五話 アイランド、哀愁(3)

 アルテがヒスイに惚れたことはグリーンホエールの女性陣には直ぐに広まった。というかリーナが言い触らしたのだが。

 恋愛初心者であるアルテは押しかけてきた女性陣のアドバイスというか興味本位の押し付け気味の相談を受け、社員旅行でヒスイとデートできるように手伝って貰うことになった。

 そして「前社長がMAIの案内を新入社員にしてたってことにして現社長もやるべきと騙してデート作戦」を決行、見事ヒスイとアルテは二人きりになれたのだが──


(父さん、息子としてはショックなんだけど……)


 父親が案内を口実に水着姿の若い女性を連れ歩いていた、という嘘を信じ込んで──ヒスイは少々落ち込んでいた。

 精神的ダメージにより水着の女性と二人きりというシチュエーションにもドキドキしない。

 雑な作戦の結果がこれだった。


「社長、どうされましたか」


 ヒスイにとって幸いなのは、アルテが楽しそうではあるということだ。

 口元は笑っている訳では無いが声は普段より多少明るく、その足取りは軽い。

 彼女がヒスイ運送に入社した当初は分からなかったが、無表情の裏にもちゃんと感情があるのだ。


「ヒスイ社長、大丈夫ですか?体の具合でも悪いのですか?」

「え、ああ大丈夫大丈夫、うん」


 呆けていたので心配を懸けたようだ。気を取り直して案内を続ける。

 月の低重力を活かした超飛び込み台、ウォータースライダーなどの遊び場をアルテに紹介する。

 アルテには目に映る全てが新鮮なようで、「こんな場所、マーニにはなかったです」と無表情ながら楽しそうにしていた。


「そう言えば、ジェフさんの姿を見ませんでしたね」

「実はジェフ、泳げないんだよな。気にしてるから本人の前では言わないでやってくれ」

 

 一通り紹介し終わったあと、二人は園内のベンチで休憩していた。

 アルテの疑問にヒスイが答える。あまり笑ってはいけないと思うのだが、つい声に笑いが混じってしまう。


「そうですか。……じゃあ、あそこの土産物店でジェフさんに何か買っていきませんか?」

「……そうするか」


 最近気付いたことだが、アルテは人をよく気遣う性格のようだ。

 無表情で無愛想に見えるが、これが彼女の本来の性格なのかもしれない。


 二人は買い物を終えて店を出て、アルテがなにかに気づいたようだ。


「社長、人が向こうに集まっていませんか?」

「あー、あれか……」


 二人は特に考えもなくその流れについていった。まるで群れに従う草食動物のようである。

 やがて二人は人が集まる会場に着いた。

 観客はフリースペースに立ちながら、高さ1メートル半ほどの高さのステージを見るという形である。そのさまはまるでライブ会場のようだ。

 近くにはジャンクフードの売店もある。


「なにか始まるんでしょうか?歌手のライブとか……」

「いや、これは多分……」


 アルテの疑問にヒスイが答えようとするが、ステージ上に司会らしき人物が出て来たのを見て二人の目線がそちらに向いた。


「さあー皆さんお待ちかね!

 今年も始まります第三十回”ロボット水着コンテスト”!!」


「ロボット……水着?」


 司会がマイクを通してイベントを進行し始めた。

 アルテは疑問符を浮かべながら呟く。


「長ったらしい挨拶は抜き!

 エントリーNo1!いつもの常連、レッドムーンです、どうぞー!」


 司会がステージの端へと走りながら紹介をはじめた。

 すると舞台裏から赤い三体の一メートル半程の人型のロボットが現れ、音楽に合わせてダンスを踊りはじめた。

 

