レポート.18「母は善きものお触り厳禁」
「――それは【成りすまし】の可能性が高いね」
ヘルメットを外し、タブレットに映る【ルルちゃん】と思わしき、コボルトの少女を見るトーチ。
彼女は画面の中で未だに泣きじゃくっており、当人の希望で仮想世界に残ったサウスが教会で彼女を
「データバンクに繋げてみたけれど、この子に該当する情報が見当たら無い。対して、ライブ会場に問い合わせてみたら【ルルちゃん】は現在も生配信中とのことだ。実際、会場で歌っている彼女の姿も確認できている」
「つまり?」と、問うフロア。
『要は、こっちか向こうの【ルルちゃん】のどちらかが、偽物ってわけだ』と【聖剣】がタブレット画面に割り込んで声をあげる。
「偽物――?」
思わず首を傾げるフロアに『おかしな話じゃ、ないだろ?』と【聖剣】。
『誰だって、
「うむむ?」とフロア。
「つまり、サウスは記憶喪失という設定付きの【ルルちゃん】の格好をした仮装ファンによって、今しがたナンパされていると?」
「――んなややこしい設定して、何の意味があるのよ」
係のドアに寄りかかり、呆れかえった顔をするのは第一係長のアザミ。
「トーチからネットワーク関係に強い人に来てもらうように言われてね。ギルドにも連絡を取って、国のシステム管理部の人に来てもらったの」
それに「ん?サウスのお兄さんはエンジニアだし、機械に詳しいのでは?」とフロアは尋ねるも「サクライ重工は、あくまで民間だからね」とトーチ。
「ハルさんもネットワークに精通しているけれど、この手のシステムは公的部分が多いから。いくつか許可をすっ飛ばせる専門家を呼んで対処することにしたの」
ついで、ひょっこりと顔を出したのは一人のノーム。
「あ、杖職人のトモシビさん!」
思わずフロアは声を上げるも「違います」と、魔法で名刺を差し出すノーム。
「トモシビは私の父。私は息子のヒダネ。国の専門機関でシステムエンジニアをしております――以後、お見知り置きを」
*
「んー、彼女の記憶の欠落具合を見るに、これは外部から魔法で魂を切り離されて、中に閉じ込められている可能性が高いですね」
さらりと恐ろしいことをのたまうヒダネに「え、そんなことあるんですか?」と思わず聞いてしまうフロア。
「ええ。ちなみに許可なく魂を切り離すことは重罪よ」と補足するアザミ。
「トーチを見ていればわかるけれど、条件をつけて対象の肉体から魂を抜く方法は確かにある。でも、抜けた魂は不安定で外部からの魔法の影響も受けやすから、彼女のように記憶を失ったり、自我を失うケースが多いの」
「…でも。なんでそんなことをする必要が?」
声を上げるフロアに「だから【成りすまし】なんだよ」と、トーチ。
「もし、ここにいる彼女が本物なら相手は彼女の肉体かアバター、または、その両方を狙って犯行に及んだ可能性があるということだ。それを使って何かしらの目的を達成したいとも考えているはずだけど――」
そこまで話すと、トーチはアザミに目を向け「ところで、アザミさん。これ、本当に返納課の仕事なの?」と首を傾げる。
「こちらの仕事は、あくまで滞納者から魔力を返してもらうことだし、その手の専門家でもないからね。というわけでこの先はヒダネさんとギルドに任せて定時になったら速やかに退社したいのだけれど――」
アザミはそれに「却下です」と即答する。
「そちらのお願いでヒダネさんを連れてきていますけど、アナタを含めた第三係は目撃者でもあるんですよ。情報提供の意味合いも込めて、互いに協力しながら、対処を行うよう努めてください」
「――アザミさん。たまに冷たいこと言うよね」
「今回の件でギルドも動くとのことですが、何ぶん忙しいようなので。合流までのあいだの増員として好きに使ってください」
「…アザミさんに、そこまで言わせるつもりは無かったんだけどな」
そう視線を逸らしつつ、ヘルメットを装着するトーチ。
「じゃあ、フロアくんも被って。サウスくんと話をしよう」
「あ、はい」
そう言って、フロアも同じようにヘルメットを被り、教会へと移動する。
「――あ、二人とも。どうでした?」
相変わらず祈りを捧げている人の多い教会。
本物かどうかはさておき、憧れのアイドルと会話したためか、どことなく嬉しそうな顔をするサウスに「報告だけど」と、これまでのことをかいつまんで話すトーチ。
「…で、そっちは何か聞けた?」
