第47話

 ユージは崖の上で発生した竜巻に目を奪われていた。頭上は、轟音と黒ずんだ土色の世界に埋めつくされていた。

 エンジェルたちはその竜巻に巻きこまれ、体勢を崩して墜落してきた。


 中でも、崖の中に三体のエンジェルが落下してきたのが見えた。エンジェルたちは崖の壁面にぶつかりながら、もがきつつ、下へ下へと落ちてきた。

 それから最後にエンジェルたちは谷底に叩きつけられた。


 ユージはそんなエンジェルたちを見て、半ば呆然としていた。

 そこでレイカは、

「動きなさい! もうはじまっているんだから」

 と言って、大剣を持つ一体のエンジェルへと向かっていった。そのエンジェルは、竜巻と落下のダメージでぼろぼろになっており、岸壁にもたれて、なんとか大剣を持ち上げているような状態だった。

 レイカは容赦なく青い刃を突きだすと、そのエンジェルの胸を深く貫いた。


 ――しかし、それとは別の、槍を手にしたエンジェルが、レイカの背後に迫っていた。ユージはそれに気づき駆けだした。


 エンジェルはレイカの背中に槍を突きだす。

 そこで、なんとかユージは間に合い、エンジェルの横腹に蹴りを入れ、相手をよろめかせた。



 ユージの前方には、槍を持ったエンジェルが身構えている。ユージは体勢を低くし、素早くエンジェルの懐に入ると、そのエンジェルの胸に電磁ナイフを突きこんだ。

 ジリジリと金属や配線を断ち切る音がし、手に振動が伝わってくる。

 エンジェルは不気味なうなり声を上げて、痙攣けいれんしはじめ、やがて崩れ落ちるように前につんのめって倒れた。


 背後からレイカの声がした。

「助かった。ありがとう。わたしとしたことが……」

「いや、当然だ。仲間だろ?」

 すると、レイカは少し意外そうな表情をしてから、少し笑ったように見えた。

「うん。そうね。仲間、ね……」



 次に、ユージは最後の一体に目をやった。

 そのエンジェルは斧を持っていた。また、落下の衝撃によるものか左手がちぎれていた。

 ユージはそいつに向かって、地面を蹴って近づいていった。

 エンジェルは残された右手で斧を大きくふるうが、ユージはその攻撃を電磁ナイフではじく。

 そして、さらに間合いを詰めて、そいつの腹に電磁ナイフをすべらせた。


 ――そこでふと、ユージはあることを閃いて、手を止めた。




   *   *




 レイカはオートカメラを回収してから、岩壁にはりつけにされている、エンジェルの姿を見た。


 ――それは先刻のことだった。

 ユージは、『こいつを、尋問する。ヨッド、エンジェルたちのことを、もっと知るべきだ』などと言いだすやいなや、シンヤが持ってきたロープを使い、周囲の岩場に打ちこんだフックでロープ固定し、エンジェルを縛りつけていった。


 手脚や体を縛られたエンジェルは、傷だらけだった。それに左腕も欠損している。

 エンジェルの白い顔の眼窩には、赤い光が恨みがましく灯っていた。


 レイカの周囲には、ユージとミオ、ユキナとシンヤがいる。

 レイカはあらためてエンジェルの哀れな姿を見て、戦慄を覚えた。

 ――ヘヴン・クラウドの中で、もっとも恐れられる存在のひとつであるエンジェルを、このように拘束しているのは、不気味であり、不安もあった。


「レイカさん。どうすんですか、コレ……」

 とはシンヤだ。それにレイカは答えた。

「どうもこうも。尋問するみたいね」

「やばいこと考えますね……。だいたい、会話が成立するんですか?」

「さあ、わからない」


 少し離れたところで、ユージとミオが壁にもたれて、なにかを話していた。そうだ、いつもユージとミオは、静かな様子で話をしている。そうしてユージはミオを励まし、守っている。


 レイカはふと『守るべきものが、いつもとなりにいるというのは、どういう気持ちなんだろう』と考えた。

 弟のヒロキは、現実世界のベッドにはりつけられ、徐々に命をむしばまれている。また、それを救えるのは自分だけだという気がする。しかし、現実世界ははるか遠くにあるようにも思える。

 ヒロキを救うために、自分はいったいなにをしているのだろうか、と。

 得点ルクスのために残虐な戦いを配信することが、本当にそこに至る道なのだろうか?

 考えるほどに、わからなくなってくる。


 そのときふと、ミオと目があった。

 ミオはおずおずとした様子で歩み寄ってきた。やがてレイカの眼の前までくると、ミオは言った。

「……あの。ありがとうございました。……おかげで、今回もなんとか、助かったみたいです」

 レイカは、その急な告白にいささか面食らいながらも答えた。

「いえ。お礼を言うべきは、わたしの方かもしれない。あんな、エンジェルみたいな大物を、こんなに続けて狩ることができたのだから。――それは、きみたちのおかげね。自分で、あの白暁の森でこつこつとやっていたら、それこそ、何年もかかったでしょう。――でもこれで、もしかしたら、得点ルクスが五十万に達したかもしれない。……もっとも、配信を終えたばかりだから、確定するまでもう少しかかるだろうけど」

「え、ついに、目標の得点ルクスに……」

 レイカは大きくうなずいて、

「そうよ。主天使階層ドミニオンクラスに。上級市民になれるかもしれない」

 すると、ミオは瞳を輝かせて、うれしそうに言った。

「よかった。レイカさんの目標がはたせそうで……!」

「いえ。きみこそきっとユージに、安全な都市へ連れていってもらえるでしょうね」

「ええ。……ほんとうに、ありがとうございました」

 そう言って頭を下げ、ミオはユージの方へと戻っていった。



「けなげですねー」

 とは、少し離れていたシンヤの言葉だ。

「そうね……」

 と、レイカは言いよどむ。

「どうしました?」

「いえ。これで、よかったのかな、なんて……」

「どういうことですか?」

「いえ。わたしは、エンジェルを狩って得点ルクスを得るために、ミオたちを利用してきたのかな、って」

 シンヤはため息まじりに首を横に振って、

「いあー。いやそれは、協力関係? でいいんじゃないですかね。ミオだって、助かったと思いますよ。だからそんなタイトに考えなくていいんじゃないですかね? ッたく。レイカさんは、ときどき、マジメすぎて、心配になりますよ」

「そうかな? わからない……」

 そう言うレイカは、妙な罪悪感が拭えなかった。ミオが素直であるほど、自分は、そんなゴーストの少女の弱みにつけこんで、踏み台にしてきたのではないかと。そう思えてならなかった。


「そんな顔しなくていいですよ」

 と、シンヤは続ける。

「みんな、目的をはたせれば、なんの問題もないですよ。あんだけエンジェルをやったんだから、たんまり稼げたでしょう。とはいえ、おれは、上級市民には、足りなさそうですが。なにせ、あと二十万ルクス必要なもんで……。でも、レイカさんは、いけるんじゃないですかねー」

「そうかもね」

「そうですよ。崖の下でも、結構倒したんですよね?」

「ええ。下で二体は倒したから。そして、残りが、こいつ」

 そこでレイカは、岩壁へ磔にされているエンジェルを見た。

 すると、シンヤは意外そうに言った。

「ん? 崖には、四体が落ちていきましたけど。……いや、乱戦だったから、わかりませんけどね」

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