七話 夢、進化(3)

 ヒスイ運送はヒュテラムの新たなる力によってネオエッダを退けた。

 ネオエッダの月面航空機スレイプニルは逃げ出しており、ヒスイ運送側もそれを追う余力はない。

 アルテとジェフのクレマチスは満身創痍、ヒュテラムは自身のマイクロマシンにより創り出した装備──特に脚部のリパルシブブースターには急造ゆえの不具合が生じ、戦闘機動をまともに行える状態ではない。

 ヒュテラム、アルテ、ジェフはグリーンホエールに帰還した。




「みんなお疲れ様ー!ごはん持ってきたわよー!!」


 グリーンホエールのLF格納庫に調理員のリーナの声が響く。彼女は金髪のポニーテールを揺らしながらパイロットや整備員の為に料理が乗った台車を運んで来た。


「リーナさん、ありがとう」


 赤のクレマチスから降りたヘルメットを外しながらアルテが礼を言う。

 リーナたち調理員が作った料理は消化しやすい軽いもので揃えられており、激戦をくぐり抜けたアルテ達への気遣いが感じられた。


「はぁ~。

 正直、死ぬかとおもったぞ……」


 ジェフがペットボトルの水を頭から被りながら息を吐く。

 改めて考えればジェフの十年近いパイロット人生の中で最も絶望的な戦いだったと言える。

 クレマチスと同等なテュールが三機、既存の攻撃をシャットアウトするバリアを備えたヘルモーズが二機。ジェフとアルテが生き延びられたのは運が良かったと言うほかない。

 そしてその状況をひっくり返したヒュテラムの力はとてつもないものだった。

 まさか、新たな装備をほんの数分で創りあげるとは。それをこなしたヒュテラムはいったい何なのか。

 だが、今言うべき事は──。


「ありがとな、ヒュテラム!」


 壁際のいつもの定位置についたヒュテラムに礼を言うことだろう。


『はい、お役に立てたようでなによりです』


 ジェフの言葉にヒュテラムが返答する。ジェフにはヒュテラムの無機質なセンサーアイが嬉しそうに見えた。


「ホントにありがとう、ヒュテラム。

 でも、どうやってあんな装備を?あの黒い銃はいったい……」


 アルテも続いて礼を言うが、疑問を抑えられない様子だ。それについてはヒスイ運送の全員がそうだった。


『改めて説明します。

 私の全身はマイクロマシンにより構成されており、資源を供給されればそれをマイクロマシンに変換し、ダメージの修復を行えます。

 それを応用し、あの場で設計を行い新たな装備を創りました』

「とんでもねえな……」


 ヒュテラムの説明にザイルが愕然とする。整備員であり機械に詳しい彼にはなおさらだろう。

 兵器の開発とは本来、時間をかけて研究と実践データを集めてようやく完成するものだ。ものの数分で実物を創るなどありえないが、実際に出来上がっているのだからなにも言えない。

 ヒュテラムは淡々とした声で説明を続けた。


『脚部の追加装備はリパルシブブースターです。

 斥力波を増幅することができ、それにより機動力と運動性を向上させることができます。更にその機能を応用して広範囲に斥力波の渦を造りだせます。

 この銃はHFB<イータフィールドブラスター>ガンです。

 LFや月面航空機の動力であるイータリアクターはイータフィールドにより核融合の熱を電力に変換します。

 そのイータフィールドを照射することでリパルシブバリアを突破し、直撃した対象の熱を電気に変換してダメージを与えます』


 リパルシブブースターはまだ納得できなくも無いが、イータフィールドを武装扱いするのは見たことも聞いたことも無かった。


「そのイータフィールド……ガンってヒュテラムが考えたの?」

『はい。ヘルモーズが現れると考え、私があの場で考案しました。成功してなによりです』


 サンドイッチを黒い義手で持ったアルテの質問にヒュテラムが答える。

 ヒュテラムが何をしたかはわかったが、それを実現させたテクノロジーは想像できないほど高度なものだった。

 ヒスイ運送の社員全員が謎のロボットに驚愕のような畏怖のような複雑な感情を抱いていると──小型ロボットのモックスが携帯端末を掲げてヒュテラムの前に躍り出た。端末には他の端末からの通信が入っている。

 ヒュテラムがモックスに端末を操作してもらうように指示すると、端末から空中に映像が投影される。そこにはベッドに横になったヒスイが映っていた。


「ヒスイだ。横になった状態で失礼」


 ヒスイが弱々しい声で挨拶する。


「社長、まだ安静にしてないと……」

「ああ、でもどうしてもみんなに礼を言いたくてな……」


 アルテの心配する声にヒスイは頭をかく。彼なりのけじめなのだろう。


「LFパイロット、ヒュテラム、整備員のみんな、こんな状況をよく切り抜けてくれた。

 本当にありがとう、俺はいい部下を持ったよ」


 弱々しいながらも真剣な声でヒスイは礼を言った。その言葉にあるものは微笑み、あるものは目に涙を浮かべる。


「ちょっとー調理員はー?」

「ああ、すまん。いつも美味い料理をありがとう」


 リーナが不満の声をあげる。それを受けたヒスイの感謝の言葉にリーナは満足したのか胸を張った。


「ああ、そうだ、ヒュテラム。さっき何を言おうとしたんだ?

 ほら、私は……のあと」


 ネオエッダの襲撃で遮られたが、いったい何を言うつもりだったのか。ヒスイは心に引っ掛かっていたことを質問した。


『はい。”私は今、映画の主人公のようでしょうか”と聞くつもりでした』


 ?


 それを聞いたヒスイ運送の全員が頭に?マークを浮かべた。


『自身が原因で味方に損害を出し、私はそれを理由に離脱しようとします。それに対してヒスイ社長は私を大事な存在であると語って引き留めました。

 いくつかの映画で類似したシーンがありましたので』


 この場を何とも言えない空気が支配した。


「あーそういやヒュテラム、その緑のラインはなんなんだ」

『映画のヒーローが姿が変わって強くなることが多いので、私もやってみました。

 性能に変化はありません』


 ジェフの質問にヒュテラムが淡々と答える。


『それでヒスイ社長、私は映画の主人公のようだったでしょうか?』

「……あーうん、そうじゃない?多分」

『その声色は”おかしなことを言い出した相手に対する呆れ”でしょうか』

「よくわかってんじゃん」


 ヒュテラムはヒスイの声色から感情を理解できたようだ。


「ポンコツ……」


 アルテの呟きはきっとヒュテラムにも聞こえただろう。






 コントロールルームは破壊されたがグリーンホエールのAIは無事だ。戦闘を行うのは困難だがヒスイの指示で飛行することは可能だった。

 グリーンホエールは本来の進路から外れて最寄りの月面都市ヘカテーへと向かう。

 依頼を完遂出来ないため違約金を払うことになるだろうが、幸いにもヒスイ運送は創業時の借金を前社長のアゲートの代で返し終わり余裕がある。何とかなるだろう。

 現時刻はMC61年10月11日18時、ヘカテー方面は未だに太陽の光の射さない夜だ。

 緑の月面航空機はゆっくりと動く光と影の境界線を越え、影の中に入る。それはまるで、この先に待ち受けるヒスイ運送の困難を暗示するかのようだった。



七話あとがき

 今回で一区切りです。話としては半分過ぎたところです。

 次回ですが、書き溜めがなくて余裕が無いので七月まで一旦休みます。初投稿の弊害がもろにでてます。全部書いてから投稿すればよかった。

 プロットは出来ているので必ず完結させたいと思ってます。もしよろしければ感想や評価などいただけると幸いです。

 それでは。

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