六話 白騎士、襲来(2)

 ヒスイ運送はいつものように依頼を受けて月面都市から月面都市へと荷物を運び、グリーンホエールは暗闇の月面を進んでいた。

 今日は月面の夜の最後の日である。地域によっては既に日が差しており、仕事中に光と暗闇の境界線を超えることになるだろう。


「こういう日は”出る”んだよな……」


 グリーンホエールのLF格納庫で整備員のザイルが神妙な顔をして呟く。


『ザイル、出るとは何のことでしょうか?』


 その言葉にダークグレーの無人LF、ヒュテラムが反応して問いかける。


「幽霊さ……。

 光と闇、それらが入れ替わる日にはあの世とこの世の境が曖昧になり……」

「んなわけ無いだろ」


 おどろおどろしい声で言葉を紡いでいくザイルをジェフが小突いた。軽く押しただけなのだが、ザイルは大きく前につんのめった。


「ちょ、なにすんすか」

「ヒュテラムが信じかねないだろうが」

『なるほど、今のは冗談だったんですね』


 ヒュテラムは納得した様子で頭部を縦に振った。人間のような仕草である。


「あ、でも出ると言えば白騎士がいるじゃないですか」


 アルテが会話に入ってくる。夜の時間は奇襲に素早く対応するためにジェフとアルテはパイロットスーツを着てLF格納庫で待機しているのだ。


『アルテ、白騎士とは何でしょうか』

「五、六年前から出没してる正体不明の月海賊。白一色のLFが単騎で襲撃してくるって話」


 アルテは説明を続ける。

 白騎士の機体の種類は様々でMF社やET社のLFであったり、はたまた誰も見たことのないのLFであったりする。

 何を要求することもなく襲いかかり、相手を徹底的に叩きのめすこともあれば程々で見逃すこともある。

 わかっているのは圧倒的な強さを誇るということぐらいだ。


「ヒスイ運送は遭遇したこと無いが、襲われて廃業に追い込まれた運送業の話はいくつも聞いたことがあるな」


 アルテの説明にジェフが補足する。


「そんなやつに会いたくはねえな……」

 

 それを聞いたザイルは少々顔色が悪くなってきた。


『ヒスイ運送が白騎士に遭遇した場合、撃退できるでしょうか』

「そりゃ戦ってみん事にはなんとも。

 まあ最新鋭LFと同等のお前さんもいるし、なんとかなるだろ」


 ヒュテラムの疑問にジェフが楽観的に応える。事実、ヒュテラムを含めたヒスイ運送の戦力は月面運送業者としては過剰ともいえた。


「でも、この前のヘルモーズみたいなのがやって来たら……」

『その場合はアルテに頑張ってもらいましょう』

「いや、あのときのは怒りの勢いというかなんというか……」


 怖気づくザイルにヒュテラムが語りかけるがアルテはそれを否定した。後から考えればやはりとんでもなく危険な行為であった。二度としないとアルテは自分に誓う。

 そんなふうに雑談が続き──


『警戒体制発令、所属不明のLFが確認されました。繰り返します、警戒体制発令──』

「白いLF一機のみ、おそらくは白騎士だ!」


 グリーンホエールのAIが機内に警告を発した。コントロールルームにいるヒスイが機内放送でさらに情報を付け加える。


「噂をすれば、か……」


 ジェフが真剣な顔つきになり自身のLFに駆けてゆく。


「ザイルさんが変なこと言うから……」

「いや白騎士のこと言い出したのはアルテだろ!?」


 アルテとザイルは言い合いながら自身の仕事をこなすため動き出した。




 グリーンホエールのコントロールルーム、ヒスイはその深緑の瞳でセンサーから送られてきた情報を確認する。

 現在のグリーンホエールのいる付近は夜であり、その周囲は真っ暗闇だ。月面航空機の下部にあるプラズマスラスターの発光はよく目立つだろう。

 数キロメートル離れた場所にいる白騎士らしき所属不明のLFは明確にこちらを見ており、ヒスイにはその様は幽霊のようにも思えた。

 白騎士のLFは既存のLFには当てはまるものではなく、それこそ近世の鎧を纏った騎士のようだ。その左腰には剣のような装備をぶら下げている。

 白騎士が全速力でやってきてもLFの迎撃は間に合う──。そうヒスイが考えているとメッセージが送られてきた。

『ヒュテラムを渡せ』メッセージにはそう書かれていた。

 白騎士が何かを要求したことなど聞いたことがない。更にはヒュテラム?ヒスイ運送がヒュテラムを拾ったことは調べれば分かることだが何故白騎士が要求する?


