六話 白騎士、襲来(1)
放棄されたET社の月面基地──ET社から離脱したネオエッダが拠点としている場所に、アレクサンダー・スカルスガルド少佐率いる部隊が帰還した。
この基地はMF社の管理地域からは大きく外れた場所にあり、十年以上前に放棄されて忘れ去られたこともあってネオエッダにとっては格好の拠点だった。
肩にかかる金の長髪、切れ長の鋭い目、均整のとれた長身──ET社の元企業軍人でありネオエッダの少佐であるスカルスガルドはその基地の司令室へと呼び出されていた。
ネオエッダ司令である女性、シギュン・フォルスゴーはその鋭い眼光を部下へと向けた。
「スカルスガルド少佐、一ヶ月の略奪任務ご苦労だった」
「はっ。シギュン司令の御心遣い、痛み入ります」
スカルスガルドはシギュン司令官の労いに敬礼で応える。その出で立ち、振る舞いは実直な軍人というよりも騎士を演じる役者の様に仰々しいものだった。
スカルスガルドへの命令は一定の期間に月面航空機一機のみで海賊行為を行い、定期的にネオエッダ本隊と行き来する月面航空機と補給と略奪品をやり取りするというものである。
ネオエッダとしては重要な役目であり、この方法により本隊の情報を他の勢力に掴ませないことに成功していた。
「少佐はこういった任務は初めてだったな。
なにか感想はあるか?」
「そうですね……。
当初は補給もままならぬことへの苛立ち、不安もありましたが──闘いの熱気、奪ったものが欲しいものかどうかへ一喜一憂するのに病み付きになりました。
またやってみたいものです」
発言の過激さとは裏腹にスカルスガルドは穏やかに微笑む。
そこそこ長い付き合いだが掴み所がない男だな、とシギュンは改めて感じた。
「……この報告書にあった9月21日の件についてだが、説明せよ」
「はい。
20日にデイジー・デイビス室長が視察に来ていた月面工場が襲撃され、それをそこにいたヒスイ運送という月面運送業者が撃退したらしいという情報を耳にしました。
出発したヒスイ運送の月面航空機にデイジー室長が乗っている可能性があると私は考え、襲撃を行いました。
……結果としては返り討ちに遭い部下二名とLF二機を失い、任されたヘルモーズも中破。
罰があれば甘んじて受けましょう」
シギュンの質問にスカルスガルドは拳をにぎりしめ、鎮痛な面持ちで答える。
演技のようにも見えるがこの男は真剣であると理解しているシギュンはそれを受け入れた。
「罰などはない。お前の実力は良く知っている。
失点を犯したならば自分で取り返せ」
「はい。その御言葉、肝に銘じます」
スカルスガルドは悲壮感を消して使命に燃えるような顔つきになった。ネオエッダの実力主義を強く信望するこの男らしい。
「それと少佐の次の任務だが……まずはこれを見ろ」
シギュンは携帯端末をスカルスガルドに差し出す。
「はい。……ふむ、これは……あのダークグレーのLFは話に聞くヒュテラムだったのですか。
遭遇した際はMF社の新型かなにかかと……」
情報を見たスカルスガルドの表情は驚きに染まった。
「フン、略奪品受け取りのタイミングが合えば少佐にも情報が届き、確保か抹消を命じることが出来たものを」
シギュンは不満げな態度を隠そうともしない。実際、この情報は彼等にとって間抜けとも言えるものだった。
「では、次の私の任務はヒュテラムの確保でしょうか」
「そうしたいが……”スポンサー”からの命令だ。
まず先に”白騎士”をぶつける。そのあとに少佐が始末を付ける」
「ほう……白騎士ですか」
シギュンは不満げな態度を強め、スカルスガルドは出てきた名前に感嘆した。
「白騎士……一度手合わせ願いたいものですが」
「白騎士はスポンサーの手駒だ。応じるとも思えんな。
……作戦まで体を休めておけ」
「はっ。次なる戦の時まで剣を研いでおきます」
シギュンは闘争心を覗かせたスカルスガルドをあしらって下がらせる。スカルスガルドの立ち振る舞いはやはり演技がかったものであった。
MC61年10月11日の早朝、月面都市ヘカテーの月面航空機ドック。
ヒスイはグリーンホエールが本日運ぶ積み荷をチェックし終わり、暇を持て余してLF格納庫に顔を出した。
「お前って一体なんなんだろうな」
ヒスイ運送にすっかり馴染んだヒュテラムにヒスイは問い掛けた。
『私は無人LFです』
「いや、社長が言いたいのはそうじゃないと思うけど」
