七話 夢、進化(2)
医務室のコンソールパネルからスカルスガルドの通信を拒絶したヒスイは、大きく息を吐いた。
「アルテ、聞いての通りだ。連戦になるが、出撃してくれるか」
「はい!」
ヒスイの指示に頷き、アルテは強い決意を秘めた表情で医務室を出て行った。
「社長、しかしここは一旦従うべきだったのでは……」
医者のハワードが進言する。その目には怯えが見えた。
「いや、ここでついて行ったら隙をついて抜け出すなんてのは不可能だ。
アイツが本気かどうかもわからないしな」
ヒスイは進言を切り捨てる。犯罪者になるのは真っ平御免だった。そしてヒュテラムと繋がる携帯端末に目を向ける。
「ヒュテラム、お前も戦えるな?」
『はい。しかし、時間と資源を頂けないでしょうか』
「──ああ、わかった。詳しいことは整備員に言え」
ヒュテラムの提案をヒスイは内容も聞かずに受け入れた。
こんな時に無意味なことをするヒュテラムではない──そう考えてのことだった。
LF格納庫、ジェフは整備員を急かして修復させた己のクレマチスに乗り込み、起動させようとする。
「くそ、こんな時に──」
意味がないことはわかっているが、それでも愚痴をこぼさずにはいられなかった。
「ジェフ、聞こえるか」
医務室のヒスイから通信が来た。起きたことはアルテから聞いて知っていたがその声にはいつもの元気はない。
「社長、無理はせず──」
「ヒュテラムがなにかするらしい、時間を稼いでくれ」
妙な指示にジェフは耳を疑う。病み上がりで混乱しているのか?
「一体どう──」
「ジェフさん、社長とヒュテラムを信じましょう。
わたしはそうします」
赤のクレマチスに乗り込んだアルテから通信が割り込んでくる。その声には強い決意が込められていた。
そうだ、自分はヒスイ社長に着いていくと決めたのだ。
「……そうか、そうだな。
ヒュテラム、勝算はあるんだろうな!」
ジェフは頭を振って気持ちを切り替え、ヒュテラムに通信を送る。
『はい、成功すれば今回の襲撃者を撃退できると思います』
その返答を聞いて、ジェフも覚悟を決めた。
『エメラルド1、エメラルド2、発進いつでもどうぞ』
グリーンホエールの前面ハッチが開き、AIからの出撃許可が出る。
「エメラルド1、クレマチス出るぞ!!」
「エメラルド2、クレマチス出撃します!!」
エアフィルターフィールドをくぐり抜け、赤と水色のLF二機は太陽光が指し始めた月面へと飛び出して行った。
「おい、これでいいのか、ヒュテラム!!」
整備員たちは指定された資源を用意し、ヒュテラムの前へと持って来た。ザイルが焦り混じりの大声で呼び掛ける。
『はい、これで充分です。ありがとうございます』
ヒュテラムは返答しながら、触手アームだけでなく腕も使って腹部の資源取り込み口に資源を取り込んでいく。その様は巨人の暴食とでも言える光景だった。
「しかし、なにをする気だよ。修復は完了してるんだろ?」
『修復ではなく、装備を制作します』
ザイルの疑問にヒュテラムは手を止めずに答えた。
「は……?」
『私のマイクロマシンは損失した部位でも資源があれば作り出す事ができます。
ならば、”新たな部位”を創ることもできるはずです』
──そんなことができるのか?
整備員たちはただ見守る事しかできなかった。
アルテとジェフは想像以上の絶望的な状況に直面していた。
敵の戦力は深い青のLFテュールが三機、そして──青紫の異形の大型LFヘルモーズが二機だ。
テュールとクレマチスの性能はほぼ同等、そこに全ての攻撃をシャットアウトするリパルシブバリアを備えたヘルモーズが二機、数でも質でも負けている。
だが──やるしかない。
「エメラルド2、お互いにカバーしあうぞ」
「了解」
ジェフの指示にアルテが頷く。
ネオエッダからオープン回線の通信が来る。
「……?ヒュテラムはどうした?出撃できないほどのダメージでは無いはずだが……」
スカルスガルドからの疑問の声。時間が稼げるならばもうけ物だ。ジェフは通信を繋げる。
「はっはっはっ。腹が減ってるみたいでな、ちょっと早めの夕食を食ってくるとさ」
「ならば──先に踊ろうか」
スカルスガルドは通信を遮断する。時間稼ぎ失敗。
ヘルモーズのうち、スカルスガルドが乗っていると思しい一機が大型レールガンをこちらに向ける。
弾かれるように二機のクレマチスは左右に別れ、斜め上から放たれた射撃を回避した。背後の地面に大きなクレーターが作られる。
そこからの戦いは防戦一方だった。
アルテのクレマチスに三機のテュールからのプラズマガンの集中砲火を上昇して回避、そこに大型レールガンを向けたヘルモーズにジェフのクレマチスがプラズマカノンを放つがバリアに防がれ、もう一機のヘルモーズがジェフの方へと大型ショットガンを連射するのをアルテがソリッドカノンで遮る──。
