四話 アルテ、突撃(5)
ネオエッダを名乗る月海賊を退けたヒスイ達は味方のLFを回収して月面都市ヘカテーに向かう進路へと戻っていた。
グリーンホエールのLF格納庫は、意外なほど静かだった。
ジェフのクレマチスは被弾無しで最低限の整備で終わり、ヒュテラムは自己修復機能で右腕を繋ごうとしている。
アルテのクレマチスはこの場では修理できない程の状態であり、固定されているだけだった。
『モックスは充電器に戻って待機してください』
『キューン』
小型ロボットのモックスが指示を受けようと駐機態勢のヒュテラムの前に出たが、当のヒュテラムがそれを拒否した。モックスは駆動音を鳴らしながら元の位置に戻っていく。
それを見ていた整備員のザイルは遊びをせがむペットとそれを拒否するご主人さまを連想した。
「ヒュテラム、必要な資材はこれで全部だな?」
『はい、そうです。ザイル、ありがとうございます』
ザイルは資材運び用の車でヒュテラムが要求した資材を運んだ。
ヒュテラムの腹部が開いて触手のようなアームが伸び、資材を掴んでは取り込んでいく。
ヒュテラムの内部で資材はマイクロマシンに変換される。
少し経つと右腕部の断面から触手のようなパーツが生えてきて、拾ったパーツに繋がっていった。正直なところ気持ち悪い。
『ザイル、質問があります』
「お、おう、なんだ?」
ヒュテラムの修復に目を奪われていたザイルは少し怯えながら返事をした。
『アルテのことです。
今回の戦闘でアルテはヘルモーズの撃退に大きく貢献しましたが、同時にヒスイ社長の命令を無視しました。
この場合、処罰などは下されるのでしょうか?』
「……さあな。それは社長が判断するこった。でもお客様を乗せてる時に命令違反ってのはまあ……やばいよな」
ザイルはぼやくように答えた。
『アルテにも事情があります。敵の撃退に貢献したのですから、相応の報酬があって然るべきではないでしょうか』
「オレに言われても……だから社長次第だって」
それ以降、ヒュテラムは黙りこくった。
ザイルには、ヒュテラムがアルテを心配しているように見えた。
さすがに二度目の襲撃には会わず、グリーンホエールは月面都市ヘカテーに到着した。
グリーンホエールはヘカテーの月面航空機ドックに入った。
これからデイジー室長を降ろす手筈だが……その前にヒスイにはやらなければならない事がある。
グリーンホエールのメインコントロールルームには社長兼機長のヒスイと、客人のデイジー室長と、パイロット部長のジェフ、そしてアルテが集まっていた。
アルテはいつも通りの無表情で目線を床に向けている。その雰囲気は裁判を受けようとする罪人のように見えた。
実際、これから行われるのは裁判に近い。
LFという強力な兵器を操るパイロットはよほどの事がない限り上からの命令に従わなくてはならず、命令違反には厳罰が降って然るべきだ。
今回のアルテの行動は無茶なものであり、撃墜されれば彼女のみならずヒスイ運送やデイジーの命までも危険に晒しただろう。
ヒスイは今回のアルテの行動を事実だけ述べた。
「……以上だ。アルテ、何か異論はあるか?」
「いいえ、ありません」
アルテはヒスイの深緑の目を見返して返答した。その声には感情が乗っていなかった。
アルテはクビでもおかしくないことをした。ヒスイはそれに対して処分を降さなければならないが──。
「……明日から二日間、生活に必要なことや戦闘以外の時間には独房に入ってもらう。
……以上だ」
アルテの目が大きく見開かれた。命令違反に対してずいぶんと軽い罰だった。
「発言してもよろしいですか?」
「どうぞ」
デイジーが口を開いた。
「罰が軽くはありませんか?今回の彼女の命令違反は相当なものだと思いますが……」
その声色はヒスイが今日知った彼女とは同じに思えないほど固いものだった。ヒスイは怯まず毅然とした態度で返答した。
「今回の戦闘で遭遇したヘルモーズは相当な戦闘力を持った兵器だと思われます。自分の指示通りで損失なく撃退できたかはわかりません。
初見の脅威を退けた功績も踏まえ、この処置が適切と判断しました。
