【レンズの曇ったアンティーク眼鏡】1

眼鏡とはレンズを用いて物をよく見るために使われるものである。

主に視力の低い人がそれを補うために使うものだと私は認識している。

その歴史は古く、気の遠くなるくらい昔に発明されたのだと人から聞いたことがある。(いつからなのかは記憶していない。)

今日に至ってはファションの一部として取り上げられ、小物として扱われることもしばしばあるが基本はそれである。

例に漏れず私も眼鏡をかけているが、これはファッションではなく実用的な意味合いのほうが大きい。

私は少しばかり目が悪くこの眼鏡にもそこそこの度数が入っている。

……もちろんデザインを気にしないわけではない。店の雰囲気を壊さないように且つ、私に似合うものを選んで使っているのだ。

 金のフレームに大きなレンズ、円形のリムは現代の品よりも二回りほど大きく顔の半分ほどが隠れてしまう。装飾はほぼ施されておらずシンプルなところが気に入っている。

……私の話をする場所ではなかった。とにかく、眼鏡というものはそういうものである。

生活の不便を打ち消し、人柄を現し、自分に少しだけの花を添える。

しかし、今回持ち込まれた眼鏡はその例に当てはまらなかった。

今から話すのはそんな眼鏡の話である。

本来の目的も自分の使命すら忘れ、それでも主を思うそんな魔具の話だ。


「あの、少しいいですか?」

少しだけ皺の入った中年の女性にそう問いかけられる。

彼女は今日、初めて入ってきたお客さんだ。扉のベルを鳴らし、遠慮がちに入ってくるのは誰でも同じである。大体の人はしばらく店内を見回し、去ってしまうので声をかけられるのは久しぶりのことだった。

「はい、なんでしょうか?」私はお気に入りの小説を閉じ、その女性と向き合った。

「実はこれを見ていただきたくて。」

買取だろうか?そう言うと彼女は小物入れ程度の箱からあるものを取り出した。

「眼鏡ですか。」

それは、ごてごてに装飾が施された。眼鏡だった。フレームが太く、テンプルの部分にはどこか文字にも似た文様が刻まれている。しかし、一番の特徴はレンズがはめ殺しではないことだろう。リムの上部分からレンズが外れる構造になっている。恐らく度数の違うレンズが何段階か用意されており、状況によってまたは視力の状態によって変更することをそうていしているのだろう。

「買い取りでしたらお時間をいただきたいのですがよろしいですか?」

「あ、いえ、そういうわけではないんです。」

そう言うと女性は申し訳なさそうにここに来た理由を話した。


「眼鏡のレンズの曇りがとれない……ですか?」

申し訳ないが、この人は来る場所を間違えていると思う。

メガネ屋さんに行って曇り止めを貰いに行くべきだろうし、それでもだめならばレンズを交換するとか、作ってもらうための段取りの話をするべきだと思う。うちにそれようのレンズの取り扱いはないし作ってもいない。

しかし、私も店主だ。持ち寄られたものに関して知らないで終わらせるわけにはいかない。

「失礼します。」

私は付けていた眼鏡を外し、その眼鏡をかけてみた。視界が真っ白に染まった。当たり前ではあるが曇っているので何も見えない。メガネ拭きを使い拭いてみるが変化はなかった。

「なるほど。」

「なにかわかりましたか?」

わかるわけがない。強いて言うならば彼女の言っていることが嘘ではないということだ。


「えっと、この眼鏡を見えるようにしたいということでよろしいですか?」

「あ、ええと。」そこで彼女は言い淀んだ。言えないというよりかは自分でもどうしていいかわからない。いや、どうしたいかわからないといったところだろう。

数十秒程度、悩んだ末に口を開いた。


「この眼鏡は先日亡くなった祖父のものでした。祖父は昔ながらのものをいつまでも大切にするような人で、この眼鏡も大昔に買ったものだと言っていたことを覚えています。読書が好きでたまに訪れると、細かい活字の本や新聞をこれを使って読んでいたことを覚えています……。だから、その時までは見えていたはずなんです。」

「はい。」とは言うが彼女の言いたいことの半分もわかってはいない気がする。

「祖父の死後、祖母がこの眼鏡に執着するようになりました。初めのほうは懐かしんでいるのかなくらいに思っていたのですが。眼鏡をかけて過ごしていることに気づき流石におかしいと思ったのです。なんというかボーっとしている時間が増えたと言うか……。たまに独り言のようなこともしていて。だから眼鏡を取り上げたんです。すると。」

「曇っていて何も見えなかったと。」

「はい。祖母は私に返せと怒鳴りました。」

私より歳を食った大人が泣き出しそうだった。「祖母はもっと優しい人だったのに」と続けた。

「取り上げた日から祖母の気力がだんだんとなくなっていることは明らかでした。本当にどうしたらいいか。」

「それでここに来たと。」

「はい。ネットで記事を見かけて、とても古いものでしたがもしかしたらと思いここに来ました。モノに宿る呪い、非現実的な現象を解決してくださるお店があると。お願いします祖母を助けてください。」


呪いとはいただけないが、「そういうことならば、協力しましょう。ただ、あまり期待はしないでください。眼鏡の方はこちらで一旦預からせていただきます。明日またいらしてください。」

建前としてそう言っておく。

「わかりました。どうかお願いします。」

女性は深々と頭を下げ、店を後にした。


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