三話 戦法、習得(2)
MC61年9月20日、ヒスイ運送はいつものようにMF社から仕事を受けて荷物を運んでいた。
グリーンホエールは目的の工場が目視できる地点にまで到着する。
月面工場は資源採掘場と併設されることが多い。
この工場は高さ百メートル程の白い横長の山のふもとにあり、その山の地下を掘り進めて資源を採掘し、それを加工していた。
ヒスイ運送は今回は重機のパーツや補給品を運んでおり、今日は停泊して明日また工場から積荷を積んで輸送する予定だ。
ヒスイは到着を知らせようと通信を繋げようとするが……。
「……爆発?」
工場の向こうで光が見えた。月面航空機らしきものも見える。
グリーンホエールを停止させて、機内に警戒体制に移るように警報を出した。
しばらくすると広域に映像通信が送られてきた。
「──さて、状況は分かっているだろうが、改めて確認しよう。我々はデイジー・デイビス室長を誘拐した」
映像にはこの通信を送ってきた拳銃を握っている人物と、女性が写っている。
二人とも宇宙服姿だ。前者はヘルメットのガラスが黒で人相は確認できず、声もボイスチェンジャーで変えている。
デイジー・デイビス。飛び級を繰り返し、六年前に十六歳でMF社に就職した天才である。
クレマチスの後継機種のクレマチス2の開発に携わった人物であり、その功績が認められて現在はMF社第二兵器開発室のトップとなった。
彼女か考えだしたリパルシブ技術を搭載したクレマチス2は、一年半前のET社との戦争で勝利に大きく貢献したとされ、彼女は後々のMF社取締役の有力候補とも言われる。
こんな僻地と言っていい場所にいるような人物ではないが、視察にでも来ていたのだろうか。
映像に対して工場の警備部隊から通信が入った
「その方を解放しろ!さもなくば……」
「さもなくば?」
誘拐犯は拳銃をデイジー室長に向かって発砲した。弾丸は胸に当たり、彼女は倒れた。
「な、あ……」
「ああ、いまのはゴム弾だよ。宇宙服越しならアザも残らんさ」
誘拐犯は見せびらかすように拳銃を掲げた。
「ただ、次の弾丸はどうだったかな?思い出せないな」
そう言って起き上がろうとしたデイジー室長に拳銃を向けた。
「ま、待て!要求はなんだ!?」
「我々の要求は君達警備部隊のLF、クレマチスを二機だ。
コクピットハッチを開けた状態にして指定した場所にオート操作のトレーラーで運んでほしい。
我々はそれが工場から出発した時点でデイジー室長をLFの手に乗せてそこの山の頂上へと運ぶ。
我々がクレマチスの状態を確認したら彼女を解放して──」
誘拐犯は流暢に人質交換の手順を述べていく。
「──さて、こんなところか。十分後にまた連絡する。それまでに準備を終えておけ。それでは」
誘拐犯は通信を切った。
「社長、どうします」
LF格納庫にいるジェフからヒスイに通信が繋がった。
「……ここで大人しくするべきだろうな」
状況が悪すぎる。下手に手を出しても悪化するだけだろう。
幸い、誘拐犯はこちらには気付いていないようだ。このままここにいれば──。
『ヒスイ社長、それでいいのですか?』
ヒュテラムが通信に割り込んできた。
「ヒュテラム、お前状況が分かっているのか?これは──」
『この状況は誘拐犯に非常に有利です。あの手順では人質が解放されない可能性もあります』
それはヒスイも気付いた。要求物を確認した時点でデイジー室長を乗せたLFが引き返せば両取りも不可能ではない。
「それは分かるけど……何か、策があるのか?」
『いいえ、私には思いつきません。しかし、貴方なら思いつくかもしれません』
なんだそれは。
「やっぱり状況を分かってないだろお前!?下手に手を出して人質に何かあったら──」
『今、行われている事はET社の襲撃と同様の悪行です。それを見逃して、”あなたは”いいのですか?』
その言葉に、ヒスイは言いようのない感情を覚えた。
そこに、これまで沈黙していた人物が口を開いた。
「社長、わたしは社長の指示に従います。誘拐犯も月海賊も変わりません」
赤のクレマチスのコクピットで待機していたアルテだ。その顔は何時も通りの無表情だったが、決意に満ちていた。
「……社長、未来がどうなるかは誰にも判りません。馬鹿な行動が成功することも、その逆もあります。
せいぜい、後悔しない道を選びましょうや」
