四話 アルテ、突撃(2)

 予定通りにMF社からの補充の戦力が工場に到達し、ヒスイ運送は飛び立った。

 普段と違うところがあるとすれば……。

 

「いやー悪いですね、助けてもらった上に乗せてもらっちゃって」

 

 ムーンフラワー社の重要人物、デイジー・デイビスを乗せているということだ。

 ウェーブがかった銀髪に青のメッシュを入れており、その顔には人懐っこい笑みを浮かべていた。

 

「いえ、仕事ですから」

 

 ヒスイが返事をする。その声は緊張感に満ちていた。

 グリーンホエールのコントロールルーム、デイジーがヒスイの横の席に座る形である。この席は普段は床下に収納されている。

 

 本来、デイジーはMF社の月面航空機でヘカテーに戻る予定だったが、誘拐犯の襲撃によりその月面航空機が破壊されてしまったのだ。

 どうせヒスイ運送もヘカテーに寄る予定なのだから、デイジーも乗せてほしいとの申し出だった。

 誘拐犯撃退とデイジーを運ぶ分の報酬を支払うと言われて、断る理由もないため引き受けたのだが、ヒスイは若干後悔していた。重役を運ぶプレッシャーを甘く考えていたのだ。


 デイジーは物珍しそうに周囲を見回してたり、質問したりしてくる。

 ヒスイはそれに逐一答えるのだが、その度に何か失礼なことをしてしまわないかと気が気でなかった。

 相手は若くしてMF社の第二兵器開発室のトップという重役であり、彼女の機嫌を損ねれば仕事が回って来ないかもしれない。

 何も起きてくれるなよ、とヒスイはよくは知らない神に祈るが──


『ヒスイ社長、一緒に映画を見ませんか?』

「うぉっ!?」


 ──祈りは届かず。

 LF格納庫からヒュテラムが通信を送ってきた。しかも仕事中に映画を見るという取引先に見せるには憚られる行為を進めてくる。


「あ、その子がヒュテラム?昨日はありがとう!」

『デイジー室長、健康そうでなによりです』


 デイジーは少なくとも機嫌を損ねた様子はないようだ。ヒスイは胸を撫で下ろす。


「私も一緒に見てもいいですか?」

「えっ、それは……はい、どうぞ……」


 デイジーからの思わぬ申し出にヒスイは困惑しながら了承した。


 


「いい映画だったね~」

『はい、私もそう思います』


 LF格納庫で、ヒスイとデイジーはヒュテラムと一緒に映画を見終わった。

 映画が流れている間、ヒスイはハラハラしていたが何事も起きずに終わった。


「そう思う、か……」


 デイジーの目つきが一瞬鋭くなったが、ヒスイはそれに気付かなかった。


「ヒスイ社長。10月13日には、ヒュテラムはヒスイ運送の所有物となるんでしたね?」

「はい、それはそうですが……」

「そうなったら、第二兵器開発室と協力してヒュテラムを研究しませんか?」


 デイジーはヒスイに顔を近づけて提案してきた。唐突かつ大胆な誘いだった。


「それは、しかし……ヒュテラムを造った組織が何をどうするか……」

「その時は誰も名乗り出なかったってことですから、問題ないでしょう。

 ヒュテラム、君はどうかな?」

『そうなった場合、私はヒスイ社長に従います』


 デイジーはヒスイの不安を切り捨て、ヒュテラムにも質問した。ヒュテラムはいつも通りの平坦な合成音声で返答した。


「こんなLF、見たことないです。最新の装備、ロステクの完全自律型の人工知能、修復機能を持つマイクロマシ……」


 台詞の途中でデイジーは何と言うか──嫌そうな顔をした。


「デイジー室長?」

「とにかく、彼は凄いロボットですよ。研究する価値は多いにあります」


 そこまで言って、デイジーは真剣な顔つきになった。


「ヒスイ社長、私には夢があります。誰でも好きなときに宇宙旅行が出来る世界です」


 それは──途方もない夢だった。


「この夢を聞くと誰もが無理だろうって考えるけど、私はそうは思わない。人間は夢みて、それを信じてきた」


 そこまで言って、彼女は少し悲しそうな笑みを浮かべた。


「リパルシブ技術はこの夢のために考えました。兵器として扱われるのは不本意ではあったけど、割り切ってます」


 その表情の裏にはどんな苦悩があったのか、ヒスイには推し量ることは出来なかった。


「彼を研究すれば、その夢に近づけるかもしれない。そう思ってこの提案をしました。よろしくお願いします」


 そういって彼女は頭を下げた。


「それは、その……」

「あ、今すぐに答えを出す必要はありませんから。今日は覚えておいて欲しいだけなので!」


 デイジーは先ほどの真剣さが嘘のように明るい態度に戻っていた。

 そのどちらも本当の彼女なのだろう、とヒスイは感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る