二話 方針、決定(1)

 月の空を、三機の黄色い巨人が飛んでいた。 

 先頭を飛ぶ一機は月面用人型戦闘機──クレマチスであり、最近は月面運送業も使うところを見るようになった機体だ。

 後ろを飛ぶ二機はジニアという名称で、クレマチス同様ムーンフラワー社製のLFであり前世代機に当たる。

 

「よし、このあたりだ」

 

 クレマチスを操る男が呟いた。その声には、いくつもの苦難を乗り越えたもの特有の重みがあった。

 後方の二体に指示を出し、三機は白い大地へと降りていく。

 

「えーと、ここで二日っすか」

 

 ジニアに乗る一人が呟いた。まだ年若い女性だった。

 

「そーよ。あ、座席にあるトイレを使うときは通信切ってね。んなもん聞きたくないし」

「は、はーい」

 

 ジニアに乗っている二人が通信越しに会話する。少々下世話な話を振ったほうは二十代後半の女性で、クレマチスに乗る男の長年の部下だった。

 

「でも、本当に来るんですかね」

「来るまで待つ。来ないまま時間になったら帰る。それまでは三人で八時間交代で睡眠をとるぞ」

 

 若い女性のぼやきに男が返した。

 

「……辞めるなら今のうちだぞ」

 

 少し間をおいて男が若い女性に話しかけた。その声色は相手を気遣うものだった。

 

「……いえ、やるっす」

 

 少しして若い女性が返答した。その声色は決意に満ちていた。

 

「そうか」

 

 男はそれ以上なにも言わず、シートに体を預けた。

 

 


 ヒスイ運送の社長にして月面航空機グリーンホエールの機長であるヒスイ・カゲヤマは、グリーンホエールのLF格納庫にいた。

 

「……まずは情報を整理するぞ」

「はい」

 

 グリーンホエール乗組員にしてベテランLFパイロットのジェフ・ジョーンズが相づちをうった。

 

「まず、俺が偶然にも隕石により墜落した月面航空機を見つけ、救助に向かい、襲撃された。

 罠などではなく、偶然遭遇して襲われた可能性が高いと思う」

 

 ヒスイが手元の携帯端末を操作し、周囲の地形の立体映像を出現させた。

 要救助者を装うには、あの輸送機は見つかり辛い場所に墜落していた。月面運送業はルートを仕事ごとに変更するので、隕石による偽装墜落は月海賊からすれば割に合わないと考えるはずだ。

 

「襲撃者はエッダテクノロジー社の最新鋭機を使ってたが……」

「エッダテクノロジー社がムーンフラワー社に一年半前の戦争で負けた時に、降伏せずに逃走した部隊がいたらしい。

 断言はできないけど、そいつらじゃないか」

 

 ジェフの疑問にヒスイが仮説を立てた。現状、これが最有力候補だろう。

 

「だとして……バルドルが四機ってのは散歩に行くには派手過ぎる。理由があるとすると──」

「こいつか……」

『はい、お呼びでしょうか』

 

 ジェフの言葉をヒスイが引き継ぎながら斜め上を見上げると、そこには全長10メートルのダークグレーの謎の巨人──ヒュテラムが鎮座していた。


「うわー、社長たち、あんな得体の知れない奴によく近づけるな……」

「でもザイルさん、わたしたちは彼のおかげで助かりましたし……」

 

 その光景を遠巻きに見つめる二人の人影があった。

 先に発言した二十代中盤の男性は整備員のザイル・アーディで、中破したジェフのLFであるクレマチスを修理している。

 呟きに言葉を返したのはもう一人のLFパイロットであるアルテ・ミルセンだ。

 謎のLFヒュテラムに感謝こそしているが、得体の知れないものへの若干の警戒感から少し離れたところにいた。


 墜落した月面航空機からは情報を引き出せなかった。

 ヒスイたちは謎のLFを回収し、情報を聞き出そうとしていた。

 謎のLFは尻を格納庫の下に付けて胴体を縦に、足を投げ出すような体勢になっている。これがLFの基本的な駐機姿勢だ。

 

「改めていくつか質問するぞ。お前の名前はヒュテラムでいいんだな?」

『はい、私の名称はヒュテラムです』

 

 ヒスイの質問にLFが答える。その声は青年のようであったが、機械の合成音声のような響きだった。

 

「お前は……無人LFなのか?」

『はい、私は学習する人工知能によって操作される無人LFです』

 

 ヒュテラムの見つかった状況、グリーンホエールに入ってからの様子、人が乗るには胴体と背中のボリュームがない──それらからのヒスイの仮説は当たったようだ。

 人類の想像を遥かに超えた速度での地球環境悪化による月移住計画。その際の国家による責任の押しつけ合いによる戦争や混乱で、自己判断できるAI技術は一部がロストテクノロジーと化してしまったが──。


「技術が復活したってことか……」


 ヒスイは思ったことを呟いた。

 無人機ということは、クラッキングを受けないようにするため電波による命令は受けず、通信内容や状況を見て自分で判断できるAIが出来たのだろう。 

 一見人間のようにしか見えない受け答えができるAIは作成できるが、それはあくまでも「こういうときはこう応える」というプログラムにそったものだ。

 ヒュテラムの受け答えはそれに近いようにヒスイには感じられた。

 

