【開かずのプレゼント】2
時間が経つのはどうしてこうも早いのだろうか……。
陽が傾きいつものように橙色の光が窓から零れ、机上の商品を照らしていた。
部屋の中が少し薄暗い。すっかりパズルに夢中になっていたらしく営業時間はとうに過ぎていた。
私は急いで外に出て看板を裏返しにする。
いくら暇と言ってもこれだけはやっておかなくてはならない。メリハリ……というよりかは夜に人来たら怖いじゃん?という意味合いのほうが強い。
店の看板を『close』に戻し戸締りを確認する。
部屋に戻りパズルに目を戻す。進捗は芳しくなかった。
思い返せば自分はこういうものは得意ではなかった。ぐしゃぐしゃになったルービックキューブは元に戻ることはなかったし、子供の頃に学校で少し流行った知恵の輪に手をつけることもなかった。
一言でいえば飽きっぽかったし、じっとしているのが性に合わない節もあった。
それでも、こうして店の閉店時間までこのパズルを続けることができたのは自分が成長したからだろうか?それとも自分の感覚が変わったからだろうか?
小学生の頃も今と同じで時間の経つのが早かった。笑いあったり、転んで泣いたり、感情の起伏に合わせるように時間が過ぎていったように思う。今でこそ、そんなことはなくなったが時間の流れはあの時のように早い。……それがいいことか悪い事かはわからないが少なくとも子供の頃のように褒められたことではないように思う。
椅子に座りなおし、どうしようかと考えた。このパズルを私が一日で解くのは不可能だろう。
しかし、明日には依頼人?であるギャルがここにくる。断って、謝ってしまえばいい話なのだが、あの客に謝るのは少し気分が悪いような気がした。
店のバックヤードに行き、私は一つの可能性にすがるように魔法のイヤリングを身に着けた。
答えがわからないならば本人に聞いてしまおうという考えだ。ちょっとズルいことかもしれないがルービックキューブにも正解がある。説明書に元に戻すための工程が書かれていた……気がするしそれと大差ないだろうから。
とりあえず、「こんにちは。」と何度か話しかける。
返事はないし、喉もかれてくる。依頼人のテンションからしてもそれほど重要ではないだろうし、夜を迎えれば眠くもなる。
そもそも、この真新しい箱が魔具である可能性は低いのだ。魔具というのは魔力がなくては生まれない。時間が経過するとともに人の魔力を無意識に吸ってなるというのが一般的であり、そうでなければ先天的な魔具となる。
つまり、意図的に魔具とされたものということになり製作者は魔術師だ。
そんなことがあるわけないだろう。
どうかしていたと諦め、イヤリングに手をかけたとき声が聞こえた。
「あきらめるの?」
私は目を見開き箱に目を戻す。
この部屋には魔具を置いていない。置いてしまうと私の声に反応して他の魔具が騒ぎ始めてしまうからだ。必然的にこの箱が魔具ということになる。
「あなた話せるの?」
「え、僕の声が聞こえるの?もしかして……ずっと僕に話しかけてた?」
小さい男の子のような声だった。
私が「そう。」と返事を返すと箱はとても申し訳なさそうにしていた。
「ええと、ごめんなさい。人が僕の言葉が聞こえるなんて思わなくって、その。」
「あ、いえ大丈夫です、大体そんな反応されるので。」
驚きのあまり言葉遣いを崩しそうになってしまった。魔具には丁寧に接しなければならないのに……。
でも良かった、本人であるならばパズルの正解を知っているだろうし、これでこの箱を開けることができそうだ。
私は事の顛末を話し答えを教え開けさせてくれないかと頼んだ。
返事はなかった。
「あの、聞いていますか?」
「……嫌です。」小声で確かにそう言った。
「え、でも貴方の中にあるプレゼントは送り主が彼女にあげたものですよね?このままじゃ……。」
「嫌なものは嫌なんです!僕は中のプレゼントを彼女に渡してはいけないんです!」
大声をあげる、その魔具には確かな意志が宿っている。それがこの魔具の使命であり想いなのだ。否定されたそれを受けたこの魔具からは確かな怒りが滲み出ている。
箱が震え、空間が振動した。
まずい!
