五話 アイランド、哀愁(4)

 月面都市トリウィアの防衛部隊、その司令部は地球時代の例えで言えば蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


「第二部隊のクレマチス一機がトリウィア内部に侵入!MAIの方向に向かっています!」

「アルファ隊、カッパー隊の格納庫ハッチで爆発が起きました!LFが出撃出来ません!」

「ベータ隊格納庫と通信が繋がらな……あ!

 今ベータ隊格納庫からクレマチスが三機、出撃しました!!」


 何が起こっているのか判らない──防衛部隊の司令官はオペレーターの言っていることが理解出来なかった。


「な、何が……」


 混乱する司令部に、第二部隊隊長のピーター大尉から通信が繋がる。


「どうも、司令」

「ピーター大尉!?これは、一体……」

「まあいわゆるクーデター、テロというやつです」


 狼狽する司令官にピーターは淡々と答えた。


「き、貴様どういう……」

「腑抜けたMF社の尻を蹴飛ばしてやろうと思いましてね」


 そう言うとピーターは通信を切断した。司令部から通信を繋げようとするが向こうから拒否されてしまう。

 客用の月面航空機用のドックから通信が来た。


「こちらヒスイ運送社長のヒスイ・カゲヤマだ。トリウィア防衛司令部、何が起こっている!?」

「う、いや、ベータ隊が、反乱を……」

「そちらのLFはどうなってる?出撃できないのか?」

「あ、ああ、ハッチが破壊された!」

「チィッ……こちらはクレマチスを二機出撃させることができるが、どうする!」


 司令官も会話するうちに多少は落ち着いて来たようだ。

 オペレーターの方を向いて確認する。


「オペレーター、アルファ隊とカッパー隊はどれくらいで出撃できる!?」

「……アルファ隊は十分、カッパー隊は十五分だそうです!」

「ヒスイ運送、協力を要請する!外部に出撃して第二部隊のLF三機を十分ほど足止めしてくれないか!?」


 その嘆願をヒスイは受け入れた。

 

「やってみよう。礼金は貰うぞ!」




 反乱を起こした第二部隊の三機のベージュカラーのクレマチスは、トリウィアに入港する直前のMF社の重役を乗せている月面航空機に武器を突きつけていた。

 その月面航空機にも護衛のLFは搭載されているが月面都市近くまで来たことで油断しきっており、出撃することもできない状態に追い込まれた。


「動くな。その月面航空機のLF出撃ハッチが開いた瞬間こちらは攻撃を開始する」


 そう通信越しに脅しているのはトリウィア防衛部隊ベータ隊隊長、ピーター・モトダ大尉である。

 その声にはなんの感情もこもっていない虚無的なものだった。

 

 ──撃ってしまうか?ピーターの頭にそんな考えが過ぎる。

 この月面航空機に乗っているMF社の重役はピーターの「防衛力を増強すべき」という訴えを「ET社はMF社の管理下に置かれたのだからその必要はない」と突っぱねた奴だった。

 例えMF社の存亡の危機が去ったとしても、ET社からの脱走兵や月海賊の脅威は依然として存在する。

 それで犠牲になるのは兵士や罪のない市民だ。それが分かってない奴など────ピーターの人差し指に力が入る。

 

 その時、ピーターのクレマチスのレーダーに新たな反応が表示された。ピーターはそちらの方を見る。


「……!?LF格納庫は潰したはず……」


 現れたのは深緑の月面航空機──ピーターにも既知の相手だった。




 グリーンホエールから赤と水色、二機のクレマチスが出撃する。

 水色のクレマチスを駆るジェフは通信回線を開いた。


「こちらヒスイ運送所属、ジェフ・ジョーンズだ。

 ……おい、ピーターなのか!?」


 ベータ隊のクレマチス、ピーターから通信が返ってきた。


「ジェフか。飲酒運転じゃないのか?」

「そりゃお互い様だろ!

