レポート.6「払いたまえ、極めたまえ」

「…え、死んじゃったんですか?」


 当惑するサウスに「うん、見たとこ寿命だね」と、老人を横目にタブレットで国のデータバンクを開くトーチ。


「調べたら、この人すでに百二十歳を超えてるし。今まで魔力で無理やり延命していた感じっぽいからね」


「え、じゃあ蘇生は」と問うフロアに「封筒が白になってるってことは寿命」と答えつつ、トーチは灰皿でタバコを消す。


「にしても、面倒なことになったなぁ。多分このままだと――」


 ついで、部屋全体がグラリと揺れ「え、地震?」と驚くフロア。

 それに「あー…やっぱり」と、トーチが肩を落とす。


『おお…動ける』


「うわぁ!」


 気づけば、サウスの足元にあった人形が起き上がり、床にヒビが入っていく。


『生前と同じ。いや、それ以上の力…!』


 人形の胸が左右に弾け、中心のオーブが青白い光を放つ。


『これは、俺に生きろと神が言っているのか?』


 床が抜けると同時に階下に人形と同じ青い光を放つ大量のオーブが載せられた棚がずらりと見え―― 一斉に眩い光を放つと、先ほどの老人が巨大な亡霊の姿となって床から顔を出す。

 


『そうだ、私はまだ生きねば。しなければならないことが…!』


「ん、そうね。亡霊系の【魔王】つて、いっつもそう言うの」


『む?』


 ――ヴォンッ!

 ついで、鳴り響く低い重低音と霧散する巨大な顔。


「霊体になった以上、俺のような僧侶の読経は貫通するものだから」


 そう言って、タバコを取り出すトーチ。


「【神様】は案外幽霊に対してはシビアなのよ」


 ついで、上階からバタバタと複数の足音が聞こえると「そこの三人!動くな…って、サウスじゃないか!」と驚きの声があがる。


「あーあ、下にあるのは未登録の大量の違法オーブで霊体タイプの【魔王】まで出現したとなれば…」


 ついで、両手をあげてため息を吐くトーチ。


「まあ、ギルドが出張って来ても、おかしくはないわな」


 今どき珍しい古風な甲冑で槍を構えたギルドの【勇者】――彼はトーチを見るなり「あ、返納課の方々でしたか」穂先を上げる。


「ギルドの第四部隊のハスラーです。報告をお願いします」


 それにトーチはもう一度ため息をつくと「現場で滞納者と対峙中に死亡。脱法オーブによって霊タイプの【魔王】が出現しましたが、速やかに処理をしました」と事務口調になる。


「…というわけで、現場検証とか免除できない?」


 その言葉にハスラーは一瞬だけ迷ったように視線を動かすも、姿勢を正すと、きっぱりとこう告げる。


「いえ。それは一般人の場合…特に、トーチさんの場合は許すなと【ギルドマスター】からお達しがありますもので」

 

 それに「あーもう、これだからルイスさんの部下は」と肩を落とすトーチ。


「――なので、同行願います」


 こうしてハスラーに従う形でフロアらはギルド本部へと向かうこととなった。



「――結局、ギルドなんて古臭い考えの連中の集まりでしか無いんです!」


 そう言って、ガンとビール杯で机を叩くのは【勇者】ハスラーその人で、夜間の居酒屋の向かい席に座るフロアとサウスは、居心地悪そうにオレンジジュースとウーロン茶をチビチビと飲む。


「今の時代、インフラも設備もサクライ重工の最新式で溢れているっていうのにウチの部署は古臭い道具にまみれて昔ながらのやり方ばかり。連日のように残業で頭の固い連中の付き合いで飲みに誘われるし、もうウンザリですよ!」


(うーん、事情聴取で遅くなったからと食事に誘われた私たちは何なんだろ?)


 そんなことを思いつつ、ウーロン茶を飲むフロアに「でも、ハスラーさんの使っていた槍。あれ有名な【勇者】が使っていた【宝具】ですよね?」とオズオズと尋ねるサウス。


「それ、選ばれた【勇者】にしか扱えない代物だと聞いているんですけれど。柄についた古代オーブの能力で現場の記憶を読み取ったり、戦闘に使えると【ギルドマスター】が――」


「だが、実戦までは滅多にいかない」と、モツ煮に手をつけるハスラー。


「最近なんて、昔の【勇者】が戦った跡地で大学との合同調査ばかり――そこで護衛をすると言ったって何もすることなんてない。今回だって、すでに【魔王】が倒された後だし…」


