一話 学習、開始(2)
瓦礫をアルテのクレマチスがどかしたところで、無人ロボットで輸送機の前部を探索していたジェフがおかしなことに気づいて全体に通信を送った。
「こちらエメラルド1。機内のほとんどを調べたが、人が一人もいない。死亡者すらいないんだ」
ジェフの声には困惑の色が混じっていた。
無人で月面航空機を飛ばすことは不可能ではないが、クラッキングやイレギュラーを警戒して人が乗り込むのが常識だ。人が乗っていないのはありえない。
「それに、コントロールルームが隕石で完全に破壊されている。本当に通信はつながっているのか?」
『こちらグリーンホエール、通常通信は繋がっています』
ジェフの確認にグリーンホエールのAIが返答する。
通信内容を聞いた人間全員が困惑と動揺を覚えた。
いるはずの人がいない。コントロールルームが壊れているのに通信が繋がっている。もっと積み込めるはずの格納庫にケース一つなのも妙だ。よく考えてみれば武装していない小型の月面航空機というのも。
説明が着かないわけではない。
目の前にある墜落した月面航空機は予備で、もう一つの無事な方に全員乗り込んだのかもしれない。通信が繋がっているのはどこかに無線機が置き忘れているのかもしれない。ケースは中身が空で回収する手間と時間を惜しんだだけかもしれない。
そう考えて、みんなを安心させようと──いや、自分を安心させようとヒスイが口を開こうとしたその時。
『十二時の方向からミサイル接近!ミサイル接近!十二時の方向から──』
「ミサイル迎撃モード起動!俺が迎撃する!」
グリーンホエールのAIがアラームと共に、警告を発する。ジェフがいち早く警告に反応し、対応を始めた。
ジェフの乗るLFクレマチスの動力炉、イータリアクターが急速に出力をあげ、オペレーションシステムが作業モードから戦闘モードに切り替わる。この立ち上がりの速さはクレマチスの優れた点だ。
頭部が変形し索敵を重視した形態になり、背部の二本のプラズマカノンがサブアームで支えられながら腋の下を通り、それぞれのメインアームがグリップを掴む。
襲い掛かる四本のクラスターミサイルは分裂を始め、それと同時にジェフの水色のクレマチスも迎撃を開始した。
無数の小型ミサイルにクレマチスのAIは照準を合わせ、プラズマカノンを連射していく。
発射、腕を動かす、発射、腕を動かす、発射、腕を動かす、発射、腕を動かす──。
黄色い光線がミサイルを打ち落としてゆき、ジェフ機のモニターに爆発の花が次々と咲いていく。大気が無いに等しい月面で爆音は轟かない。
最後のミサイルを破壊した瞬間、ジェフは右手に握ったレバーのボタンを操作し、機体を狙撃モードに切り替えた。
クレマチスのAIは、この状態からの射撃は命中しない可能性が高いと警告をモニターに表示したが、ジェフはそれを無視して爆発の向こうにわずかに見えたLFに自らの操作で照準を合わせた。
脅しもせずに高価なクラスターミサイルを撃つなど相当ヤバイ相手だ。ジェフはそう考えると同時にトリガーを引いた。
ミサイル迎撃時とは違う、一撃でLFを屠るプラズマの光線が敵に命中し──。
「なっ!?」
敵は全くの無傷。月の空に縦一文字の白いセンサーアイと紺色の大柄な姿を現した。
「まさか”バルドル”!?ET社の最新鋭機……」
自身のクレマチスを墜落した月面航空機の外へと動かしたアルテが叫んだ。
”バルドル”は”エッダテクノロジー社”の最新鋭LFであり、プラズマ兵器を遮断する特殊なエネルギーフィールドを持つ。
外見通りの厚い装甲は実弾への防御力も高く、一見鈍そうに見えるが機体の各部に取り付けられた小型プラズマスラスターにより瞬発力を補っている。
バルドルがその手に携えたレールガンをジェフのクレマチスに向け、発砲した。
ジェフは機体を操り電磁力により放たれた砲弾を躱したが──続いて現れた二機目のバルドルの射撃が右脚部を穿った。
二射目が右のプラズマカノンを破壊し、三射目は外れ、四射目が頭部を吹き飛ばした。
「やあぁぁぁ!!」
アルテが声をあげ、クレマチスのマシンガンを連射しながら空中の一機目のバルドルへと突撃する。