「これは、一体……」

「……まあ見ての通り、ロボットにダンスさせる大会だな。観客の投票で優勝を決めるんだ」


 状況を飲み込めないアルテにヒスイが説明する。

 ステージ上では先述のロボットたちが見事なコンビネーションダンスを披露している。


「……なんで水着をつけてるんですか?」

「さぁ……ここがプールだから?」


 アルテが言うようにロボットたちは水着を着用している。

 ヒスイも調べたりしたことはないので理由は知らないのである。


「ロボット技術者志望の学生とかが自分の技術をアピールしたりするらしい。

 ほら、デイジー室長もこれに自分が作ったロボットを出場させて優勝したことがあるとか……」

「なるほど……」


 ヒスイの説明にアルテが頷いた。無表情のままだがリズムに合わせて軽く足踏みしている。

 ステージ上ではロボットたちが次々に入れ代わりダンスを披露している。それらは全て工夫を凝らし、観客を楽しませようとしたものだった。


(楽しんでくれてるならいいけど……)


 恐らく過去の出来事が原因でアルテは無表情、無愛想だが彼女なりに感情があるのだ。

 この前のネオエッダ戦のように暴走してしまうのは困るがこういったイベントを楽しむのはいいことだとヒスイは感じた。


「さぁーこれでラスト、エントリーNo11!

 なんと大会発のルナファイター!!ヒュテラムです、どうぞー!!」


「え。」

「あー……」


 司会の発言にアルテは困惑しヒスイは軽く頭を押さえた。

 紹介通りステージの裏からヌッと十メートルのダークグレーの機械巨人、ヒュテラムがあらわれた!


「おいおいありなのか!?」

「うおぉぉーなんだこりゃあ!」 

「自律するロボットならなんでもオッケーだけど……」

「え、人が操縦してないのか、あれ!?」


 イベントを楽しんでいた観客たちもさすがに困惑した。酒が入っているような者は興奮しているが。

 ヒュテラムは観客の反応をよそに音楽に合わせて踊りはじめた。前腕のリパルシブブラスターは外され、腰には巨大なトランクスタイプの水着を穿いている。水着はザイルが作ったものだ

 リパルシブドライブで浮遊しながらムーンウォークしたり海老反りになったり──始めは混乱していた観客たちも次第にその大迫力のダンスに歓声を上げはじめた。


 数日前、ザイルがヒスイに頼んできたのがこのことだった。

 ヒュテラムをトリウィアに入れて、ロボット水着コンテストに参加させたい……そんなアホな頼みである。

 LFなんて危険なものを月面都市に入れるなんて通るわけないだろうと思いながら何故か頼みを聞いて申請したヒスイだったが、何故か通ってしまった。

 このコンテストにはデイジー室長が関わっており、重役がオッケーしたので通ったということをヒスイは後に知ることになる。

 そしてヒュテラムのダンスを見たアルテは────


「は、あはははっはは!げほっごほ、なんですあれ!」


 腹を抱えて咳き込むぐらいに笑っていた。

 それを見たヒスイは初めて見るアルテの笑顔に驚いたが、


 (笑ってくれるんなら、まあいいか)


 と考え、微笑み──

 突然ベージュカラーのクレマチスがステージを壊しながら現れるのを見た。


「動くな!お前たちは人質……なななんだお前!?」


 クレマチスのパイロットが外部音声で脅そうとするがダンス中のヒュテラムに気付いて困惑の声をあげた。

 ヒュテラムはダンスを続けていたが、ステージのスピーカーが壊れて音楽がやむと動きを止めた。


『犯罪者と判断します。制圧開始』


 ヒュテラムは素早くベージュカラーのクレマチスの右腕を左腕で掴み右肘打ちを浴びせた。

 装甲同士がぶつかり合う轟音が会場に鳴り響く。


「え、なに演出!?」

「うおぉぉーなんだこりゃあ!」

「おいこれやばいんじゃ……」

「なになに、なんなの!?」


 観客たちは混乱の渦に叩き込まれた。

 直前にLFがダンスするというインパクトで、テロリストと思わしきLFの登場が演出の様に思えてしまったのだ。

 危険を感じて逃げ出すもの、演出と思って熱狂するもの、混乱して立ちすくむもの……反応は人それぞれだ。


「社長、どうしますか!?」

「……この場から離れるしかないか?グリーンホエールに戻るぞ!」


 アルテがヒスイの指示を仰ぐ。

 この場にいてもやれることはないだろう。そう判断して二人は駆け出した。

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