そんなやり取りを続ける内に、二機のクレマチスは細かい被弾が増えていく。対してネオエッダ側は無傷を保ったままだ。
「まずっ……!」
やがてアルテのクレマチスが動きを鈍らせ、集中砲火を──受けそうになった瞬間、グリーンホエールからのソリッドカノンとプラズマカノンの砲撃がネオエッダのLFを襲い、妨害した。
コントロールルームが潰されているため自由に動くことは出来ないが、十六年乗ってきたヒスイならば医務室からの指示でもこれぐらいの事はできる。
だがネオエッダ側もそれでグリーンホエールを目障りに感じたのか、テュール三機を差し向ける。
「社長……!」
「くっ……!」
残った二機のヘルモーズだけでも生き残るのが精一杯である。アルテとジェフは悔しさに呻くしかない。
『二人とも、時間を稼いでくださりありがとうございます』
「いけ、ヒュテラム──!」
その時、通信からヒュテラムとヒスイの声が二人に届いた。
太陽光による日向と暗闇の境界が地に止まるグリーンホエールをゆっくりと過ぎってゆく。
幻想的な光景の中、グリーンホエールの前面ハッチが開きそこから光指す月面へとヒュテラムが飛び出した。
水色でY字のセンサーアイ、側頭部から後ろへ伸びた一対の角、前腕のヒレ状のパーツ、ダークグレーとライトグレーの流線型のデザイン──だがいつものヒュテラムとは違った姿だ。
全身に古代の戦士の入れ墨のような翡翠色のラインが刻まれ、脚部は装甲のようなもので覆われ、背部には新たな装備を背負っている。
月面の空へ、ヒュテラムは飛び上がり──弾かれるように加速した。
「速い……!?」
それを見たアルテが驚愕する。先に戦った白騎士と同等の速度だ。
文字通り弾丸のような速度で最後方のテュールの背後にまわりプラズマウィップを一閃、腹部のイータリアクターを破壊されテュールはその熱により融解、爆発する。
『リパルシブブースター、正常稼動』
ヒュテラムの両足を覆うものはリパルシブドライブの斥力波を増幅する装置であり、それによりここまでの加速力と速度を獲得したのだ。
残った二機のテュールは振り返って射撃を行うが、ヒュテラムはそれをまたも爆発的な加速で上昇、敵の上を取る。
危機を感じたのだろう、二機のテュールは回避に専念しランダムな動きをしようとするが──
『リパルシブプレッシャー起動、発射』
リパルシブブースターが展開、そこから砲身が飛び出し──月では存在しない暴風のような、広範囲の斥力波の渦が放たれた。
二機のテュールはハリケーンに捕まった鳥のように振り回され、回転し、地面にたたき付けられた。中のパイロットの状態は言うまでもないだろう。
ヘルモーズのうち一機が果敢にもヒュテラムへと向かってくる。特徴的な肘先から分かれた右前腕は大型ショットガンを、二本の左前腕にはそれぞれ大型プラズマソードを握っている。
リパルシブバリアならば今の攻撃も防げる、攻撃後の隙を狙えれば勝てるとでも考えたのだろう。だがそれは大きな過ちだ。
『HFBガン、起動』
プラズマウィップを背部にマウントし、別の装備──HFBガンを握り、向かってくるヘルモーズに向ける。
敵も複雑な動きで迫るが、その武装は接近戦で効果を発揮するものだ。
ヒュテラムは間合いを適切に見極め、敵の武装の優広範囲に近づかれる直前にトリガーを引く。
その銃口からは宇宙の闇のような黒い光線がほとばしり──ヘルモーズの白く発光するバリアに穴を開けその腹部を貫いた。
ヘルモーズは光線が当たった場所を中心に紫電に覆われ、やがてリアクターを破壊されて爆発四散する。青紫の異形の悲鳴は月面の空で、誰に聞かれることもなく消え去った。
「今のは一体……!?」
瞬く間に部下を失ったスカルスガルドは戦慄する。
脚部の装備はまだ理解できなくも無いが、あの黒い光線はなんだ。ヘルモーズのリパルシブバリアを貫通するLFの武装などあるはずがない。
だがこれは現実だ。部下を失った怒りを押さえ込み、スカルスガルドは冷徹に判断する。
あの黒い光線銃は簡単に当てられる武装ではないはず、そうでなければ近づくまで待つ必要などないはずだ。後は、白騎士並のスピードに対処する──困難だが不可能では無いはずだ。
ヒュテラムが最大速度で向かってくるのに合わせ、大型レールガンのトリガーを引く。僅かに右肩に掠り、そのバランスを崩した。
戦える──そうスカルスガルドが確信した瞬間、ヘルモーズは左腕と左足を失った。プラズマカノンとソリッドカノン、二機のクレマチスによるものだ。
ヒュテラムにのみ気を取られて失念した、当然の結果だった。
「ハハ、ハハハハハッ!見事だヒスイ運送の諸君──!」
スカルスガルドが苦し紛れに放ったレールガンは外れ、ヒュテラムのHFBガンの黒い光線がヘルモーズを貫いた。先のヘルモーズ同様紫電に覆われ、スカルスガルドは月の空に散った。
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