操作で全国にある音響機器に設置させてもらったんだ。現実でも、仮想世界でも有効になっている」


「――ま、全国の音響機器に魔力を使って即座にマークを取り付けられたのは、俺の仕事の速さのおかげなんだけどね」


 声を上げるのは、フロアの肩にくっついた小型サイズの【聖剣】。


「魔力伝いに、何万台と出荷されたサクライ重工の精密機器にコピーした自分の分身を乗り移らせて、素材の表面の分子配列を変えることで一時的にだが魔法陣の模様を浮き出させてみたんだ」


 得意げな顔をする【聖剣】に「以前、彼が剣の頃にプリンターの画面から出てきたことを思い出してね。もしやと思って何度か別の製品で実験してみたんだけど、成功して良かったよ」と、うなずくトーチ。


「何をごちゃごちゃと――」と、男は逃げようとするも、アバターが消えかける寸前ですぐに元の場所に戻ってしまう。


「え、なんで。体に戻れない」


 それに「そりゃあ、今は無理だから」と、トーチ。


「魔法陣は、キミが使っていた音響機器にも浮き出ているはずだし、魔力反射の効果で操作することはおろか、キミの魂も戻れない状態になっているからね」


「くっそ、これだから魔力の無駄遣いをする役人は…」と男は必死に脱出を試みるも上手くいかず、その横を一人の獣人の少女が横切っていく。


「え、まさか。アイツは――」


 ステージの上でマイクを手に取り、口を開く少女。

 そこから流れるのはハスキーな歌声。


「彼女をプロパガンダに利用しようとしたのは、有名だからというのもあっただろうが、獣人だったということが第一の理由だったんじゃないか?」

 

 何度も脱出を試みたせいでアバターを保てなくなりかけている男に、トーチは語りかける。


「【魔法使い】にとって、初期に作られた獣人はあくまでパートナー。今の時代のように主体性と人権を持ち、自らの意思でアイドルになるなんて考えられなかった。妬みの対象となるのも、無理ない話だからね」


 しかし、そこまでトーチが話したところで「トーチさん、それは違います」と、【ルルちゃん】をエスコートしていたサウスがやってくる。


「見てください、彼のアバターの衣装。これは何十回とライブに参加し、課金しないと手に入らないプラチナ会員限定のコスチュームですよ。魔力反射の影響で現実の姿と混同された状態になっていますが、ファンの間では一級品ですから」


 ついで、男の手を取るサウス。


「知ってるよ。本当は【ルルちゃん】のことが好きなんだろ。曲も、彼女自身も…でなければ、その衣装を着られるはずがないんだ」


 それを聞き、男は急に涙目になったかと思うと「――ああ、そうなんだよ」とサウスにもたれかかり、おいおいと泣き出してしまった。

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