レポート.20「みんなの癖(へき)」

「――俺、彼女の曲がメジャー前から好きで。新曲が出る度に、動画を何万回も再生して、歌詞の一言一句まで言えるように練習して覚えていたんです」


 明らかに似合わない衣装のまま、仮想空間でべしょべしょと泣く男。


「…それだけにメジャーになってしまった途端、彼女が遠くに行ってしまったような気がして。切なくて、どうしようもなくて」


 そして、男は自身の苦悩を語り始める。


 理想の【ルルちゃん】がいないのなら、自身が【ルルちゃん】になれば良い。


 そう思い、始めた限定アバターからの理想のアバターの作成の日々。

 しかし、それらをファンサイトで公表しても心は虚しいまま。


「――そして、とうとう自分は【ルルちゃん】にはなれないことを悟るしかなかった!」


 そう苦しみの声を男が上げる中「ちなみに、どの辺で【魔力開放戦線】とキミとの縁ができたか教えてくれない?」と時計を見ながらトーチが質問をする。


「…彼女の限定ファンサイトで。会員限定のグッズが当たるというキャンペーンを開いてみたら、たまたま【魔力開放戦線】のサイトに繋がっていまして」


 そう言って、遠くを見る男。


「そこに書かれたプロパガンダを見ていたら、何で魔力を持たない連中が彼女のような魔力を持つ高尚なアイドルを応援するのか怒りが湧いてきて。ここは自分と同じ考えを持つ同志を集めねばと活動を始めまして――」


「それで、彼女を広告塔にプロパガンダを広めようとしたと――うん、典型的なダミー広告からのサイト洗脳だね」と、トーチ。


「ギルドにそのサイトを捜索させて、後で凍結しておかなきゃ」


 そんなトーチの言葉に「でも、俺。間違っていました」と続ける男。


「俺の中にある【ルルちゃん】は俺の中のだけのものなんです。それを人に押し付けること自体が傲慢で。なのにこんなことをしてしまって、俺は――」


『大丈夫ですよ、会員番号〇〇九番のモクモクさん』


 その言葉に「…え、あ。【ルルちゃん】!」と顔を上げる男。


『画像で送られてくるオリジナルの衣装姿のアバターを楽しく拝見させていただいていたんですけれど。最近、ファンサイトにめっきり来られなくなって…正直、心配していたんですよ?』


 そこにいるのは、今しがたライブを終えた【ルルちゃん】であり、彼女は男と向かい合うように立ち、優しく微笑む。


『でも、事情を聞いてわかりました。私の曲が好きで好きで。好きがこうじてこんなことになってしまったんですよね。まあ、暴走してしまうファンの方もいくぶんかいらっしゃるのは、こちらも承知していますから』


「あ…あ…」


 声にならない男。


『ですから、罪をつぐなったら是非また私のライブに来てください。アナタが私のファンであることは、いつまで経っても変わらないんですから』


「【ルルちゃん】…!」


 そんな男の肩にポンと手を置くのは、今しがた罠からようやく回復をして仮想世界に戻ってきたハスラー。


「じゃあ、詳しい話はギルドで聞こうか。魔力反射も移動魔法もそちらの魔力にしか反応しないからな。こちらが連れて行けば、自動的に魂は肉体に戻ることになるだろう」


 そうして、移動を始めようとするハスラーに男が「あの…!」と目の前にいる【ルルちゃん】に声を上げる。


「俺、絶対に戻ってきますから。もっと良い衣装を作って帰ってきますから」


 それに【ルルちゃん】も『ええ、分かっていますよ』と手を振る。


『モクモクさん、また会いましょう』



(――本当に、今回は助けていただいてありがとうございました)


 事件の翌日。

 そう言って頭を下げるのはフサフサの毛を持つ、二匹の四足獣型コボルト。


(私も、マネージャーのランドくんも犯人の固定魔法に捕まって、スタジオから動けなくなっていたんです)


 ハッハと舌を出して念波で話すのは【ルルちゃん】のアバターを外した中の子であり、都心部にある彼女らのスタジオには四足歩行から二足歩行に変換できる、最新式のアバターと音響機器が設置されていた。


「そっか、最初に会った時に人混みの中でうまく動けなかったり、体の動かし方がわからなかったのは、本来なら犬型であった体から獣人型のアバターになったせいだったのね」


 合点がいくフロアに(…ええ、こちらも驚きました)と【ルルちゃん】が言うと(そも、僕のせいなんです)とランドくんが尻尾を垂れる。


(獣人型の方が売れるからと本来の姿から獣人型アバターを作ったり、念波を魔力で変換して音声に変えて流していたんですけれど。そのせいでルルには怖い思いをさせてしまって)


(そんな、私はちっとも――)


 慌てる【ルルちゃん】に(…だから)と言葉を続けるランド。


(これからルルには、自分の本来の姿で歌って欲しいと思っているんです。彼女が今まで無理をしていたのは分かっていましたし、頑張ってきたことも知っている――だから、これからはアイドルではなく自分のスタイルで歌って欲しい)


(ランドくん…)


 嬉しそうに尻尾をワサワサと振る【ルルちゃん】。

 それにランドくんもバサバサと尻尾を振る。


 そして、なんだか良い雰囲気になってきたところで「あのー」と、声を上げるサウス。


「その、実は【ルルちゃん】と約束をしておりまして。今回の件が無事に解決したら、特別に首の辺りの毛を触らせてくれるという話がありまして…」


 それに【ルルちゃん】は(ああ、そうですね)とハッハと舌を出す。


(命の恩人ですし。いっそ、全身の毛に体を埋めちゃっても良いですよ?)


「え。そ、そんな…あ、ではご遠慮なく」


 ごにょごにょとそんなことを言いつつも、サウスは自分の背丈よりも大きな犬の横腹あたりにモフッと顔を埋める。


「あー…宇宙が見える」


(よろしければ、フロアさんも是非)


 そんな【ルルちゃん】の申し出に「え、あ。いや、私は…」とフロアは目を泳がせるも「いや、こう言う時には素直に好意を受け取らないと」と今だに顔を引き上げずに熱弁を振るうサウス。


「もう、二度とこんな貴重な体験はできないはずだぞ」


「――で、では」


 そう言って、フロアがしぶしぶ顔を埋めた先はあったかいやらフカフカやら。


「こんなお礼をされちゃうなんて。俺、返納課に勤めてて良かったあ」


 そんなサウスを耳にしつつ(…うん、意味わかんねえな)とフロアは内心思うのであった。

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