この攻撃でバルドルが撃破される可能性は低いが、武装やセンサー、推進器にヒットすればダメージになるだろう。
バルドル側もそう考えたのか、アルテ機から見て左側に機体を急加速させた。左手に射撃武器を持った相手なら、相手から見て左側に動けば腕の構造上、射撃精度が落ちる。エッダテクノロジー社のパイロット学校の基本だ。
「やっぱりそう来る……!」
その動きをアルテは読んでいた。
バルドルが動くと同時に赤のクレマチスはそちらに進路を変え、右手で背部の武器をつかんだ。
赤のクレマチスは脚部のプラズマスラスターを全開にしてバルドルに肉薄し、高周波ブレードで切りかかる。
ブレードから伝わる特殊な振動がバルドルの装甲を脆くし、腹部の奥のリアクターを刃が切り裂いた。
「とった……!」
バルドルは自らの動力炉から漏れ出した熱に溶かし尽くされて爆発し、アルテはもう一機のバルドルに目を向けた。
(あと一機。警戒されるだろうけど、一方的にやられはしない)
アルテはそう考えたところで、クレマチスのレーダーが示した情報に戦慄した。
バルドルが──さらに二機。合わせて三機の最新鋭LFと戦わなくてはならない。
「ジェフ、アルテ!今から送る座標に向かってくれ!グリーンホエールで回収し、離脱する!!」
ヒスイの焦りでうわずった声が通信から聞こえた。
この指示が正しいかは微妙なところだった。
ジェフのクレマチスは中破している。指定座標にたどり着く前に撃墜されかねない。
「だったら自分が突撃して──」
撹乱します、とアルテは提案をしようとして、
「え?」
一機のLFが墜落した航空機から出て来たのを目にした。
"それ"が自らを閉じ込めていた物を自ら開けて、初めて見たものは去っていく自分と同じ大きさの赤の巨人だった。
これまでの情報からそれが自分を"救助"してくれたと理解した"それ"は、機械の巨人に着いていくことにした。
そうしたらもう一体の水色の巨人が空中の紺色の巨人からの攻撃によって倒され、最初に見た巨人が紺色の巨人を攻撃するのを目撃した。
"それ"は外界からの刺激により様々なことを思い出しながら理解した。紺色の巨人は──敵であると。
自身も"救助"をしたいと考えた"それ"は、行動を始めた。
水色でY字のセンサーアイ、側頭部から後ろへ伸びた一対の角、前腕のヒレ状のパーツ、ダークグレーとライトグレーの流線型のデザイン──それが謎のLFの外見だった。
「あんなLF見たことない……」
アルテはつぶやいた。クレマチスのAIも対象をアンノウンと判定している。
煤色の巨人が月の空へと舞い上がる。
LFは人で言うところのふくらはぎや足裏にプラズマスラスターがあるのだが、そのLFにはそれらしい部位はなく、プラズマスラスターの噴射炎もなかった。
「まさかリパルシブドライブか?MF社の最新技術のはず……」
ヒスイの考察をよそに、事態は進んでいく。
謎のLFは右腕部のヒレをスライドさせて砲身をあらわにして、一番近いバルドルへと向け──白い捻れた光線を放った。
光線はバルドルのアンチプラズマバリアを素通りして腹部に命中し、機体を海老反るようにねじ曲げ、爆発四散させた。
謎のLFはさらに、残りのバルドルのうち一体に向けて左腕から白い光線を放つ。
撃たれたバルドルは巨体に似合わぬ俊敏性でそれを避けたが、追撃の右腕からの光線を受けて撃墜された。
勝ち目がないと悟ったのか、最後のバルドルがレールガンを発砲しながら後退しはじめた。
謎のLFは苦し紛れの牽制をジグザグな動きで回避しながら、驚異的なスピードで距離を詰め────両前腕部からの光線を放った。
最大出力の光線を受けた紺色の巨人は、全身の間接を不自然な方向に折り曲げられ爆発した。
謎のLFが出現してか一分もたたずに戦闘は終了した。
遥か遠く青い星を背景に、煤色の巨人が月の空に佇む。
「お前は……なんなんだ……?!」
ヒスイの呟きを繋がった通信越しに聞いた"それ"は、その言葉に応えた。
『私の名称はヒュテラムです』
男性のような合成音声が、グリーンホエールのコントロールルームに響いた。
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