「お前は誰……というかどこの組織に造られた?」

「不明です。それらしきデータは損傷しています」

「……お前は何のために造られた?人間のパイロットの変わりに戦うためか?」

「不明です。それらしきデータは損傷しています」

「………………」

 

 重要なことがまるでわからない。ヒスイは頭を抱えたくなるのを我慢した。

 

「お前の記録がないのは隕石による衝撃のせいか?」

『不明です。しかし、その可能性はあります』

 

 次のヒスイの問いには、少し違う答えが帰ってきた。ようは「よくわからない」というだけだが。

 ジェフが豊かなあごひげをなで、口を開いた。

 

「わかりそうなことから聞いていきましょう。お前さんは最新技術のリパルシブ技術が使われてるんだよな?」

「はい。武装として両前腕にリパルシブブラスターを、推進装置として両脚部と脇腹にリパルシブドライブを装備しています」

 

 リパルシブ技術とは、電力を斥力波に変換する技術のことだ。

 ブラスターは装甲やアンチプラズマバリアを無視して内部を衝撃や圧力により破壊できる武器で、ドライブは推進剤なしで飛行ができ、更には既存のプラズマスラスター以上のスピードが出せる。

 技術理論の発表は三年前のMC58年、兵器に装備されたのは59年にムーンフラワー社が開発したクレマチス2であり、そうお目にかかれるものではない。

 これまでの情報から、ジェフが考察をはじめた。

 

「とすると……

 どこかの組織が新兵器を製作して、そこをET社から逃げた部隊が襲い、

 その組織はヒュテラムを奪われないように無人航空機で逃した。

 ところが隕石で航空機は墜落し、

 追いかけて来た部隊は俺たちヒスイ運送が救助しようとしたところを見つけて、襲ってきた

 ……てところですかね?」

 

 考察を聞いたヒスイは筋は通っていると考えた。

 

「ヒュテラム、おまえはどうして俺たちを助けてくれたんだ?」

『私が起動してから最初に聞いた言葉はヒスイ、あなたの言葉です。そこに含まれる"救助"というワードは、私の行動理由に一致すると"感じました"』

「……?」

 

 ヒスイの質問へのヒュテラムからの返答は、ヒスイに違和感を覚えさせた。

 感じる──命令に従うのではなく、自分の意志で行動したというのか?

 

「で、どうします?ヒスイ社長」

「ん?あぁ……」

 

 ジェフの言葉が止まりかけたヒスイの思考を呼び戻した。この会社の社長として、判断を下さなければ。

 

「……次の月面都市ヘカテーに着いたら、ムーンフラワー社にヒュテラムのことを問い合わせる。MF社のものなら、届けてあげるべきだろう」

 

 この地域はムーンフラワー社の支配下だった。

 こんな高性能機をこの周辺で創れるのはそこだけだろうとヒスイは当たりを付けた。

 

「ヒュテラム、おまえもそれでいいな?」

『はい、問題ありません』

 

 ヒュテラムはわずかに頭を下に向けながら返事をした。

 ヒスイにはそれが、寂しさを感じているように見えたが──

 

(そんなわけ無いか)

 

 あくまで相手はAIだ。人間らしい受け答えも、あくまで機能の一つだろう。ヒスイがそう考えていると──。

 

「みなさ~ん、オヤツのドーナツはいかがですかー」

 

 調理員の二十代中盤の女性、リーナ・ベルが食事を持ってきた。揺れる金髪のポニーテールが特徴的だ。

 敵の襲撃という非常事態を切り抜け、休息をとるには甘味が一番だった。

 

「ああ、ありがとうございます」

「おお、俺ドーナツが好物なんだよ」

 

 ジェフの初耳の情報にヒスイはわずかに困惑した。ひげヅラには似合わなすぎる。

 

「え~と、ヒュテラムちゃん?あなたも食べる?」

 

 リーナがほほ笑みながら言う。冗談のつもりだったのだろうが───。

 

『では、いただきます』

 

 ヒュテラムの腹部の一部が開き、中から触手のようなアーム数本が伸びてきた。アームの先端が開いてドーナツをつかむと、そのまま腹部へと戻っていった。

 ドーナツに釣られて近づいてきたアルテが手に持ったドーナツを落とした。隣にいたザイルが慌ててキャッチする。

 

「わ、わぁー。お、おいしい?ヒュテラムちゃん」

『いいえ、私には味覚センサーはありません』

 

 リーナの言葉にヒュテラムが返答する。

 

「じゃあなんで食べ……取り込んだ?」

 

 ヒスイが狼狽しながら質問した。

 

『私の全身はマイクロマシンという細胞サイズの機械でできています。資源を取り込めば変換することで消耗したパーツを修復できます。先ほどはバイオ素材の修復のためにドーナツを取り込みました』

 

 LFにはバイオマス由来のパーツが使われることがある。小さなバッテリーや、ケーブルを覆うバイオマスプラスチックなどだ。

 だが、それより──

 

「自己修復できるのか?!そんな技術聞いたことねえぞ!」

 

 ザイルが叫んだ。LFに詳しい彼の常識からすれば信じられないことだろう。

 

(新技術……なのか?)

 

 ナノマシンやマイクロマシンによる人間の治療や免疫機能向上は実現されている。

 実際に目の前にあるのだから誰かが制作したのだろうが、LFの修復などヒスイは聞いたことがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る