五話 アイランド、哀愁(2)

 グリーンホエールのLFパイロット、ジェフ・ジョーンズは一人トリウィアの繁華街を歩いていた。

 トリウィアと聞くと多くの者がムーンアクアアイランドを連想するが、観光を主要な収入源としているトリウィアはそれ以外にも遊べる場所があるのだ。

 この繁華街はそのひとつであり、いわゆる中華街を再現したところが売りである。

 とは言っても地面は人工的なタイル張りで妙に清潔感があって、こだわる人には不評だったが。


「このあたりのはず……」


 ジェフは茶色のあごひげをなで、携帯端末の地図情報と風景を見比べながらさまよう。

 この中華街に来るのは初めてであり、旧知の友人と待ち合わせているのだ。


「ジェフ、こっちだ」


 その友人が先にこちらを見つけたようだ。ジェフは声の聞こえた方へと向かう。


「おう、元気にしてたかピーター」

「お前こそな、ジェフ」


 黒髪をオールバックにした神経質そうな男性、ピーター・モトダとジェフは久しぶりに再開した。

 待ち合わせた場所はピーターのいきつけという店だ。


「ジェフがMF社の企業軍をやめてからだから、九年ぶりか?」

「そんなになるか……。そういやどうしてトリウィアに来たって知ってたんだ?」

「ああ、緑の月面航空機がドックに入ってくるのを見てお前が入社したっていう会社を思い出してメールしたんだ。まあ入ろう」


 二人は昔を懐かしみながら中華料理の店に入って行った。時間が十一時頃であるからか人は少ない。

 二人は席に着き、それぞれ料理を注文する。ジェフはビール付きだ。

 

「昼間から酒か……」

「いいだろ休みなんだから。つーかお前もしかして未だに酒飲まねえのか」

「ふん、そんなものは必要ない。そういえばMAIに来たんじゃないのか。そっちでもよかったのに」

「あ―それは、まあ俺には合わないってだけだ」


 二人は軽口を言い合いながら料理を待った。

 ちなみにジェフがMAIに行かないのは入社した年に行ってプールで溺れかけ、それ以来苦手意識があるからだ。

 やがて料理がやって来た。ジェフは醤油で味付けされたチャーハン、ピーターは小籠包だ。


「お前は俺が軍をやめてからはどうしてたんだ」

「そのままMF社の企業軍パイロットだ。

 二度目のET社との戦争にも参加、終わったら傘下のここ、トリウィア勤務だ」


 ピーターは神経質な顔を崩さずジェフの質問に答える。だが小籠包を口に含むたび眉間のシワが緩和していくのをジェフは見た。 


「で、お前はあれからどうしたんだ」


 ピーターがジェフに質問を投げかけた。


「熱、熱いなコレ。

 ……軍を辞めてから危険じゃない仕事を探そうとしたんだが、どうも合わないというか、パイロットの技能を無駄にしてる気がしてな。

 アゲート前社長の人柄に惚れてヒスイ運送に入った。それから八年、死なずに続いてるよ。

 ……美味いな、これ」


 我ながら半端だな、とジェフは自嘲した。一度は恐怖でパイロットをやめようとしたのに、結局パイロットとは。

 そんな気持ちを吹き飛ばすように醤油チャーハンは美味かった。醤油の風味が濃過ぎも薄過ぎもなく、絶妙なバランスで成り立っている。


「その、社長が亡くなって息子が引き継いだと聞いたが……」

「ああ、ヒスイ社長な。よくやってるよ、付いていくつもりさ」


 ジェフはヒスイを社長として高く評価している。

 父が亡くなっても気丈に振る舞い、仕事についてもミス無くこなしている。十三歳の頃から見ているがよく成長したと感心……いや、尊敬の念すらジェフは抱いていた。

 やがて二人はほぼ同時に食べ終わった。

 ピーターのいきつけの店というだけあってジェフはかなり満足した。

 