 ピーター、今すぐに投降しろ!逃げられると思ってるのか?」


 ベータ隊にこの状況からの逃走成功率は非常に低いと言わざるをえない。

 他の隊もさほど時間を掛けずに出撃でき、例え月面航空機を奪えたとしてもMF社は本気で追ってくるだろう。


「いや、目的はもう果たしたさ」

「なに……?」


 ──どういうことだ?ジェフは思案するが理解できなかった。


「……悪いが付き合ってもらうぞ」


 その発言を最後に通信が切断され、ピーターが駆るベージュのクレマチスが背部のプラズマカノン二門をこちらに向けた。


「くっ!?」


 ジェフは機体を急上昇させる。さっきまでいた場所を黄色い閃光が通り抜けた。

 ジェフは再度通信を試みるが繋がることはない。

 三機のベージュのクレマチスのうち、二機がこちらへと向かってくる。残り一機はMF社の月面航空機をいつでも狙える位置に付いたままだ。


 


「やるしかないか……!」


 赤のクレマチスのコクピットの中でアルテは気合いを入れる。

 自分の方に向かって来るクレマチスがプラズマカノンを放つがアルテは機体の高度を下げることで回避する。

 閃光に照らされながら赤のクレマチスはスラスターを全開にして接近した。

 

「甘い……!」


 プラズマカノンは威力はあるが隙が大きい武装だ。なんの牽制も無しに撃つべきではない。

 赤のクレマチスが牽制のマシンガンを放ち、ベージュのクレマチスはそれを避けきれずに被弾する。

 動きが止まった敵の横を赤のクレマチスが通り抜け──ベージュのクレマチスは腹部を高周波ブレードにより両断され爆発した。

 ──あっさり倒せた。新人パイロットだったのか?アルテの脳裏にそんな考えが浮かぶ。

 だとしても相手は犯罪者だ。加減する理由もない。

 そう頭を切り替えてアルテは残りの敵へと向かう。




 ジェフとピーターは同じ性能、同じ装備のLFを操り戦っていた。勝敗を決めるのはパイロットの腕だけだろう。

 互いにプラズマカノンを向けあい相手の射線に入らぬように激しい機動を繰り返す。

 ──こんなのはガラじゃないんだが……!ジェフは口にはださず心の中で毒づいた。

 三十歳を超えた体でドッグファイトのGは堪える。だがそれは相手も同じはずだ。

 プラズマカノンは大きく電力を消費する武装、牽制に撃つには勿体ないがだからといってマシンガンに切り替えてチャンスを逃したくはない。

 双方がそう考えた結果二機のクレマチスは射撃を行わずに動き回る、傍から見れば地味とも言える戦いを繰り広げていた。

 やがて──ジェフは相手の上を取りプラズマカノンの照準を合わせる。だが、


 ──相打ちだな、これは。


 ベージュのクレマチスもこちらにプラズマカノンを向けた。次の瞬間に撃つだろう。

 そう考えながらもGの負担がかかったジェフの腕はトリガーを引くことしかできない。敵を焼き尽くす閃光が放たれた。

 二機のクレマチスは互いに撃墜しあう──


「!?」


 ──ことにはならなかった。

 ピーターのクレマチスは攻撃せずにプラズマの奔流に飲み込まれる。ジェフの機体は無傷のままだ。


「……どういうことだ?」


 ジェフの疑問は月の空には響かず、空しく消えた。




 月面航空機を脅していたベータ隊のクレマチスはピーターの撃墜とともに降伏、トリウィアに侵入して人質をとろうとしたクレマチスはヒュテラムに殴り倒されて鎮圧された。

 その場にいた観客と後から駆けつけたトリウィア防衛隊はクレマチスを踏み付けて拳を掲げたヒュテラムを見たという。

 取り押さえられたベータ隊の隊員は一様に語ったという。

 

「現在のMF社はET社との戦いが終わって腑抜けている」「それで犠牲になるのは兵士や罪のない市民だ」「今回のテロはそれを糾弾するためのものだ」……これが彼等の主張だった。


