二話 方針、決定(2)
グリーンホエールのメインコントロールルームで、ヒスイはひとり思索に耽っていた。
リパルシブ技術はすでにあるものだし、無人機も研究により過去の技術を取り戻したと言われれば納得できる。
だが自己修復機能は別だ。
兵器にまず求められるのは信頼性だ。ヒュテラムが試作機とするなら実験として搭載するのはおかしくないが、引っ掛かるのはそんな技術理論を発明したという話を聞いたことがないことだ。
リパルシブ技術が発表されてから、一年ほどでLFに搭載されたと聞いた時はその速さに驚いたものだが、新技術発表からの実用という通常の段階は踏んでいた。
普通はどこかの研究所などが新技術を発明したら、スポンサーを募るために発表するものだ。秘匿するなどありえない。
隠すのなら、相応の理由があるはずだが──。
「いや、そう難しく考えることはないよな」
新兵器を隠すのは普通のことだ。あんな新型を造れるのはムーンフラワー社だけだろうから、そこに届ければいいだけだ。
そう考えて、映画でも見ようと考えた時。
『六時の方角、4キロメートル先に所属不明機三機出現』
グリーンホエールのAIがアラームとともに警告を発した。
恐らくは──月海賊。
「積み荷をよこせ」
グリーンホエールの通常通信に繋がった所属不明機から通信は、シンプルなものだった。
ヒスイも長年仕事をやってきて色んな月海賊を見てきたが、様々なタイプがいる。
今のようにそっけない奴、長々と名乗って脅そうとする奴、意味不明な音楽などを流して来る奴。
今の通信に何かを感じたヒスイは返答することにした。
「お前達──"それでいいのか?"」
「──────」
反応はなく、通信は切断された。どうやらヒスイの想像は当たったようだ。
だが、こちらも屈するわけにはいかない。
自らの会社を守るため、ヒスイはAIと部下たちに次々と指示を出した。
「一度の輸送で二度も襲われるなんて、運がない」
LF格納庫で自らの赤いクレマチスに乗り込みながらアルテは愚痴をこぼす。前回の戦いでは被弾していないので、整備は既に済んでいる。
「俺のクレマチスはいけるか!?」
「すいません、脚部の調整がまだ!」
ジェフの質問にザイル整備士が答えた。
前回の襲撃でジェフのクレマチスは頭部と右脚部を破壊されている。整備はアルテ機の整備士も投入して行われていたが、数時間では完全な状態には遠かった。
ジェフが歯ぎしりする。あの状況では生き延びただけもうけ物と言う者もいるだろうが、今の危機を切り抜けられなくては意味がない。
ヒスイはグリーンホエールのコントロールルームからヒュテラムに通信を繋いだ。
「ヒュテラム、状況は理解しているな?お前にも出てもらいたい」
『はい。救助活動は、私のやるべきことです』
ヒスイの要請にヒュテラムが快諾する。
「……ありがたいが、これは救助じゃなくて、迎撃って言うんじゃないか」
『訂正、ありがとうございます』
なんかズレてるような──そう思いながらもヒスイは心強かった。
ヒュテラムは三機のバルドルを瞬く間に撃墜したのだ。今度の敵にも問題なく対処できるだろう。
「追加の装備はいるか?長射程のソリッドカノン(実弾による射撃兵器)とか……」
LFは武装を持ち替えることで様々な状況に対応できる。ヒュテラムもLFなのだから、クレマチスと同じものが使えるだろう。
ヒスイはヒュテラムに、今グリーンホエールに積んである使える武装のデータを送るが──
『必要ありません。データ上の武装は私のリパルシブブラスターよりも破壊力では劣るようです。装備の必要はないでしょう』
「そうか」
戦闘用の無人機がそう言うのだ。先の戦闘の光景が脳裏に焼き付いていたヒスイは、無理には勧めなかった。
グリーンホエールの後方3キロメートルから、三機のLFが二手に別れて迫っている。
一機の方はイエローカラーのLFクレマチスであり、七時の方向──左斜め後ろから、固まった二機はイエローカラーのLFジニアが五時の方向──右斜め後ろから追いかける形だ。
グリーンホエールも全速力ではあるが、巡航速度はLFには到底敵わない。じりじりと距離を詰められている。
アルテのクレマチスと、ヒュテラムが前面ハッチから出撃する。
白い大地の戦場に、紅の巨人と煤色の巨人が加わった。
「いいか、あと七分ほどでヘカテーの防衛圏内に入る。エメラルド2とヒュテラムはホエールの近くで牽制してくれ!」