 ピーターは目を細めて、真剣な顔つきになる。


「ジェフ、お前が企業軍を辞めたのは……中尉のことが理由か?」

「…………ああ、そうだよ」


 ジェフは企業軍に所属していた頃の上官のことを思い返した。

 中尉のパイロットの腕は超人的だった。同じ部隊に配属された中尉以外のパイロットが一斉に掛かっても勝てた試しがないほどだ。


「”彼女”ほどの凄腕でも死ぬときは一瞬だ。九年前の戦争、停戦が結ばれた日に……。

 軍で戦うのが、曖昧な企業とか集団の為に死ぬかもしれないのが怖くなった。

 ……それが辞めた理由だよ」

「月面運送業も危険なのは同じじゃないか?」

「いや、本当に嫌になったのならいつでも辞めることは出来る。

 変わらない様に見えるかもしれんが、俺にとってはそこが重要だったんだ」


 ジェフはグラスに残ったビールを飲み干す。

 軍では戦争が始まれば余程の理由がなければ除隊は出来ない。

 ヒスイ運送に勤めているのは、「辞めたくなったらそう言え」とアゲート前社長に言われたのが理由だ。

 戦うかどうかを自分で選ぶ──それがジェフの最も欲した戦う条件だった。


「……そうか。軍を辞めた理由はわかった。

 オレもそうすればよかったかもな」


 ピーターの様子が自嘲したような雰囲気に変わる。

 ジェフは口を開かず目線で続きを促した。


「お前が軍を辞めたあと、オレは奮起した。

 中尉が、仲間たちが死んだことを無駄にしたくないと思って全力だったよ。

 ……だが、重役たちはそうじゃなかった」

「どういうことだ?」


 ジェフの知る限り、九年前も一年半前もMF社はET社との戦争で必死だった印象があるが……。


「規模も兵器の質も互角、ET社に負けることはまあないだろう。そう考えて必死さが無かったんだ。

 ……そして、デイジー室長という一人の天才によって勝利した」


 MF社を離れたジェフにはわからない、内側で戦ってきたピーターにのみわかることなのだろう。


「そしてデイジー室長のみが称賛を受ける。現場で戦ったオレたちパイロットの犠牲は忘れられた。

 ……いや、そのデイジー室長の扱いもどうだか。

 この前お前たちが運んだらしいが、おかしいじゃないか。本来なら最新のクレマチス2を満載した専用便でも用意すべき人物じゃないか?」


 確かにそうだ。本来乗っていた月面航空機も搭載していたのはすべてただのクレマチスだった。


「重役たちは自分の手を汚さずにきたから戦いを軽んじてるのさ。

 だから生きるのに必要ない、こんな遊びにかまけた都市も創るんだ」

「ん?いや、それは間違ってるぞ、ピーター」

「……なに?」


 ピーターが目を見開いた。ジェフの反応が意外だったようだ。


「軍から離れた俺にはMF社の重役のことは本当の意味ではわからん。

 信頼できるお前が言うんだからそうなんだろうと頷くことしかできん。

 だがこの都市を馬鹿にすることはないと思う」

「……どういうことだ?」


 ピーターは激昂することもなく聞き返してきた。ジェフはグラスにビールを注ぎながら言葉を紡ぐ。


「遊びにかまけたというが、その遊びこそが人には重要なことなんじゃないか?

 疲れを癒すというか、楽しむというか……あのーえーと」


 ジェフは上手いことを言おうとしたが失敗した。アルコールが頭に回ってるのかも知れない。


「あー、うん。えー……」

「……わかった、わかったから無理に言おうとしなくていい。

 人には遊べるぐらいの余裕が必要ってことだな?」

「そうそうそんな感じ。

 で、そこを今守ってるお前さんはエライってことだ、うん」


 言いたいことは伝わったようだ。ジェフはグラスに半分程注いだビールをまた飲み干した。


「……大人になったな、ジェフ」

「お前さんも立派だって、ピーター。逃げずに戦ってきたんだろ」


 ピーターは店員に注文してグラスを持ってきてもらった。


「オレもビール、飲んでいいか」

「おー、いいけど」


 ピーターはジェフにビールを注いでもらい、それを一気に飲み干した!


「うっ、ゲホッガハッ」

「おいおい、慣れてないやつが一気飲みすんなよ!いや慣れててもダメだが」


 ジェフはピーターの背中をさすってやった。やがてピーターは落ち着いたようだ。


「ふう、スマンな。……今日はオレが奢るよ」

「お、いいの?じゃあお言葉に甘えて」


 二人は会計を終えて店を出た。


「ありがとな、奢ってもらって」

「いいさ。……そうか、オレがこの店を好きなこと、忘れてたな」


 どこか感慨深い様子でピーターは呟いた。その表情は晴れやかだった。


「どうする、またどこかに食べに行くか。今度は俺が奢るよ」

「今日はもういいさ、オレもこれから用事があるんでな。……じゃあな」

「おう、またな!」


 ジェフの申し出を断ってピーターは歩き出した。ふと歩みを止めてジェフの方を向く。


「お前の会社の仲間、MAIにいるのか?」

「まあだいたいそうだな」

「……今日は早めに帰った方がいいぞ、さっき言ったクソ重役も来てるらしいし」


 そう言い残してピーターは去って行った。

 ジェフはピーターの言葉にわずかに違和感を覚えたが、気にせずグリーンホエールの方へと歩き出した。

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