 この事件は世論に大きな一石を投じることになる。

 この考えに共感する、テロは許されない、MF社が弛んでいるのは事実だ、今回の事件でMF社の企業軍は何もできていない──。

 これを受けてMF社は防衛体制を大きく見直すことになるだろう。




 


 MC61年10月3日、ヒスイ運送の社員は取り調べを受けたり礼金を貰ったり感謝されたりでまともな休みは取れなかった。

 本来は三連休中の午後六時頃、グリーンホエールのLF格納庫。

 そこでは整備員のザイルがたそがれていた。


「ロボット水着コンテスト、中止になんなきゃ優勝間違いなしだと思ったのに……」

『ザイル、観客の歓声は我々が一番大きかったようです。

 あのままコンテストが進んでいれば我々が優勝したのではないでしょうか』


 ぼやくザイルに無人LFヒュテラムが意見する。

 慰めてくれているのだろうか。ザイルはそう感じた。


「ああ、でも……それで優勝しても意味なかったかも……」

『どういうことでしょうか?』


 ヒュテラムの相づちにザイルは考えを纏めようとする。


「あのコンテスト、ようは技術力アピールのためのもので……。

 あれで優勝してもお前がスゴイだけで俺はスゴクないというか……」

『ザイルはコンテストの趣旨を間違えていたということでしょうか』

「うん……まあそんな感じ」


 ヒュテラムは数秒黙り、また話しだした。


『私は普段入れない月面都市に入れましたし、大勢の人間を見ることも出来ました。

 偶然ですが私がいたことであの場でのテロによる犠牲者を出さずに済みました。

 これは私のロボット水着コンテスト出場を申請したザイルの御蔭とも言えるのではないのでしょうか』

「なんだそりゃ……ありがとう」


 ザイルは少し気が楽になった。

 小型ロボットのモックスが駆動音を鳴らしながらザイルの足元に来た。その手には携帯端末が握られている。

 

『ザイル、一緒に映画を見ますか?』

「おお、見る見る」


 ザイルは気晴らしにヒュテラムの提案を受け入れることにした。




 午後九時頃、他に誰もいないグリーンホエールの食堂でジェフはギムレットを煽っていた。


 ジェフは今回の事件に思いを馳せる。

 昼間に会ったピーターはMF社への不満を口にしていた。

 MF社はET社に勝利したことで油断しており、犠牲を無かったことの様に振る舞っている。

 それが許せずにベータ隊が事件を起こしたのは間違いないだろう。

 ピーターはそれで良かったのか?防衛部隊のLF格納庫への爆発により死傷者も出たし、内部に侵入したクレマチスやMF社の月面航空機からも死者が出てもおかしくなかった。

 それ程までに悩んだ末の行動だったのだろうか?少なくともMF社は対応せねばならないだろう。

 

 そして──ジェフとピーターの戦闘、その最期。

 ピーターのクレマチスは攻撃しなかったが、あれはピーターの操縦の結果そうなっただけなのか、それともあえて撃たなかったのか。

 あえて撃たなかったとすればピーターはどんな心境で──


「お、いたいた」


 食堂に入ってきたヒスイの声でジェフの思考は中断された。ヒスイの横にはアルテもいる。


「社長、どうされたんで?」

「ジェフに土産買ってきた。バーンズも食べていいぞ」


 ジェフの質問にヒスイは手に持った土産を差し出しながら答えた。中身はジェフの好物であるドーナツや酒のツマミになりそうなものだ。


「お酒にドーナツってどうなんでしょうか」

「合わないなら後で食べてもらおう」


 アルテが今更ながらの疑問を抱きヒスイが返答する。

 二人はジェフと同じテーブルの席に座り、ジェフと一緒に飲み食いを始める。ヒスイはビール、アルテはアップルジュースだ。

 二人ともジェフとピーターが友人だったことは知ったはずだがそれについては特に聞いてこない。


「……二人とも、土産の礼と言ってはなんですが、今度奢りますよ。美味い店を知ってるんです」

「おお」

「期待してます」


 グリーンホエールの食堂で、静かに夜はふけていった。

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