「エメラルド2、了解!」
『ヒュテラム、了解しました』
月面都市の近くにはその都市を管理する企業に雇われた軍隊がいる。近くまでたどり着けば、月海賊も諦めるだろう。
アルテのクレマチスがグリーンホエールに相対速度を合わせ、折りたたみ式のソリッドカノンを脇に抱える形で構える。ヒュテラムは唯一の武装である前腕部のリパルシブブラスターを起動した。
グリーンホエールもその上面と側面に装備された武装を襲撃者に向けるが──
「……速度を落とした?」
アルテが呟く。月海賊のLFが青い噴射炎を弱めて、武装を構えたのだ。
「そうか、こっちの隙を作ってからホエールに近づいて、推進装置を破壊する気か!」
ヒスイが相手の作戦を読んだ。
グリーンホエールの推進装置は下面に集中しており、現在は高度を地面から数十メートル程に維持しながら逃げている。近づいて下に回らなければ動きを止めることはできないだろう。
だが、近づこうとすれば当然迎撃を受けることになる。追いかける構図も相まって、回避しきるのは至難の業だ。
そのために距離を保ってからの攻撃で迎撃を潰し、グリーンホエールの下面に回るつもりなのだ。
タイムリミットがある状態で焦らず冷静に作戦を行うとは、海賊にしては練度が高いと言っていいだろう。
「やることは変わらない。エメラルド2は五時の方向、ヒュテラムは七時の方向に攻撃開始!」
ヒスイが指示を飛ばす。指示を受けてそれぞれが迎撃を始め、それに合わせるように襲撃者も攻撃を開始した。グリーンホエールも主砲のソリッドカノン二門とプラズマカノン一門を放ちはじめた。
この月面において日常ともいえる戦いが、また始まった。
赤のクレマチスのソリッドカノンとグリーンホエールの主砲のうち一つが二機のジニアのうち一機に向けて射撃を行う。
ジニアには命中せず、反撃のマシンガンの弾丸が赤のクレマチスを襲うが、アルテは機体を横に動かすことでそれを躱す。
「よし、こちらはなんとかなりそうだ」
ヒスイはグリーンホエールの主砲のうちプラズマカノンとソリッドカノン一門を五時の方向の二体の敵に割り当てた。アルテのクレマチスと合わせてこれで抑えられるだろう。
残り一門のソリッドカノンとヒュテラムの方は──
「……ん?」
アルテ側と同様に押さえられてはいるのだが……ヒュテラムの攻撃頻度が高過ぎるように見えた。
リパルシブブラスターは電力を大量に消耗する武装のはずだ。ああも連射すれば、コンデンサの電力が尽きそうな気がするが──。
そう考えてから十数秒後、ヒュテラムは黄色のクレマチスの反撃を回避したところで攻撃をやめ、失速していった。
「……え?」
ヒスイは思わず声が出た。
七時方向のクレマチスはこれを好機と見たか、背部に装備した追加ブースタに火を入れた。黄色いクレマチスの後ろで青い噴射炎の華が咲く。
「ホエール、マシンガン全砲門をエネミー1にロックオン!」
動揺を抑えてヒスイがグリーンホエールを操るAIに指示を出す。アルテ側が手薄になるが、近づかせる訳にはいかない。
だが、加速しはじめたクレマチスには当たらない。2キロメートルの差を一気に詰めていく。
グリーンホエール側面の四門のマシンガンを最小限の動きで回避しながら、黄色いクレマチスが月面輸送機の下に潜り込もうと──。
「させるか!」
月海賊から見てグリーンホエールの影から現れたジェフのクレマチスが、プラズマカノン一門を発砲した。
ヒスイの指示で、迎撃に穴ができた時のために前面ハッチを開いた状態で固定してその上に待機させていたのだ。
片足のスラスターしか使えないが、慣性に乗って飛行すれば数十秒間はおいて行かれずに迎撃に参加することができた。
黄色の光線が月海賊のクレマチスに直撃する。撃破まではいかないようだが、衝撃で機体のコントロールが失われた。
そこにグリーンホエールの側面のマシンガンが火を噴いた。無数の弾丸を一斉に浴びて、黄色のクレマチスは爆発の華を咲かせた。
このことに動揺したのだろう、五時方向のジニア達の動きが乱れた。
うち一機にアルテ機がソリッドカノンを連続して直撃させ、撃破する。
残った一機のジニアは勝ち目がないと悟ったのだろう。きびすを返して逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます