三話 戦法、習得(3)
ヒスイの立てた作戦は自分たちが相手に知られていない有利を活かしたものだった。
まずヒュテラムが、誘拐犯から見て山の向こうに大きく遠回りするルートで行き隠れる。
ヒスイ達が海賊の振りをして、それらしいことを言いながら襲撃する。運ばれたクレマチスからテュールを引きはがすのが目的だ。
そしてヒュテラムがデイジー室長を抱えたテュールに強襲し、リアクターを爆発させずに撃破するために高周波ブレードをコクピットに突き刺す。
これは高性能な推進装置を備え、敵を突き刺しながらデイジー室長を奪う作業ができるヒュテラムにのみできることだ。
運ばれた二機のベージュのクレマチスが起動した。無人トレーラーにパイロットを隠し、ヒスイ達にテュールが気を取られている内に乗り込んだのだ。
さらに工場の警備部隊のジニアが二機出撃する。これで数でも質でも上回った。
戦闘が始まった。
アルテとジェフの操縦技能はやはり相当高い。警備部隊との連携を即席で合わせ、即座に二機のテュールを撃墜した。
(よし、いける)
敵は残り一機、ヒスイが勝利を確信したその瞬間。
強力なプラズマの奔流が、警備部隊のクレマチスの両脚を焼いた。
ベージュのクレマチスが落ちて行く。パイロットは生きているだろうが、戦闘は無理だろう。
さらにプラズマの奔流が残り一機の警備部隊のクレマチスを襲った。回避しきれず、機体の右肩をやられた。衝撃でバランスを崩しながら墜落していく。
誘拐犯の月面航空機から赤紫のLF、”ゲフィオン”が飛び出す。
「こいつで片付ければいい話だ……!!」
通信越しにパイロットの声が聞こえる。乗っているのは誘拐犯のボスだろう。
ET社製の強襲用LF、ゲフィオン。
その外見は他のLFと大きく異なり、頭部が胴体と一体化しており、背中からプラズマカノンが頭の上を通って前へ突き出ている。肘先から二本の歪んだ前腕が生え、挟み込むように散弾砲を掴んでいた。
毒々しい赤紫のカラーと他のLFより二回りは大きい外見は、見るものに怪物を連想させた。
──そして、ヒスイの父、アゲートの命を奪った機体だ。
「……ぐ、あ」
ヒスイが自分の胸を掻きむしる。
工場に迫るゲフィオン、無残な父の死体。
これまで目を逸らしていた、考えないようにしていた感情が噴きだしてくる。
──あの時引き止めれば無理だ何かできたはずアイツの性だ父さんを返せ殺してやるエッダどもMF社に負けて清々したまだ足りない殺してやる──。
『冷静さを欠いているようですね』
ヒュテラムの声が、ヒスイの意識を引き戻した。
ヒュテラムが山の向こうから現れた。どこかで下ろしたのか、その手にはデイジー室長を抱えてはいない。
『浅知恵で犯罪に走る愚か者、それがあなたたちです。その証拠にあなたたちは失敗しました』
ヒュテラムは通信を繋ぎ淡々と語る。それが誘拐犯の神経を逆なでした。
「てめえから──」
『申し訳ありません。気分を害したのであれば謝罪します』
「な……」
誘拐犯は出鼻をくじかれた。
『しかし、MF社に敗北したET社のLFが奥の手ですか。後がないようですね』
「──殺す!!」
コケにされたと感じた誘拐犯のボスは怒り狂った。
赤紫の怪物がヒュテラムに向かって突撃する。強襲用として設計されたゲフィオンは、その大柄な外見からは想像できない加速力を持っている。
目標に向けてゲフィオンがプラズマカノンを撃つが、ヒュテラムはそれを上昇することで躱す。
距離を詰めながらゲフィオンが両腕の散弾砲を構えて撃つが、ヒュテラムは散弾を前転するように回避、空中で逆さになった。
ヒュテラムは突進してきたゲフィオンの背後に回る形となった。逆さの体勢のままマシンガンを撃つが、敵も右に飛ぶことで辛うじて回避する。
(お前さんの腕のヤツは威力はあるが燃費が悪い。普段はマシンガンとかで戦ってここぞという時に撃つんだ)
(どんな機体もずっと攻撃し続けることは出来ない。基本的に回避や牽制に専念して、リロードや電力が少なくなるタイミングを狙って攻撃すれば当てやすいと思う)