ジェフが茶色いあごひげを撫でながら発言する。ある意味では無責任とも言える発言だったが、その声は優しかった。
『ヒスイ社長。何か作戦はありませんか?』
ヒュテラムの合成音声は何時も通りの平坦なものだった。
「──ある」
ヒスイは深緑の瞳で誘拐犯の月面航空機を睨みつけた。
ヒスイは工場の警備部隊のみに繋がるようにレーザー通信を行った。
「こちらヒスイ運送社長兼グリーンホエール機長のヒスイ・カゲヤマだ。今の通信は見ていた」
「こちら警備部隊長ウィルソン……あんたらか!だが、この状況では……」
ヒスイも何度か顔を合わせた相手だった。その表情は非常に憔悴していた。
「俺たちに作戦がある。聞いてくれないか」
十分後。誘拐犯の月面航空機のコントロールルームから、そのボスは通信を送った。
「準備はできたか?」
「……ああ、出来ている」
通信に出たのは先程の警備部隊長だ。
「よし、それでは……」
「待て!人質が本物か確認したい。彼女に通信機を持たせてから、LFの手に乗せてくれ」
「いいだろう」
誘拐犯は言われた通りにした。
空気の無い白い世界に、月面航空機から一機のLFがその手に宇宙服を来た人を乗せて発進した。
LFの機種はET社製の”テュール”だ。青く曲線主体のデザインで、バルドルよりも少々細い。
バルドルの前世代機に当たる。
製造時期はクレマチスと近く、戦闘力も互角と言っていい。
この機体を所有しているのは、誘拐犯たちがET社の企業軍からの脱走兵だからだった。
LFの手に乗ったデイジーは通信機で警備部隊長と何かを話したり、工場に向かって手を振ったりしている。
「本人だと確認した。これからトレーラーを向かわせる」
「こちらも山の頂上までデイジーを送ろう」
──馬鹿な奴らめ。
誘拐犯のボスは内心で嘲った。
返してやるつもりなど元々無い。これ程までに利用価値のある人質もそうはいないだろう。
デイジー・デイビスが視察に来るという極秘情報を教えてくれた情報屋に、誘拐犯は感謝した。
ゴム弾で脅して冷静な判断力を奪う。ギリギリの時間を指定して小細工をさせない。
誘拐犯が人質を惜しんで殺さないと判断して戦うにしても、この工場にはクレマチス二機とジニア二機しかおらず、その内クレマチス二機は動かせない。
トレーラーのどこかにパイロットが潜んだとしても、誘拐犯のLFが乗る前に攻撃する。
この日の為に組んだ入念な作戦だった。
後はクレマチスが問題なく奪えると確認したら、デイジー室長を強引に月面航空機へと連れ帰るだけだ。
だが誘拐犯は、成功した作戦はあっても完璧な作戦はないということは知らなかった。
停止した無人トレーラーの近くに二機のテュールが近付き、デイジー室長を乗せたテュールが白い山の頂上にたどり着いたそのとき──。
「こちら、”エメラルド海賊団”だ。お前ら何やってやがる?」
「な、なんだ!?」
誘拐犯の月面航空機に通信が繋がった。通信を送ってきた方向を見ると、緑の月面航空機が全速力で近付いて来る。
「デイジー室長がそこに居るって情報屋から聞いて飛んで来たら……テメエラも狙ってやがったのか!?」
若い男の声は怒り狂っていた。
「野郎ども!あいつらから根こそぎ奪うぞ!!」
その声と同時に赤と水色の二機のクレマチスが新手の海賊団月面航空機から発進した。
「あの情報屋、他にも情報を売ったのか!?」
これまで平静だった誘拐犯のボスは驚愕した。これでは作戦が目茶苦茶だ。
「ど、どうしますか、ボス!?」
「お前達は迎撃しろっ!」
動揺した部下達に誘拐犯のボスは上擦った声で命令した。
さらに月面航空機に残していた一機のテュールを発進させる。これで数の上では有利なはずだ。
「ボ、ボス、おれはどうし」
突如、デイジー室長を抱えたテュールからの通信が途絶えた。
「!?」
カメラ越しにそちらを見ると──。
白い山の頂上付近、テュールの背中から高周波ブレードが生えていた。
操り糸が切れたように、高周波ブレードが刺さったままのテュールが山の斜面を転がってゆき、その影にいたダークグレーのLFが現れた。
その手にはデイジー室長を抱えており、ダークグレーのLFは山の向こうに消えていった。
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