怪奇・トラッパーハウス

レポート.4「最終的には極彩色」

 空に一羽の鳥がいた。


 幅十メートルほどの翼を持つ巨大なオオワシ。

 天空を羽ばたき、風を切り、怪鳥は空いっぱいに声を上げる。


「おじーちゃーん!返納課の人が来てるのだから、せめて服ぐらいは着てー」


 顔を真っ赤にして叫ぶのは、変化魔法で完全に鳥になりきってしまっている夫に恥いるクロエ婦人で、手には『返納催促書』の黄色い封筒が握られていた。


「二年ほどの滞納でしたが、奥様はご存知ありませんでしたか?」


 いつものごとく、半袖半ズボンに袈裟をかけた簡易的な姿のトーチを気にする様子もなく「そうなんです。ウチの人はすでに手続きしたとしか言わなくて…」と上品そうなハンカチを目元に当てる老婦人。


「昨年あたりから、服を脱いだ方がより自然になれると言い始めて。最近では、朝から晩まで出かけて。気づけば、返納したはずの魔力で変身してパンツ一枚で野を駆け回っていて…なんで、こんな」


 それに「遠吠えによる騒音被害。海上に現れる未確認生物の目撃」と、指折り数えるトーチ。


「出現場所はこの家に近いですし、ご主人の仕業で間違い無いでしょうね」


 ワッと泣きだす老婦人に「まあまあ、奥様。落ち着いて」と片手に魔力拡声器を持ったフロアをを見ると婦人をなだめるトーチ。


「とりあえず、これを使ってこちらの指示する通りに声をかけていただけますか?――時間的にも、多分有効なので」


「はあ?」



「それにしても、でっかいエビフライでしたね」


 公用車を運転しつつ、思わずサウスはつぶやく。


 その服装は動きやすいツナギ姿で、聞けばサクライ重工に発注にくる第一係の人々はみなサウスと同じように動きやすい作業服姿だったそうで、それにならうかたちでサウスも工場のツナギを着るようにしたという。


「婦人の『あなたー、今日のお昼は何にします!?』で、落ちてくるとは」


「なにぶん、変身魔法には想像力と集中力がいるからね」とトーチ。


「雑念があればそっちの形に引きずられちゃうの。あ、次のとこ左に曲がって」と助手席で時計を見つつ、指示を出すトーチ。


「お昼も近かったし、空きっ腹に人は勝てない。魔力を抜いて風邪引かないように毛布をかけて。あとはご婦人と課の相談係に任せれば、俺たちは大手を振って昼にいけるという寸法だ」


「なんか…取り立て屋みたいですね」と思わずつぶやくフロアに「え、今更?」とトーチは顔をあげる。


「ぶっちゃけ、やってることはそうだからね。定年になったら、本人と魔力パイプラインを繋いで魔力をインフラとして市民生活のために活用する。魔力の多寡たかなく誰もが同じ水準で生活を送るための苦肉の策なのは確かなんだよね」


「…うーん、【魔法使い】としての将来は中々考えものですね」と、白の長袖シャツに黒いパンツスタイルで自分の杖を見るフロア。


 この服は、先日第一係長のアザミから車の中で渡されたもので本人いわく「私のお古だけど、動きやすいから仕事着に使って」とのことだった。


「それにしても、滞納者って結構魔力を溜め込めるものなんですね」


 定食屋に入りつつ、思わずつぶやくサウス。


「さっきの人の魔力を吸収するのに、必要だった【オーブ】は二つ。一つで十人ぶんは入るのに、やっぱ人によって許容量って違うんですかね?」


 それに「それもあるけどね」と、注文をとりにきたおばちゃんに海鮮丼を頼むトーチ。


「一昔前に普及していた【魔力ポーション】。あれに個人の魔力を凝縮する効果があってね。本来持っていたポテンシャル以上の魔力を溜め込めるんだ」


 エビフライ定食と唐揚げ定食をそれぞれ頼んだサウスとフロアが水を飲む中、トーチは話を続ける。


「けれど、高齢になるとともに暴発事故が多発して今では禁止薬物指定…ぶっちゃけ、あの様子じゃあその後遺症が出ているね。杖無しで魔法を使えている連中も、大体その口だから。目安にはなるね」


「あー…頑張って起きようとカフェインを飲みすぎると翌日具合が悪くなるアレですか?」と問うフロアに「ま、近いね」と、トーチ。


「魔力は肉体の保存も司るから、寿命は伸びやすい傾向にあるんだけど。そのぶん感情的になりやすいし、理性が抑え込めなくなる。だから、相手との摩擦まさつが起こりやすくもなるし、面倒ごとも増える」


 運ばれて来た海鮮丼の前で、調味料の乗った引き出しから箸を出すトーチ。


「なので我々の世代はストレスの無い範囲で仕事をし、定時に上がる。杖などの補助具で不足分を補い、ご飯もしっかり食べる。では、いただきます」


「いただきまーす」とトーチに合わせて、サウスもフロアも定食に箸をつける。


「でも、返納滞納者ってどうして出ちゃうんですかね?」


 サクッと揚げられたエビフライを手にし、首を傾げるサウス。


「魔法なしの生活でも支障がないよう、お手伝いゴーレムや魔力バスの定期券とかサービスも充実しているし。そもギルドや国の方針で、データバンクに自身の魔力量とか登録されるから滞納なんてすぐバレちゃうだろうに」


 そう言いつつ、付け合わせの山盛りキャベツにてを出すサウスに「それはね、隠蔽いんぺいしちゃう人がいるの」とトーチが一言。


「幻覚、記憶改竄きおくかいざん認識改変にんしきかいへん…最近になって第一や第二係が忙しいでしょ?先日から隠蔽呪文が明るみになって発覚する滞納者が続出してね。どうもデータ入力の時点で操作がされてたらしくって、もう情報課がしっちゃかめっちゃか」


「それ、隠蔽した側を叩けないんですか?」と聞くサウスに「今のとこは難しいね」と味噌汁をすするトーチ。


「魔法をかけた側も居場所を巧妙に隠しているから…まあ、こっちの仕事はあくまで滞納者への訪問。部署ぶんやが違うから」


「こっちは、こっちの仕事をしろと」


 フロアはそう言うとケースから覗くトーチから渡された本日最後の返納催促書の封筒を見る。


「そういえばこれ、滞納期間によって色が変わるってウワサ、本当ですか?」


「ん、ホントだよ」と食後のサービスで出された茶をすするトーチ。


「一年滞納は青色。滞納期間によって青から黄色、黄色から赤とデータバンクに基づいて自動変化して、最終色は極彩色になるの」


「ちょっと、それ見てみたいですね」とフロアがこぼすと「やめた方が良いよ」と、会計で領収書をもらいながらトーチはつぶやく。


「極彩色は十年以上の滞納者。それだけの期間、人に知られずに滞納できているのなら、よほど逃げ回れる実力のある魔法使いだろうし、それだけ危険が伴う。それこそ第一係のように慣れたスペシャリストでないと」


 外に出ると空は黒雲と強い風。


「うわ、荒れて来ましたね」


 フロアは急に冷たくなる風に思わず上着の襟を立てる。


「ん、さっさと済ませよう」


 そうして一行は公用車へと乗り込み、本日最後の訪問先へと向かった。

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