それにサウスは「ええ、一応」と少し話に動揺しつつも、手のひらから一枚の画像を出現させる。
「彼女、記憶を無くす数分前に怪しい人物を見たそうで。その証言を元に端末の生成魔法で姿を再現してみたのですが…ちょっと見てください」
「ん、どれどれ?」
そう言って、一枚の再現された画像を覗き込むフロアとトーチ。
――そこにいたのは、赤子を抱く一人の女性。
「この赤ん坊、トーチさんが話していた滞納者に似ていませんか?」
*
「…今日も、いいライブだったなあ。なあ、カスミ」
そう言って、見上げた女性の顔は無表情で腕に抱かれた赤子はため息をつく。
「そうだな、暮らしてもうすぐ五年。そろそろ次の母親に乗り換える時期――」
「ライト・エンブリオ。一般女性に人心操作を施し、赤子の姿である自分を養わせ、今年で九十歳になる――間違いないかな?」
「ん、ああ。返納課の連中か」
赤子は興味なさげに振り向くと、自分を追ってきたメンツを見る。
「で、俺に魔力を返納させようと。そう考えているんだな?」
それに、フロアを伴ったトーチは「まあ、そう言いたいんだけどね」と困ったように肩をすくめる。
「どうせ、さっき言った魔法の他に認識操作と隠蔽も持っているでしょ。となると、こちらが追ったとしても、すぐにトンズラされるとも考えている」
「では、何のために俺と接触した?」
そう問うライトに一枚のデータ化された書類を見せるトーチ。
「これ、【隠蔽屋】との契約書だよね。三十年前の日付で相続人はキミ。一定の期間が過ぎた後に【隠蔽屋】の持つ能力を譲渡するという内容だけれど、それから十年経ってから返納課が彼の家を捜索して、これを発見したというワケ」
「――ま、いずれそうなるとは思っていたけどな」
興味なさげに書類から目を逸らすライト。
「奴は、几帳面で秘密主義。根が真面目で全てのことを抱え込もうとする性分。ゆえに、もしもの時には俺が能力の肩代わりをしてやるとそう言う約束で契約を交わしていたんだが――ちなみに家に入った時に奴は生きていたか?」
「つい最近。ご臨終後に【魔王】に一時的になって、成仏した」
トーチの返事に「そうか」と、上を向くライト。
「気をつけろよ。俺をダシにした連中はもっと面倒だぞ。俺はこのままトンズラを決め込むが、この先アンタらはその連中は渡り合うことになるだろうな」
「――連中?」
尋ねるトーチに「【
「俺と同じ、
それにフロアは思わず「でも、アンタのしていることもひどいじゃない」と、ライトの腕に抱かれている女性を指さす。
「彼女は操作されているんでしょ?解放してあげなさいよ」
ライトはそれを聞くと「威勢の良い嬢ちゃんだ」とクックッと笑う。
「だが、俺の母親には向かないな。目に宿る光が強すぎる。俺はもっと弱い女を好むし、必要なら十分な教育や蓄えを施してから解放する。何しろ俺のポリシーは、【イエス・マザー・ノータッチ】だからな」
「何を訳のわからないことを――」
そう言って、フロアは近づくもなぜか相手の元に行き着くことができない。
「おいおい、ここは仮想世界で魔力が原動力なことを忘れたか?」
ついでライトは両手を広げ、まるであやとりをするかのように手を動かす。
「そも、外部装置により魔力を直接脳に浴びるこの世界では操作系魔法の影響をモロに受けやすい――どうして、俺に対してここまで攻撃的になるのか。話すたびに感情を
「それは、アンタが女性を
「はい、ストップ」
ついでフロアのヘルメットは外され、気づけば空に向かって拳を
「あれ、私…?」
「操作系のカウンター。こっちは、まんまと罠に
トーチの言葉に、ヒダネは手元の端末を見ると「――ええ、先ほど保護した【ルルちゃん】のデータを解析したところ、魔法による罠が確認されました」と付け加える。
「仕掛けられていたのは
「え、そんな」と絶句するフロアに「――となると、間接的だけどそれをライトが解いてくれたと言うことね」と自分のヘルメットをコンコンと叩くトーチ。
「ヤバいねえ、これは実にやばい。ちなみにフロアくん」
それに「ん、何ですか?」と尋ねるフロア。
「――知っている範囲で良いから【ルルちゃん】についての情報を教えて。連中が何を目的としているか、ヒントがあるかもしれない」
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