四話 アルテ、突撃(3)

 グリーンホエールが月面都市ヘカテーまでの道のりを四分の三ほど進んだ頃、それは進行方向の数キロメートル先の山影から現れた。

 全長60メートル程の月面航空機。グリーンホエールよりも小さいそれは、倉庫等の機能を切り詰め機動力を重視したET社製の軍用月面航空機”スレイプニル”だ。

 スレイプニルは姿を現すとともにグリーンホエールに通信を繋げる。


「こちら、”ネオエッダ”所属、アレクサンダー・スカルスガルド少佐だ」

「ネオエッダ?ET社の脱走兵か……?」


 通信を聞いたヒスイが推論を口にする。

 ET社がMF社との戦争に敗北した時に脱走兵が大量に出たという話があった。投降した昨日の誘拐犯もそうだったのだ。


「フン、脱走兵などと一緒にしないで貰いたい。我らはより良い世界のために立ち上がったのだから」


 スカルスガルドの声色は自信に満ちあふれていた。


「そちらにデイジー・デイビスが乗っているなら引き渡してもらいたい。そうすれば君達に手は出さないと約束しよう」

「何のことだ?そんな重要人物が運送業の航空機に乗るわけあるか」


 ヒスイはしらを切ることにした。横の席に座るデイジーには手の平を見せて何も言わないように制止する。


「ふむ、調べもせずに引くわけにはいかんな。そちらを調べさせて──」

「ホエール、通信を切れ」

『了解。通信を切りました』


 ようは月海賊だ。付き合ってなどいられない。


「ホエール、LF全機出撃準備、グリーンホエール戦闘モード!戦闘開始だ!」

『了解。LF全機出撃準備。グリーンホエール戦闘モードに移行します』


 ヒスイの命令をグリーンホエールのAIが復唱する。

 機内の人間とヒュテラムにそれぞれの仕事の指示が出された。




 グリーンホエールからヒュテラムと二機のクレマチスが、スレイプニルから二機のバルドルと二機のテュールが出撃した。

 ヒスイ運送の勝利条件は逃げ延びること。

 月面都市ヘカテーの防空圏はまだ遠いので、都市の防衛戦力をあてにしての逃走は機動力で勝るスレイプニル相手では不利だろう。

 ネオエッダの勝利条件はグリーンホエールの足を止めることだが、デイジーを確保したいのであれば撃沈させるようなことは避けたいはずだ。

 LFの数ではネオエッダ側が多いが、ヒスイ運送側にはバルドル三機を一蹴したヒュテラムがいる。

 ヒスイ運送がLF同士の戦いで勝ってもおかしくはないが──。


「各機に次ぐ。

 データ上は相手の月面航空機に搭載出来るLFの数は四機となっているが、改造次第ではもう一機積めると聞いたことがある。ゲフィオン等が出て来るかもしれない!

 スレイプニルからは距離を離して戦え!」


 グリーンホエールを山陰に移動させながらヒスイが各機に指示を出す。

 もしも懸念通りにゲフィオンがいた場合、奇襲を受けたらそのまま敗北する危険性もある。あのスピードは脅威だ。


『ゲフィオンが出て来た場合、また私が挑発を行い一対一で戦うのはどうでしょうか?』

「乗ってくれたらね!前は相手も冷静さを失っていたし」


 ヒュテラムの提案をアルテが否定する。

 前回の誘拐犯は人質を奪い返されて劣勢になり逆上していたようだった。今回はそういった挑発に乗る切っ掛けはないだろう。


「想像の敵よりもまずは目の前の敵だ!気を引き締めろ!」


 ジェフが一喝する。敵はもうすぐにお互いの射程圏内にまで迫っていた。


 敵のバルドルとテュールが背部からミサイルを一斉発射する。それをジェフのクレマチスとグリーンホエールがデータ連携を行い、プラズマカノンと迎撃レーザーで撃ち落としていく。

 ミサイルの爆発の向こうから無数の弾丸がヒュテラムたちに向かってきたが、あくまでも牽制のようで当たりはしなかった。

 

