レポート.5「ぶらり電車探索」
――気づけば、フロアは揺れる列車の席に一人いた。
吊り革と広告が下がる車両。
ドアの上には行き先を告げる電光掲示板。
(あれ、なんで私ここにいるんだろう?)
手には、最近新調したばかりの杖と封筒の入ったケース。
電車の窓からは海沿いの景色と民家が電線に混じって見える。
(電線?)
自身の考えに戸惑うフロア。
インフラが魔力である世界で、電気と言ってしまった自分に違和感を感じる。
(――でも、理解できる)
向かいの山間に見える送電線も、広告の内容も。電光掲示板に書かれた文言でさえも、フロアはなぜか初見で理解できてしまう。
(でも、ここは?)
そんな折、電車は駅に止まりフロアは反射的にホームに降りる。
(…そうだ、私。子供を探さなきゃいけないんだった)
不意に襲って来た不安感に急かされるように、フロアは手にした切符を回収用の箱に入れ、外へと出る。
無人駅の改札の先には蛇行するような道と坂に沿った家々。
(どこかに…海沿いに行けば良いのかな?)
歩き出すと海が近いためか潮の香がし、かすかなウミネコの声も届く。
――坂を下っていくも道は曲がりくねり、なかなか海につかない。
どころか、いつしか海沿いには侵入禁止のような巨大な柵が並び立ち、海沿いを進みつつも、いつしかフロアはだいぶん奥まった道まで来てしまっていた。
(どうしよう…いっそ、引き返す?)
そんな折、フロアの耳元に子供の笑い声が聞こえる。
(あ、あの中に混じっているのかも)
思わず、駆け出した先にはいくつもの集合住宅。
相当年季が入っているのか、何棟かは外壁が崩れ、植物がはびこり、さながら廃墟のような区画さえあった。
(こんな場所に、まだ人が住んでいるものだろうか?)
ふと、感じる不安の中で棟を繋ぐ渡り廊下をくぐるフロア。
――そこに、何人かの子供が遊んでいた。
「ダメじゃないか。勝手にどこかに行っちゃあ」
明らかに自分のものではない言葉。
すると、遊んでいた子供の一人がこちらに気づいたらしく、慌てた様子で走り寄ってくる。
「ごめん。道に迷ってた」
大きめの帽子を被った半袖短パンの子供。
口元の泣きぼくろに目が行く中「じゃあ、帰るぞ」とフロアは手を差しだそうとするも――ふと、違和感に気がつく。
(…違う、私はこんなことはしたくない)
いつしか手にしたケースの中の封筒が極彩色へと、宛名が『ノース・フォルテッシモ』へと変じている。
「どうしたの、お姉ちゃん」
帽子の子供が顔を上げる。
「まるで、私に気づいたかのようじゃあないか』
そこにいたのは両眼の落ち
彼は暗い
「ぎゃああああ!」
ついで、フロアは声を上げると自前の杖を振りかざし――勢いそのまま子供の頭へと、フルスイングした。
*
「フロアくん。大丈夫か?」
トーチの声に気がつけば、そこは埃っぽい地下。
目の前で倒れているのはミイラの如き骨と皮だけの老人。
「ヤバい!私、殺した!?」とフロアはパニックになるも「死んでない、死んでない」と上に開いた空間から縄梯子で降りつつ、首を振るトーチ。
「バランスを崩して倒れただけ…というか、もう虫の息だよ。その爺さん」
見れば、やせ細った老人は息も絶え絶えという感じで、それでも手に浮かんだ文字は煌々と輝き「なるほど、魔力吸収の呪文だったか」とつぶやくトーチ。
「この老人、入口の【
同じく、縄梯子で下に降りてくるサウス。
その肩には顔が十字に割れた人形の姿。
フロアはソレを見るなり「ああ、思い出した!」と思わず叫ぶ。
「そうだ!家に入ったらこの人形が家主として顔を出して来て、それから滞納について詫びた後にお茶を出されて、それで――」
「ん、その後は俺たちは酷い目にあった」
そう言いつつ、サウスは蜘蛛の巣だらけの髪をはらう。
「椅子に転移魔法が仕掛けられていて、俺は係長と一緒に屋敷の中をうろつくはめになって。呪文もそこいら中に張り巡らされてて、証拠として押収しようとした人形は襲いかかってくるし…」
「ま、狙いはフロアくんの魔力だったみたいだからね」と手にしたタブレットを脇に抱え、タバコに火をつけるトーチ。
「あえて泳がせてアプリの感知システムで魔力を辿ってここまで来ることにしたんだ。ゴメンね、フロアくん」
ついで、煙を吐き出すと老人を一瞥し「にしても」とタバコをくわえる。
「まさか【
見れば、先ほどまで倒れていた老人がよろりと起き上がり「魔力が足りない」と落ち窪んだ目を輝かせる。
「必要、必要なんだ。この先も…寄越せぇぇぇ!」
「え?」
老人の向かう先には今しがたオーブを作業ポケットから出そうとするサウスの姿があり、老人はそれをひったくるようにして奪うと、光を放つ球体を掲げる。
「そう、これでお前たちは何も見ていない。これを使えば…あ?」
オーブを見上げたまま、愕然とする老人。
その様子に「それ、動かないでしょ」と答えるトーチ。
「最新型では業務用にプロテクトがかけられているからね。パスワードを入れないと使えないの、ソレ」
「…そん、な」
球体を抱え込んだまま、床に崩れ落ちる老人。
「じゃあ、ボチボチ返してね」
そう言ってトーチは老人に近づくも、急に黙りこくると視線を落としたまま「…あのさ」とフロアに声をかける。
「持ってる封筒、今なに色?」
フロアは困惑しつつも封筒を見ると、それはそれは綺麗な白色。
「あのー、係長。白ってどゆことですか?」
それにトーチは「あー…まずいな」と天を仰ぐ。
「それ、データバンクから滞納義務が消えた証なの」
「つまり?」
「つまりね」と老人の喉元に手を当てるトーチ。
「ご臨終。この人、ホトケさんになっちゃった」
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