四話 アルテ、突撃(4)

 ありえない。ヒスイ運送側の誰もがそう思った。

 ヒュテラムのリパルシブブラスターは斥力波により敵の装甲の内側を破壊できる兵器であり、その特製上防ぐことはできない。

 だと言うのに、それが直撃したはずのヘルモーズは何事もなかったように反撃してきた。


「ヒスイ社長、今のは恐らくリパルシブバリアとでも言うものです!」

「デイジー室長。それはいったい……」


 その光景をヒスイの横で見ていたデイジーが発言した。


「リパルシブ技術を応用して防御に使ってるんです。今のは斥力波同士が干渉して防がれたんだと思います。

 でも防御に使うなら攻撃以上に相当の電力を消費します。ずっとは使えないはずです!」

「なるほど……。

 各機に次ぐ!今のバリアはそう何度も使えないはずだ!連続で攻撃を加え続ければ倒せる!」


 デイジーの助言を受けてヒスイが指示を出す。

 リパルシブ技術の開発者であるデイジーだからこそ直ぐに気づけたのだろう。


「……でも、そんな技術をどこで?」


 デイジーは怪訝そうな顔をして呟いた。




「くぅっ……そう言われてもな!」


 ヒスイからの指示を聞いたジェフがぼやく。

 青紫の異形のLFは、こちらが武装を構えて狙った瞬間に射撃を合わせてくる。

 隙を見て攻撃してもゲフィオン同様のスピードで捉えきれず、当ててもバリアで防がれる。

 スカルスガルドはほぼ完全に三機のLFの動きを見切っていた。


「こちらグリーンホエール、前に出るぞ!十字砲火で攻め続けるんだ!」


 ヒスイが更に指示を出した。

 ヘルモーズにはゲフィオンとは違い月面航空機に打撃を与えられる高火力のプラズマカノンが無く、グリーンホエールの高度を下げながら戦えば下に回り込んで推進装置を破壊することも難しいだろうと判断してのことだった。


 それを見ていたスカルスガルドは──


「……素晴らしい」


 心からの感嘆の言葉を吐き出した。

 再度、一方的に通信を送る。


「君たち──我らと共にこないか?」


 困惑するヒスイたちをよそにスカルスガルドは言葉を紡ぐ。


「ネオエッダは世界をより良くするために、優れた者に相応の評価を与えるために!仲間を必要としているのだ!」


 その声は次第に熱を帯びていく。


「君たちの力、闘志、それこそネオエッダが必要としているものだ!!

 ああ、先程撃墜した我らの同士のことを気にしているのか?あれは真剣に、お互いの命を賭けた戦士の闘いの結果だ。

 誇ることはあれど気に病むことはない!!」


 その様子はまるで舞台演劇の役者そのものだ。


「我らと共に来てくれれば──」


 スカルスガルドの言葉をソリッドカノンの砲撃が遮った。


「酔ってんじゃねえよ……」


 ヘルモーズを睨みつけながらアルテは呟く。

 目を見開き口元は歪み、その顔は怒りに満ちていた。




 戦いが始まってから、アルテは苛立っていた。

 ネオエッダと名乗ってカッコつけることも、スカルスガルドの態度も、ヘルモーズの強さも、全てがアルテの神経を逆撫でした。

 さらに──優れた者のために?死んだ者を気にするな?

 それらは全てアルテが教わり続け、そしてET社が敗北した瞬間にアルテを縛り苦しめる鎖となった考えだ。

 みっともない姿を晒す憧れてた軍人たち、手のひらを返してET社を責めるマーニの人々、取り返しのつかない両腕、支払ってもらえない補助金、酔いが覚めずにET社を盲信する自分────恥と怒りの感情がアルテの内で爆発した。


「ぶちのめす…………!」


 アルテは義手の左手で握ったレバーを前に押し出し、プラズマスラスターの出力を全開にした。




「お、おいエメラルド2!どうした急に!?」


 ジェフの静止の声も聞かず、アルテのクレマチスがヘルモーズへ突撃する。

 アルテから返事はなく、通信からは怒りの唸り声が聞こえてくる。


「アルテ……!?」


 ヒスイが呆然と呟く。

 彼女がマーニ出身で辛い思いをしていたことは面接の様子などで理解していたが、今のアルテは普段のクールさからはとても考えられなかった。

 ヒスイ運送に来てからもET社の話題を耳にしてはいたはずだが、アルテが取り乱したという話は聞いたことがなかった。

 しかし、いつもの無表情は怒りの感情からアルテ自身を守る仮面だったのでは──。


『ヒスイ社長、どうしますか?エメラルド2が突出してしまい、連携をとれそうにありません』


 考え込んでいたヒスイの意識をヒュテラムの淡々とした合成音声が引き戻した。


「……アルテが被弾しないよう攻撃に合わせてこちらも攻撃する。判断は各自に任せる……」


 おそらく攻撃は誤射を恐れてできないだろうと考えながらも、ヒスイは指示を出した。


 アルテのクレマチスがヘルモーズとの距離を急激に縮めながらマシンガンを放ち、ヘルモーズはその火線を上昇することで躱す。

 反撃のマシンガンの弾丸の雨をアルテのクレマチスは右に飛んで回避し、ソリッドカノンを放つがバリアにより防がれる。

 二機のLFは攻撃と回避を同時に行いながらその速度を増す。

 月の空、宇宙の黒に赤と青紫の軌跡が激しく描かれていく。

 最高速度、瞬発力はヘルモーズが上だが、持久力はクレマチスが上回る。


「ここだっ!」


 ヘルモーズの速度が僅かに落ちてきたのを見て、残電力が少ないと判断したアルテが勝負にでた。残弾数1のソリッドカノンを投げ捨てて突撃する。

 そこを目掛けて大型レールガンが放たれるが赤のクレマチスは勢いを落とさずその身をよじることで躱す。

 迎撃で放たれたマシンガンの弾丸の雨を胴から右脚にかけて受けながら、アルテのクレマチスは高周波ブレードを振り抜き────ヘルモーズの右肩を斬り裂いた。

 落ちてゆく右腕に握られたまま、レールガンが月の大地に突き刺さる。


「ハハ、ハハハハハッ!!素晴らしい──実に素晴らしい闘いだ、赤のクレマチス!!名残り惜しいがここで幕引きとしよう!」

 

 スカルスガルドは興奮した様子で捲し立てた。

 ヘルモーズが撤退のため後退し、これまで戦いを見守っていたバルドルとテュールが迫る。


「まて、この──」

「アルテッ!!もう引け、お前も限界だろう!」

「──ハッ──わたし、は……」


 ヒスイの声がアルテを正気に引き戻した。

 アルテのクレマチスは満身創痍だった。コクピット内のモニターは胴への被弾の衝撃で大きくヒビ割れ、右脚部は動かず左脚部のスラスターのみでぎりぎり飛んでいる。トドメに無茶なマニューバで全身が悲鳴をあげていた。


 ヒュテラムとジェフのクレマチスが前に出る。牽制射撃を撃ち合いながら、ヒスイ運送とネオエッダはお互いに離れていった。

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