ジェフやアルテのアドバイスに従いながら、ヒュテラムは戦術を組み立てる。
ヒュテラムは体勢を立て直して腰部後ろから新たな武装、プラズマウィップを取りだした。整備員のザイルに進められた武装だ。
鞭(ウィップ)の名の通り、しなるようなプラズマの奔流がゲフィオンに襲い掛かり、その右腕を切り裂いた。右腕の散弾砲はもう使えない。
「クソ、てめぇぇぇ!!」
苛立ちが頂点に達したのか、誘拐犯のボスは叫んだ。
ゲフィオンのスラスターの出力を最大にして、ヒュテラムへと襲い掛かる。
ヒュテラムは回避に専念した。散弾がわずかに命中するが、装甲で防がれ動きに殆ど支障はない。
撃墜できない苛立ちからか、ゲフィオンの攻撃は苛烈さを増していく。
それを繰り返しているうちに、ゲフィオンの動きが電力不足により鈍った。
『リパルシブブラスター、発射』
ヒュテラムはそれを見逃さず、両前腕部の砲口から白く捻れた光線を叩き込む。
赤紫の怪物は胴体から真っ二つになり、大気のない空で響かぬ断末魔を上げながら月の大地へと落ちていった。
『戦闘時の電力管理、クリア』
ヒュテラムは自身に課した課題をこなし、勝利した。
それを見ていたヒスイは────どこか、胸のつかえが下りたような気がした。
残ったテュールもアルテとジェフ、警備部隊により撃墜され、誘拐犯の月面航空機も降伏した。撃墜された警備部隊のクレマチスのパイロットも負傷したが、命に別状はないようだった。
警備部隊長とデイジー室長はヒスイ運送にとても感謝していた。以降のことは明日話し合うことにして、グリーンホエールは本来の予定通り月面工場に停泊した。
グリーンホエールのLF格納庫にヒスイは足を運んだ。
時刻は二十三時、整備員はLF整備を終えて全員が自室に戻り、格納庫には誰もいない。
いや、誰もいないというのは正しくない。ヒスイはヒュテラムに近づいた。
「よう、ヒュテラム」
『ヒスイ社長。どうされましたか』
ヒュテラムは機体のあちこちに被弾していた。わずかにゲフィオンからの散弾を喰らったのだ。
「ダメージは大丈夫か?」
『はい、修復中です。補給された資源をマイクロマシンに変換し、問題なく修復できます』
よく見ると被弾箇所が波打ったりうごめいている。正直ちょっと気持ち悪い。
『私の修復状態を確認しに来たのですか?』
「ん、それもあるけど……」
ヒスイは父からプレゼントされた携帯端末と、倉庫から引っ張り出した小脇に抱えていた20センチメートル程のロボットを差し出した。
ロボットは箱型の胴体の側面から二本の腕が展開し、先端がタイヤの二本の足で移動するものだった。待機時には手足を体に仕舞うようになっている。
「これやるよ。携帯端末はいつでも入ってる映画を見ていいし、月面都市の周辺ならインターネットも使える。
このロボット、モックスはお前の指示で端末を操作したり充電したりできる」
ヒュテラムは携帯端末を持たされたロボットの方へと頭を向けた。
『よろしいのですか?その携帯端末はアゲート前社長から貰ったものだと聞きました』
「まあ、そろそろ買い替えようと思ってな」
ヒスイはきびすを返して歩き出した。
「映画を見るときは整備員の邪魔にならないようにしろよ。じゃあ、俺は寝る。おやすみ」
『はい、おやすみなさい』
ヒスイは立ち止まり、深緑の瞳をヒュテラムのセンサーアイに向けた。
「それと……今日はありがとうな」
穏やかな笑みを浮かべて、ヒスイは自室に向かっていった。
その背中が見えなくなるまで、ヒュテラムは水色のY字センサーアイをヒスイへ向けていた。
ヒスイが見えなくなると、ヒュテラムは視線を小型ロボットのモックスに向けた。
『これからよろしくお願いします』
『キュイーン』
ヒュテラムの言葉に反応し、モックスは駆動音を鳴らして会釈するように足を曲げた。
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