ヒュテラムの返答にアルテが指摘する。こういったやり取りも馴染みの光景だった。
「ヒュテラムを造った組織はすぐにMF社に連絡してくると俺は考えてた。
でも誰もMF社には連絡せず、明日にはヒュテラムはヒスイ運送の所有になる……」
これまでを回想しながらヒスイはつぶやく。
MF社の管理地域で拾われたものは拾ったものが管理し、誰も名乗り出なければ三十日たてば拾ったものの所有となる。
リパルシブ技術が使われ自己修復可能な無人LFなどそう簡単に造れるものではない。製造した組織があり、必ず回収したいと考えるはずだ。
「製造した会社があの時のバルドルに襲撃されて完全に壊滅した、ということでしょうか」
「それしかないか……?」
アルテが自身の考察を口にする。
ヒスイ運送がヒュテラムを発見したときに襲撃してきたバルドル四機ならば、小規模な月面基地を壊滅させるなど造作もないだろう。
「襲ってきたのはネオエッダとかいう奴らだったのか……?」
ヒスイはヒスイ運送が最近襲われ、また目撃情報が相次ぐネオエッダの名を思い出す。
ヘルモーズというリパルシブ技術を搭載したLFを所有し、その規模もかなりのものだと推定されている。
エッダテクノロジー社は自身の企業軍からの脱走兵であることは認めながらも、関与は完全に否定している。管理しているムーンフラワー社もそれは認めているが怪しいものだ。
『私の製造について考えられる可能性は他にもあります』
ヒュテラムが淡々とした合成音声で語り出した。
「というと?」
『私、ヒュテラムはネオエッダに製造されたLFであり、ネオエッダの方針に反抗した内部の人間によって脱出させられて、それをあなたたちヒスイ運送が発見したとも考えられます』
「それ、この間見たヒーロー映画の主人公の話でしょう」
ヒスイの相づちに応えてヒュテラムが語り出したが、アルテがそれに突っ込みを入れた。
『可能性としてはありうるのではないでしょうか』
「あなたの願望じゃないの、それ」
アルテはヒュテラムをまるで人間のように扱っている。それはヒスイも含めたヒスイ運送の社員殆どがそうだった。
この無人LFは戦闘用に製造されたはずなのに映画を好んだりとどうにも人間性がある。高性能な人工知能であるからなのだろうか?
「凄いロボット、か……」
ヒスイは二人のやり取りを尻目に、買い替えた携帯端末の電源をつけて連絡先を見る。そこにはMF社兵器開発室室長、デイジー・デイビスの連絡先があった。
以前彼女に提案されたヒュテラムの研究。それに賛成した場合、どうなるだろうか。
ロストテクノロジーと化した完全自律AIと思わしきヒュテラムの人工知能。それを活用すれば様々な仕事をAIに任せられるのだろうか?
ヒスイ達のように危険を冒して荷物を運ぶ必要もなくなる……いや、そもそも月海賊もいなくなるのではないか?人が労働しなくても生きていけるということになるのだから。
自己修復できるマイクロマシンも凄い技術だ。ヒスイにはメンテナンスフリーの機械としか考えられないが、デイジーのような天才ならばとてつもない活用方を考えつくのかも知れない。
ヒスイの思考は深まってゆき──
『ヒスイ社長、一緒に映画を見ませんか』
「あなたホントに映画好きね」
ヒュテラムの合成音声がヒスイの思考を打ち切った。
そちらに目を向けると以前ヒスイがヒュテラムにくれてやった小型ロボットのモックスが携帯端末をかざしている。
アルテは少し呆れているような口調だが椅子に座って一緒に見る気のようだ。
ヒュテラムとこうやって映画を見るのはヒスイ運送では日常的な光景になっている。
「んー、いや。あと三十分で出発だしやめとくよ」
ヒュテラムの提案を拒否してヒスイはグリーンホエールのコントロールルームに向かった。
その背が見えなくなるとヒュテラムはアルテの方に頭部を向けた。
『アルテ、残念でしたね』
「な、なんのこと?」
『あなたはヒスイ社長のことを恋愛的に好きなようなので、一緒に居られる時間をつくろうとしたのですが失敗してしまいました』
「……余計なお世話……」
ヒュテラムの言葉にアルテは僅かに顔を赤らめながらプイッと首を逸らした。
モックスが掲げる携帯端末はヒュテラムの指示か、恋愛映画を映し出した。
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