また彼女は優秀なLFパイロットであり、同じ過ちを繰り返すことはないでしょう。当人も反省しています。
失敗だけで人の全てを判断すべきではないと存じます」
「はい、わかりました。私から言うことはもうないです。それでは私はこれで失礼いたします」
ヒスイの返答のあと、デイジーの声は柔らかいものとなった。
「では、お見送りします。アルテ、お前は自室に戻ってくれ」
「は、はい」
アルテは呆然とした様子でコントロールルームから出て行った。
ヒスイ、ジェフはその後にデイジーを送る準備を始めた。
月面航空機ドックのグリーンホエールの近くにデイジーを迎えに来た電気自動車が止まっていた。デイジーと見送りに来たヒスイ達はそこまでたどり着く。
「ヒスイ社長、夢を叶える三つの大事なことってわかりますか?」
「は?いいえ……」
「まず一歩踏み出すこと、積み重ねること、チャンスを逃さないこと。
まあチャンスだと思ったらピンチになった、なんてこともあるかも知れませんけど」
「は、はい」
突然話し出したデイジーに面食らいながらヒスイは相づちを打つ。
「それではヒスイ社長、これからも頑張ってくださいね!」
明るい口調でデイジーは別れを告げて去っていった。
「デイジー室長、なんだか楽しそうですね?」
電気自動車の車内、迎えに来た部下がデイジーに問い掛けた。
「あ、わかる?引き抜きたいぐらい優秀な人とか興味のあるものがいっぱいあったのよ」
「それはそれは……」
「まぁヘッドハンティングとかできる雰囲気じゃなかったんだけどー」
デイジーはふて腐れるが、その表情は明るい。
「まぁMF社ともよく取り引きしてるみたいだし、また機会はあるよね!」
デイジーは明るく呟いた。
デイジーを見送り、ヒスイとジェフはグリーンホエールに戻り──ヒスイは崩れ落ちた。
「社長、大丈夫ですか?」
「なあ、これでよかったのか?デイジー室長、機嫌損ねてはないよな?」
「まあ、仕事を減らされるって感じじゃなさそうですがね……」
取り引き先の重役に部下の処分を降すところを見せるというのは相当のプレッシャーだった。戦闘の緊張も合わせてヒスイの足はもう言うことをきいてくれない。
ジェフがヒスイに肩を貸して歩き出す。
「なんです、アルテの処罰を後悔してるんですか?」
「いや、そうじゃないけど……」
「ならいいんじゃないですかね」
ジェフの質問に返答しながら、ヒスイは脳裏にアルテを思い浮かべた。
「あー……そうだ、食堂に行ってくれないか。リーナに頼み事がある……」
グリーンホエールの自室に戻ったアルテは仰向けにベッドに倒れ込んだ。その頭は混乱していた。
──あんな程度でいいの?かばってもらえた。デイジー室長の機嫌を損ねたんじゃ?自分のせいで仕事が減る?いやでも穏やかになったし。社長は何を考えている?わかんない──
「アルテちゃーん、入ってもいいー?」
「あ、はい」
いつの間にか小一時間経っていた。アルテは起き上がって調理員のリーナを出迎える。
「アルテちゃんにプレゼント~」
そういって彼女はパフェを差し出してきた。いちご、バナナ、キウイなど色とりどりの果物とクリームやチョコでデコレーションされている。
「これは……」
「ふふ、おどろいた?今日活躍したアルテちゃんへのごほうびでーす」
こんなデザート、月面ではそうそう食べられるものではない。
「うーん社長も粋なことするよね~」
「えっ……社長がこれを?」
「あ、黙っててて言われてたのに言っちゃった。まぁいっか」
リーナはばつが悪そうに金髪の頭をかいた。
「社長が頼んできたんだよね、アルテちゃんにパフェ作ってあげてって」
アルテの金色の瞳はパフェに釘付けである。その頬は赤みがかっていた。
「じゃあごゆっくり~。あ、食べたら歯磨きしなさいよー」
そう言ってリーナはにんまりとした顔をして出て行った。
──ヒスイ社長が。気づかってくれた。なんか顔が熱い。早く食べよう。
アルテはパフェをスプーンで掬って口に含む。
初めて食べたパフェはすごく甘く、おいしかった。
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