第1話


 爺ちゃんが去った後も、生徒の動揺はおさまらなかった。

「轟元帥の孫!?だ、誰だ?」

「嘘だろ!?」 

「子供どころか孫!?」 

「あの轟元帥の孫とかどんな化け物なんだよ!?」

 収まるわけがない。 

 何せ轟藤次郎の孫、いや、親族だ。そんな情報は今まで明かされなかった。

 今の今まで独身だと思われ続けていた歴史上の偉人に子孫がいたらその界隈が騒ぐようなもんだろうか。

 

 ちなみに元帥ってのは爺ちゃんの綽名と言うか、ハンター協会の上層部が協会ってより軍隊の方が言葉的に似合いそうな連中が多くて、んじゃ軍隊のトップは元帥だからそう呼ぼうかって変な経緯で生まれたけどやけにしっくりくるって事で生まれた本人確認済みの二次創作みたいな呼び名だ。

 


 つかさああああ、ほんとどうすんだよ。苗字同じなだけの他人設定で押し通るつもりが孫バレ確定じゃねぇか……。

 俺が爺ちゃんとの関係性を隠そうとしていた事には幾つか理由がある。

 政治的、とかなんやかんや色々あるが、特に強い理由がある。

 俺自身のスキルはあんま強くない!ってことだ。

 爺ちゃんは文字通り最強だ。指先一つで山みたいにデカい岩をブチ砕くバケモンだ。昔見た。

 比べて俺のスキルは地味だ。たった数秒しか使えないし使ってても使ってるかどうかは見た目からはわからない。弱くもないが、じゃあ強いかと問われれば強く答えれない。そんなスキル。

 かの轟元帥の孫にしては……って思われるわけだ、絶対に。


 俺は俺の不手際で低い評価を受けるのは構わないが自分以外の理由で低く評価されることが許せない質なのだ。

 どうせ「轟元帥の孫なのにショボ……微妙……」って勝手に残念がられるんだそうなんだ……

 

「……」

「お?……」

 今後の未来を嘆いていると、ふと爺ちゃんが使わなかったお立ち台に女性が乗ったのが見えた。

 黒髪を結い上げ、タイトスカートに白いシャツ靴は黒のパンプス。

 美人だが少し厳しそうな顔つきだ。後おっぱいと下半身が太い。多分教員だろう。

 

 その教員らしき女性は凛とした表情のまま生徒ら、つまり俺達を一瞥した後に手を上に伸ばし、


 パチン、と指を鳴らした。



 ギィ――――ンッッ!!

「!?!?!?」

 耳を劈く強烈な炸裂音。俺含め生徒らは皆耳を手で覆い痛みに呻くことになった。

 俺ももちろんめちゃくちゃ痛い。

 どれくらい痛いかと言うと癒し系ASMRを聞いてたら楽天カードマンのCMが突然流れ始めた時のような痛さだ。イヤホンで音量マックスで癒されてた所にアレは協力過ぎる。


「轟元帥にもう一度訓示を言わせるつもりか!この馬鹿者どもが!!」

 なんならさっきの炸裂音よりもデカイ声で、その女性はそう叫んだ。

 

「今から貴様らは迷宮に潜る。確かに学園の迷宮は難度が低い。一つのグループに、一人の補佐も付く!……だがな、命が終わるのは一瞬だ」

 ゴクリ。

 誰かが息を飲む。

 

 

「魔物はこちらを鑑みない。こちらが油断していれば、奴らは躊躇なく殺しに掛かってくる!新人だろうと、ベテランだろうと、油断が死を招く事は変わりない!!……それでもまだ、無駄口を叩きたいのなら構わない。死にたいのならばどうぞ好きにするが良い。当校には、迷宮内訓練中での死亡に、責任は問われない!!」


 浮ついた気持ちはもうない。先ほどの熱狂とは違う、ひりついた静けさが辺りを包んでいた。

 それを確認した女性は俺達を見渡した後、頷いた。

「よし。……貴様らが渡された学生証に同封されたカード。それが、貴様らのハンター仮免許証だ。当校に在学中、貴様らは仮免許に記されたIDが名の代わりになる」


 胸ポケットに入れていた学生証を開き、先生が言うように同封されてたカードを取り出す。

 プラスチックで成形されたカードだ。完璧に余談だけど写真写りが最悪に悪いな畜生……

IDは03501076……か。


「これよりID番号の順番で5人ずつの臨時パーティを組み、迷宮へ向かう。IDの末三文字が貴様らの順番になる。読み上げるから自分の番号が含まれていたら集合しろ」

 となると俺は76番か。

生徒の総数が……何人だろ。三百人くらい居るのかな。だとしたら少し前の方かな。

 それで女性の出番は終わったのだろう。その女性がお立ち台から降りると、同じく教員らしい男性が前に出てきて数字を読み上げ始めた。一番から五番。六番から十番、と五刻みだ。