 レールガンを構えた二体のバルドルが突撃してくる。

 そのうちの一体にアルテのクレマチスがソリッドカノンで牽制、バルドルはそれを回避したところにヒュテラムのリパルシブブラスターの白い捻れた光線を受け、爆散した。


 さらに近づいてきたテュールのうち一機にヒュテラムとアルテのクレマチスが同時にマシンガンを放つ。

 そのテュールは牽制を回避しながら手に持ったプラズマガンをヒュテラムに向けるが、それを読んでいたジェフのクレマチスからのプラズマカノンが足を溶解させ、テュールは白い大地に落ちていった。


「よしっ!」


 アルテが声をあげた。

 ヒスイ運送の三機は的確に連携をこなしている。

 ヒュテラムの性能が高いこともあるだろうが、数の不利をあっさりとひっくり返し────ヒュテラムの右腕が射撃を受け、吹き飛んで行った。


「ヒュテラム、大丈夫か!?」

『戦闘続行可能です。今の射撃はスレイプニルの方向からです』


 ヒスイの心配の声にヒュテラムは相変わらずの淡々とした合成音声で答えた。


「でも、2キロメートル以上は離れてるのに……」 


 アルテが声を震わせながら呟いた。

 これだけの距離、わずかにでも角度がズレれば当たらないものであり、しかも高速で飛行するLF相手に命中させるとは驚異的な狙撃能力である。

 その相手は──。


「無粋な輩だと思ったが、実力はあるようだな」


 スカルスガルドが通信を送ってくる。ヒスイ運送は相手に電波を送っていないので、スカルスガルドからの一方的なものだ。

 月面航空機スレイプニルの上面にはカタパルトがあり、内部からエレベーターでLFが運ばれて出撃するようになっている。

 そのカタパルトの上に、狙撃を仕掛けたと思われる青紫の大柄なLFが立っていた。

 そのLFに乗っているのはスカルスガルドのようだ。


「ゲフィオン……じゃない?」


 ヒスイはグリーンホエールのカメラが捉えた画像を拡大するが、その姿はゲフィオンに似て異なるものだった。

 サイズはゲフィオンに近く、肘から二本生えた前腕が大型レールガンを挟み込むように掴み、下半身も共通点が多々ある。

 だが背部のプラズマカノンが無く、ゲフィオンにはない頭部があり、何より目を引くのは肥大化した肩部だ。

 そのLFはカタパルトから飛び立ち、足裏から青い噴射炎を出しながらこちらへと近づいてくる。


「紹介しよう。この機体の名は”ヘルモーズ”という」


 スカルスガルドの通信と同時に残ったバルドルとテュールが後退していく。その様は主人の命令に忠実な猟犬を思わせた。


「おいおい、わざわざ一人で来るってか?」


 ジェフの口調は軽かったが、その声色は警戒心に満ちていた。


「ヒュテラム、左腕は使えるな?」

『はい、問題なく使えます』

「各機、フォーメーションCだ!俺とエメラルド2が牽制する、隙が出来たらヒュテラムが仕留めろ!」

『了解』

「了解!」


 ジェフが戦術を立て、ヒュテラムとアルテがそれに従う。

 赤のクレマチスがマシンガンとソリッドカノンをそれぞれ片手に持ち、水色のクレマチスがプラズマカノン二門を構えた。

 ヘルモーズがヒュテラム達との距離を1キロメートルまで詰めた瞬間、双方が射撃を開始する。

 

 ヘルモーズは空いていた左腕の二本の前腕にそれぞれマシンガンを持ち、右腕の大型レールガンと合わせて二機のクレマチスを牽制していく。

 ジェフとアルテもヘルモーズに射撃を行うが、すべて回避されてしまう。ヘルモーズからの射撃を警戒しながらでは攻撃し続けることはできなかった。

 神経を削るような牽制の差し合いが続き────ヒュテラムが動いた。

 ジェフのクレマチスからの攻撃をヘルモーズが回避した瞬間に合わせて急加速して近づき、残った左腕からリパルシブブラスターを放つ。

 白い捻れた光線がヘルモーズに命中し────


「なっ……」


 その驚きは誰のものだったか。

 光線が直撃したはずのヘルモーズは健在、無傷であった。

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