スキルサバイバー

タピオカ

プロローグ


 この世界に迷宮なんてものが生み堕ちて四十年。地獄の平成なんて呼ばれる時代を過ぎた今は令和17年、西暦2035年。

 新たなる脅威、魔物の出現とそれと呼応するように人類が得たあらたな力『スキル』。そしてスキルを用いて迷宮へ立ち向かう超越者、『ハンター』。

 魔物により最初の十年で人類の一割が死に、二十年経つ頃には一年で数十兆円の経済効果を生み出すようになった。


 かつてはわずか一握りの英雄にのみ発行され、今では運転免許程度にまで落ちぶれたハンター免許。

 その早期習熟を目的に設立されたのが、探索者養成高等学校。通称ハンター高校だ。だっさい通称だけどじゃあ代案を出せと言われれば言葉が詰まる。

 世界各国に十年の遅れをつけながら開設されたハンター高校も今や東京三校、青森と北海道、大阪と京都に一校づつ開校するくらいに普及した。

 

 そんな、迷宮がある生活が日常となった、糞ったれな日常が、俺の日常だった。



 ◇


「あ~、だっるいわ~」

 なんて、脳裏に描いていた言葉が耳に聞こえた。

 思わず自分の口を押える。どうやら口を開いたのは自分ではないようだ。


「さっさとダンジョン入らしてくれよな」

「そーそー。いつまで話続くんだよ先生の話」

 ぼやく同級生の言葉に同意しか生まれない。

 なにせ炎天下の中、もう三十分も先生や市役所の人の話を聞かされ続けているのだ。

 体育館か教室でも良かったじゃないかと憤りを覚える。

 

 いや、彼らの言い分もわかるのだ。今から俺達が挑もうとするのは迷宮だ。

 初心者向けの簡単な迷宮とは言え、油断をすれば死ぬことだってあるかも知れない。

 だけどさぁ、俺達新入生を捕まえて熱中症寸前にしてどうするんだよ。

 

 そんな先生方に対する不満が破裂する寸前、


 「では、次に『ハンター協会』会長である轟藤次郎様より、新入生への訓示をお願いします」

 司会進行の間延びした声と共に、生徒達に緊張が走った。

 轟藤次郎の名を知らない日本人は居ない。

 いや、世界に裾野を広げても知らない方が少ないだろう。

 迷宮出現、ハンター稼業の黎明期。三人の戦士が世界に名を轟かせた。


 米国が誇る最強の『超』能力者

ケニー・ジョーンズ

 中華15億人の頂点。『鉄』の女傑

リ・ホンファ

 

 そして、日本の守護神。『嵐』の逸脱者

轟藤次郎


 

 太平洋のど真ん中、かつて存在した災厄の迷宮『混沌の創成期カオスクリエイター』を制覇、破壊した人類の救世主。


 現代に生きる伝説が来る。


 意識散漫としていられるわけがない。

 本当か?いや流石に無いだろう。来るはずがない。ならなんで言った?まさか本当に?

 数秒の合間、生徒達は同じような事を思案した。

 そうして、その思案の全てを否定した。


 ドンッ。


何かが爆ぜた。

 空気が揺れた。

 地面が震えた。

 

 気づけば皆、地に膝を付いていた。立っていられなかった。

 そんな中一人の老人が悠然と歩いていた。

 一歩進む毎にズン、ズン、と聞こえる筈のない振動音が響き渡る。


 身長2mを超す巨木のようなその老人は着物と羽織を着ていた。

 ゆったりとした服装だ。しかしその恵体は到底隠し切れない。膨れ上がった筋肉がその巨躯を更に大きく見せる。

 

 腰まで乱雑に伸びた髪と髭は灰色に褪せ、艶やかさなどない。

 その顔は皺だらけで、古木のようだった。


 しかし、しかし……しかしッ!その眼光は空気を切り裂かんばかりに鋭く、その巨木が如き背は僅かばかりも曲がらず天を突くが如く伸び切っていた。


 老人、老人なのだ。


齢74。

老人である筈なのだ、その、は!

 ある筈なのに、その漢はあまりにも、生命力に溢れていた。力強く、存在していた!


「私がぁ……日本ハンター協会会長、轟藤次郎で、ある」 

 用意されたお立ち台の前に立ったその老人は、伝説を名乗った。膝を付いていた皆が仰ぎ見た。


「諸君、侮る事無かれ。人の命など、あまりに脆く、弱い」

 発せられるその言葉が、耳を打つ。している余裕こそないが、恐らく耳を塞いでも聞こえる事だろう。

 それ程までに力強い声だった。 


「諸君。驕る事無かれ。その驕りが、刃の鋭さを濁らせる」

 先ほどまで頭を占めていた甘えがそぎ落とされる。


「諸君、歩み止める事無かれ。藻掻き、血反吐を吐いてでも歩み止めぬ開拓者であれ」

 気づけば皆立っていた。その眼には、強い光が宿っていた。


「以上。諸君らの健闘を祈る」


 熱狂が辺りを包む。生徒はみな腕を振り上げ咆哮する。


 熱狂に喘ぐ生徒らを眺めていた轟藤次郎。その視線が、と一瞬だけ交わる。


 (……何で、何で此処に居るんだ!!)


 握りしめた拳がわなわなと震えだす。

 むき出しになった歯がガチガチとなる。

 マグマが如き怒りが溢れ出そうになる。


 だが轟藤次郎はそんな事は露知らず、熱狂の中、口を開いた。


 「あー、所で諸君らと同じく新入生の中に儂の孫がおる。仲良くしてやってくれ」

 シン……と静まり返る生徒達。だが、その言葉を理解し始めると、途端にざわめきが起こる。


 (……何言ってんだ爺ちゃあああああああああああああああああああああん!!?)

 視線に殺気を籠めると轟藤次郎は咄嗟に視線を逸らしソソクサと去っていく。


 俺の名前は轟藤太 


 ああそうさ、俺は轟藤次郎の孫だ。



 (勘弁してくれよおおおおおおおお!!!)


 ざわめきと疑惑が満ちる校庭。今から迷宮に入るってのに浮つきすぎだ。

 さっきの訓示が水の泡だ。


 (嗚呼、どうなっちゃうんだろ、俺の学園生活)

 

 最強すぎる祖父を持つと、孫は苦労するのだ。

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