 

「ねぇ、あんた」

「!?……何?」

 この調子なら二三分で俺の番かなと考えていると、突然後ろから声がした。

 いや驚いた。ほんと直ぐ後ろから声がしたからだ。若干息が掛かりぞわっとした。

 振り返るとそこには美少女が居た。

 金髪に青い瞳。外人さんだ。髪を二つに分けて結んでいる。人形みたいに整った顔に少し不釣り合いな好戦的な釣り目と口元が彼女の気の強さを伺わせる。

 外人美少女が俺に何かようだろうか?一目ぼれとか!?……なーんてね。うん、めっちゃ嫌な予感がビンビンするぞー。


「トドロキの孫……あんたでしょ?」

 ああああああやっぱねええええええ!!危険だと承知しつつも僅かばかりの可能性に賭けたけどやっぱダメでした!

「……だとしたら?」

 周囲は番号の読み上げに集中している。この金髪ツインテールも周囲にあまり声が漏れないよう声を抑えてくれている気がする。あんまり騒ぎ立てないようにしなきゃ。


「警戒しなくて良いわ。単に学生証の名前が見えちゃっただけだから」

 その割にはこの少女、獲物を見つけた肉食獣みたいに更に口元を釣り上げてんですわ。警戒しない方がおかしいと思うんすよね。

「それに、どうやら同じメンバーみたいだから、ご挨拶、ってね」

 ピッ、と格好よく仮免許証を見せてくる。

 何々……スカーレット=マルティネスさん。ご出身は……ステイツ!アメリカ生まれね。んで……IDが。

 嗚呼ちくせう、神も仏もいやしねぇ。

「よろしくね、『嵐』の後継者さん」

「……こちらこそ」

 せめてもの反抗に、延ばされた手を無視し、できるだけ興味なさげに答えてやった。へーんだ。




 スカーレット=マルティネス。それが私。

 私は全てを与えられた。

 両親の愛も、裕福な暮らしも、美しさも。……そして強い、『力』も。

 

 私は自分で言うのはなんだけど優秀だったわ。

 スクールではいつもA判定以上。多くのオトモダチもいた。


 何もかもを手に入れていた。……でも、そんなものは私には不要だった。


 私はいつも焦がれていた。敵、ヴィランだ。私は敵を欲していた。

 単なる敵じゃない。競い、打ち倒し、また私に立ちふさがるような、そんな敵を。


 私は優秀過ぎた。勉学だけでなく、『力』でも同学年に敵は居ない。一度倒せば皆平伏してしまう。

 飛び級して大学に行っても、それは同じだった。立ち向かってくるどころか、私を避けるか媚びへつらう者ばかり。


 嗚呼そうか、私に敵は居ないのか。


 絶望にも似た感情が私を包んだ。投げやりになっても支障のない自分の優秀さに意味もなく苛立っていたくらいだ。



 そんな私に、朗報が届く。


 あの伝説『ストーム』と恐れられ我が国ステイツの英雄ケニー・ジョーンズと並び称される日本の獅子、トウジロウ=トドロキに私と同い年の孫が居るのだという。

 ホワイトハウスに呼びつけられて告げられた事実に、私は雷を受けたような衝撃を受けた。


 (嗚呼、主よ、私の為に用意してくださったのですね?)

 私は大学を辞め、日本へ向かった。

 敵を、求めて。


 そして、私はみつけた。好敵手を!


 「ねぇ、あんた」

 政府より受け取った資料を私は何度も確認していた。

 彼の名前、彼の身体情報……そして顔。

 仮免許証を見たなんて嘘。最初から、私の視線は彼にのみ注がれていた。

 だから、躊躇なく声をかけた。

 振り返った彼は、鋭い目つきで私を見る。

 嗚呼、それよそれ……私が求めた眼差し。

 彼もまた私を好敵手と認めたんでしょうね。ただの一瞥で。

 トウジロウに比べれば圧は無かった。本物のバケモノには遠く及ばないのだろう。

 しかし、その瞳に私は若き獅子を垣間見た。


「よろしくね『嵐』の後継者さん」

「……こちらこそ」

 彼は私に媚びない。私など眼中にないのだろう。恐らく彼の目標はトウジロウ。高すぎる壁だ。

 だが諦めない。諦められない。

 彼は高すぎる壁を上り続ける覚悟なんだろう。眩い光に憧れ過ぎて、他の者が見えないのだ。

 

 嗚呼、主よありがとう。


 必ず彼の目に、私と言う光を刻み付けてみせるわ。


 

 

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