なにが起こるかはわからないがとにかく危険な状況にあることは考えるまでもなく明らかだった。
なんとかしなくては、と慌てふためく。一歩も動くことはできないが頭は対抗する 手段を求め巡る思考は止まらない。『だめだ。』何も思いつかない。
どれだけ考えられる時間があるかはわからないが考えたとしてもこの魔具を止めるなんてことはできないだろう。いや……違う。
不意にある声が聞こえてきた気がした。多分これは記憶の声で本当に聞こえるものではないだろう。
そして、これだけ冷静になれたのはその声がどこまでも優しい色をしていたからだ。
『おや、どうしたんだい?そんなに泣いてしまって』
『だって、あの子が。』
『友達とけんかしたのか。』
『うん。』
『それは、悲しいよな。でも鼓乃美が悲しいならお友達も悲しいんじゃないのかい?』
『ううん。怒ってどっか行っちゃった。』
『本当にそうか?人の気持ちを色眼鏡で見て決めつけちゃいけないよ。泣いたり怒ったり、そんなときは決まって自分の都合のいいように考えてしまうもんだ。だから、相手とぶつかっちゃった時は自分が立ち止まって話を聞いてあげなくちゃならない。落ち着いて相手に寄り添ってあげるんだ。これはおじいちゃんの学んだことだよ。わかったら、ほら行ってきなさい。』
『うん。』
あのときは自分がなにを言われているかわからなかった。でも、流されるままに友達のところに行って謝ったら友達も謝ってくれて、なんで仲違いしたのかわからないくらいにあっさりと結末を迎えたことを覚えている。
でも、こんなとき走馬灯のように浮かんだこの記憶を思い出してそれがなんだかわかった気がする。
祖父の言っていたことが自分なりにだが、なんとなくわかった気がする。
私は自分を落ち着かせるために何度も深く呼吸を繰り返し目を閉じた。
『相手に寄り添う』形を自分なりに示した。できるだけ何も考えないようにし感情に飲まれず穏やかな水面のような心情。
答えることはなく、取り繕うこともせず、ただそこで待った。
どれくらい過ぎたかはわからない。数分かもしれないし、数秒かもしれない。ただ、先に言葉を出したのは魔具のほうだった。
「すみません……。」
目を開けた、箱は震えていないし何事もなかったかのように静かだ。
「いえ、私が無神経でした。貴方にとってはそれが大切なことなんですね。」
「……お姉さんが僕を開けようとして、でも諦めてやめようとしたとき、本当はすごく安心したんです。
僕を作ってくれた人が渡した人も毎晩挑戦していましたが、開けられずその度に僕はほっとしました。」
箱は語る。それは後ろめたさを隠すような話し方でこちらに対する罪悪感をごまかすようで、でも実は誰かに一番伝えたかったことなのだろうとも思った。
「僕が作られたとき、あの人はふたつの願いを僕に込めたんです。」
「ふたつの願い……聞かせてもらえますか?」
「うん、ひとつはさっきも言った開けられないこと、もうひとつは中身を相手に受け取ってもらうこと……です。」
私は天を仰いだ。天井が視界に映り、光源であるペンダントライトが眩しかった。
このふたつは考えるまでもなく矛盾している。要するに中身を渡したいが渡したくもないらしい。この箱の作者はいったい何を考えているんだ?わからない。
「おかしいですよね……今自分で話してやっと気がつきました。」
「そんなことは……。」私は天井から箱に急いで視線を戻した。
「ううん、わかったんです。僕も自分がどうしたいかわからないことが……。」
「……。」
「だから、お姉さんに聞きたいんです。僕はどうしたらいいのかを。」
「そっか。」
私は作者の気持ちを汲んで真摯に向き合おうと思った。
制作物を魔具にするほどの想い、確かに込められた想いは矛盾しているかもしれないがどちらも同じくらいの強い本音だろう。
箱の中には作者の伝えたいことが込められている。恋人への誕生日プレゼントであるのだから間違いない。
それは、日頃のありがとうかもしれないし、好きだという言葉かもしれない。わからないがそれこそ名前も書かずに下駄箱にいれたラブレターのような心情が詰まっているのだろう。
例え暴かれたくなくても、渡した勇気の後押しをすることが私の役目だ。
「開けましょう。貴方を作った主人と彼が込めたプレゼントのために」
「……うん!」
それから魔具は積極的に私を答えまで導いてくれる。
途中何度も見覚えのある形になったことからこの魔具は答えに辿り着かせないように人の思考か動きを奪う魔法を持っているのだと暫定した。
スムーズにパズルは解かれていき「次の一手、それでこのパズルは解かれます。」というところまで来た。
その言葉でそれまで流暢だった魔具の指示が止まる。
「では、ここまでにしておきましょうか。」私は手を止めパズルを置いた。
「え?でも。」
「やっぱり、プレゼントは渡された人が開けるべきですよね。」
「うん、そうだね!ありがとうお姉さん!じゃあ最後の一手を教えるね。」
私は最後の一手を魔具から教わった。
「これで、送り主に開けてもらえます。ありがとうございました。」
「……。」
それ以降、魔具が話すことはなかった。きっと元の道具に戻ったのだろう。
「そっか、ここまでが貴方の役目だったんですね。おつかれさま。」
私はイヤリングを外し、丁寧に入れ物に片づけた。
最後にこの魔具のことをノートに記しておこうと思う。
持ち主 依頼人であるギャル(製作者、送り主である彼氏)
魔具名称 プレゼントボックス(パズル)
魔具となった日 生まれたとき
扱う魔法 答えに辿り着かせないように人の動きを誘導する。
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