 と、そこまで話しつつ、飲みの雰囲気をガン無視し、一人前のカニチャーハンをジンジャーエールで流し込むトーチにハスラーは「…だからこそ、トーチさんはすごいですよ」と話しかける。


「んん?」


 思わず、レンゲでかきこむ手を止めるトーチに「その袈裟。サクライ重工の最新特殊スピーカーですよね」と指差すハスラー。


「部屋の記憶で見ましたけど、魔力と読経を圧縮して撃ち込むなんてすごいです」


 それに「ん?まあ、使えるのは俺だけだけどね」と小型のオーブが織り込まれた袈裟を見せるトーチ。


「向こうと共同で開発した試作品だし、オーブにあらかじめ一定の出力で魔力を注入していかないといけないから、結構疲れるんだよ?」


「――でも、良いじゃ無いですかぁ!」と机に顔を突っ伏すハスラー。


「俺だって、最新装備で仕事したいですよ。古い慣習に則った装備に古臭い人間だらけの仕事場なんて…」


「そうか、そうか。だが、それを事情聴取をした人間で解消するという点では、古参連中とそう思考が変わらないとは思わないかね?ハスラー」


 そう言って、ハスラーの隣に腰掛ける妙齢の女性に「ル、ルイスさん!」と声が上ずるハスラー。


「ど、どうしてこんなところに?」


「【ギルドマスター】のルイスさん。お久しぶり」


 おかわりのジンジャーエールを飲むトーチに「部下が粗相をして済まないね」と頭を下げるルイス。


「たった今、サクライ重工と装備の提供について話が終わったところでね、夕飯がてらによってみたんだが――久方ぶりの【魔王】が出たそうだね」


「…え、サクライ重工?」と声をあげるハスラーに「そう、近々大規模な遠征があるから、そのためにね」とルイス。


「こちらの予算と折り合いをつけるために試作品を借りるという形だが、最新鋭の設備は入るはずだよ」


 それに「ほ、本当ですか?」と驚くハスラー。


「――まあ、古いものにも価値があるからね」と、不意に口を挟むトーチ。


無碍むげに捨てるよりかは、新しいものと両立させることも大事だから。その辺り、もう少ししっかりと学ぶと良いよ」


 それにルイスも「サウスも、少しは分かっているようだがね」と目をやる。


「今回の脱法オーブもそうだが古いものが残るにはそれなりの意味がある。それに対し、どう価値を見出し、今後に役立たせるかも必要なんだよ」


「――なので、ハスラーくん」と不意に注文票を見せるトーチ。


「ここまでの会計、よろしくね。授業料ということで」



「…俺ね、飲みに行くのってキライなの」


 遅くなったということでフロアとサウスを送る中でのトーチの言葉。


「ぶっちゃけ、避けたいくらいでね。でも、ギルドの誘いという名目上、断りづらくもあるから――」


 トーチの差し出すタブレットのメールの送信画面には『タスケテ、キミの部下 に捕まった』と短い文と既読の印。


「思わず、ルイスさんに助けを求めちゃった」


「さいですか」と答えるフロアに「でも、気になったんですが」とサウス。


「今回の家、誰もが魔力の引き出せる脱法オーブがあんなにあったのに、なんで家主の老人は使わなかったんでしょうか?」


 それに「使わなかったんじゃなくて、使えなかったの」と、トーチ。


「ぶっちゃけ、自力で動けないぐらいに衰弱していたからね。わずかな魔力で来た人間から吸い取って、休むを繰り返していたんじゃないかな?」


「そこまで長生きする意味って、あるんですか?」と、思わず尋ねるフロアに「術を常に発動するにはね、生きている必要があるから」とトーチ。


「そう考えれば、仕事には忠実だが愚直。肉体も限界にあったし、あちこちで術が切れ始めたのも、その前兆だったのだろうね」


「…なんか、可哀想です」

 

 素直に答えるフロアに「ま、おかげで返納課こっちは大忙しだ」とトーチ。


「術が切れて、明るみになる滞納者が増えるだろうからね…まあ、割り振り具合からして第一係が主だろうけれど」


 ついで向き直ると「ああ、それと今回のハスラーくんみたいに仕事の延長線上として無理に飲みに連れて行くのは御法度だよ。良いね?」と確認するトーチにフロアとサウスは「はーい」と仲良く手を挙げる。


「では、フロアくんの宿舎も見えたことだし。ここで第三係、かいさーん」


「かいさーん」


 ――こうして三人はそれぞれ仲良く労をねぎらい、フロアにとって長い一日が終わった。

 

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