『各LF発進準備完了』

「……各機発進!所属不明のLFを近づけさせるな!!」


 グリーンホエールのAIの報告を受けて、ヒスイは嫌な予感を振り払うように指示を出した。

 グリーンホエールの前部ハッチ、そこに貼られたエアフィルターフィールドを通り抜けてヒュテラムと二機のクレマチスが発進。暗闇の月の空に飛び出した。

 それと同時に白騎士がこちらへと近づいてくる。


「速い!リパルシブドライブか……!」


 その動きを見たジェフが呟く。白騎士の脚部からはプラズマスラスター特有の青い噴射炎は確認できず、そのスピードはヒュテラムと同等であった。

 各LFとグリーンホエールが攻撃を開始する。

 ソリッドカノン、プラズマカノン、リパルシブブラスター、それらの射撃が集中して襲いかかるが白騎士はそれをすり抜けるように回避する。

 白騎士は腰に装備した西洋剣状の武装を抜きはなち、赤のクレマチスに猛スピードで迫りくる。


「ナメないでよ……!」


 アルテのクレマチスはソリッドカノンを捨てて背部の高周波ブレードを展開。高周波ブレード同士なら切り結べるはず──。


「っ……!?」


 アルテは直感に従って機体を横っ跳びさせた。刀と剣がぶつかり合い、刀はあっさりと半ばで断ち切られた。切り結んでいたら機体ごと両断されていたという事実にアルテの背筋は凍りつく。


「この、当たれ!」


 ジェフの水色のクレマチスがプラズマカノンを連射するが、全てかわされる。

 お返しとばかりに白騎士は剣先をジェフのクレマチスに向け──そこから白い光線が放たれる。ジェフはそれを回避しそこね、水色のクレマチスは右肘から先を切断された。

 リパルシブ技術──それを見たヒスイは敵の力を悟った。


「各機に次ぐ、敵はエネルギー消費が激しいはずだ。牽制と回避に専念しろ!手数はこちらが上、いずれ隙ができるはずだ!」


 ヒスイ運送側のLFとグリーンホエールは指示通りに動くが、白騎士の動きは鈍らない──むしろこちらの動きを見切ったようにその動きはキレを増してゆく。それは一流の踊り子の舞のように美しいものだった。

 やがてヒスイ運送側に隙ができ、白騎士はグリーンホエールへ跳ねるように急加速する。その速度はヒュテラムすら超えていた。

 これまでは手加減していた──そうヒスイが思った瞬間に白騎士はグリーンホエールに肉薄し──その上部、コントロールルーム付近に剣を突き刺した。


「社長っ!?」


 白騎士の速度に圧倒されたアルテが叫ぶ。ジェフは口を開くことも出来なかった。

 コントロールを失ったグリーンホエールはゆっくりと月面へと不時着してゆく。

 唯一、ヒュテラムが白騎士の蛮行を止めるために全速力で向かうが──反転して斬りかかってきた白騎士はヒュテラムの右手首を切断、空に跳ねたその手首を掴むと用はすんだとばかりに撤退していく。

 後に残されたのは、敗北をたたき付けられたヒスイ運送のみだった。




 白騎士は暗闇の月の空を切り裂くように飛んでゆく。その手には戦利品のヒュテラムの手首が握られている。


『レイラ、よろしいのですか?こちらにはまだ余力があります、残った敵を倒すことも出来たはずですが』


 白騎士のコクピット内、そのパイロットは少女のような声の問いかけを受けた。

 レイラと呼ばれたパイロットはLFの操縦をオート操作に切り替えてヘルメットを外す。長い艶やかな黒髪が広がり、その薄紫色の瞳でモニターを見る。その顔立ちは若く、二十歳頃の女性のように見える。


「手負いの獣が一番恐ろしいってとこかな。目的は達成してるし、あとはネオエッダに任せるよ」


 レイラは後輩に仕事を教えるような調子で質問に答えた。


『深追いは禁物、余裕を常に持つということですか?』

「まあそんな感じかな」


 レイラはシートに体を預ける。まるで人形のように微動だにしない。


『レイラ、何故人間は生きようとするのでしょうか』

「セレネ、唐突だね。……難しい質問だ」


 少女の声──セレネからの問いにレイラは頭を悩ませるが、やがて答えを思いついた。


「死ぬのが怖いからかな。自分が消えることに人間は恐怖するんだろうね」

『しかし人間は死を避けることは出来ません。どうすれば良いでしょうか』

「んー、だから子孫を残したり、歴史に名を残そうとするんだろうね。

 そうすれば人の歴史が続く限り自分が存在した証が残って、死んでも消え去ることにはならないから」

『返答、ありがとうございます。理解できました』


 セレネはレイラの答えに納得したようだ。

 だが、レイラは自分の出した答えからあることに気づいた。


「でもこの考えで言えば、わたしはもう死んで消えてると言っていいのかもね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る