第45話
ユージは谷底で岩壁に寄りかかり、ミオとレイカを目の端にとらえていた。
レイカは地面に腰を下ろし、なにかを思案するように前方をぼんやりと見ていた。
ミオは不安そうに、岩の天幕の隙間から、夜空を見上げていた。
そんなミオにユージは声をかけた。
「エンジェルが襲ってきたり、危険な状況になったら、自分の身を守るんだぞ」
すると、ミオはうなずいた。
「そうだね。わかってる……」
「そういえば、ミオにもあつかえるような武器があるとよかったかな」
「ううん、わたしはいいの。そういうの苦手だし、かえって、危ない気がするから……」
「そうか」
「うん。お兄ちゃんの近くで、できるだけ邪魔にならないようにしてるよ。それがいいかな。それに、レイカさんや、シンヤさんも一緒だし」
そこで、レイカが言った。
「わたしはきみたちを、できる範囲では助けるけど、ペナルティを負うわけにはいかない。わたしも、命を背負っているから」
ミオははっとした様子で、
「すみません……。わかってます。一緒にいてくれるのは、わたしを狙ってくる、エンジェルを倒すため、ですよね」
そのときのことだ。
ミオはなにかに気づいたように、肩を震わせた。そして、弾かれるように再び夜空を見上げた。目は大きく見開かれている。
「ああ……。くる……」
その言葉に、ユージは頭上の崖の上に声を上げた。
「シンヤー! 気をつけろ! 無理せず、こっちに降りてくるんだぞ!」
その声とともにレイカは左手を跳ね上げると、銀色のオートカメラを宙にはなった。そして、右手を眼前にかざすと、人差し指にはまった指輪が光り、刀が現れた。
* *
シンヤは崖の下からのユージの声を耳にすると、夜空に顔を向けた。すると、夜空の一角に、闇を凝縮したような空間のひずみが現れた。また、そのひずみは、無数にあった。
ユージは『無理せず降りてこい』などと言っていたが、しかし、シンヤは本気で応戦するつもりだった。
空中の黒いひずみが消えるやいなや、そこに黒いローブとフードに体を隠した、エンジェルの姿が現れた。
エンジェルはやはり十体いた。
いずれもさまざまな武器をもち、黒い翼をはばたかせていた。
するとエンジェルたちは、シンヤを取り囲むように、空中を旋回しはじめた。
シンヤは手の中のオートカメラを宙に飛ばすと、
「約束は守るぜー。なあ、ヒロキ」
そうつぶやいて、剣を右手に構えた。
さらに崖の下からユージの声がした。
「そいつらは手強いぞ! グロウバレーでは、ユキナもやられた! いったん合流しよう。降りてくるんだ!」
次に、レイカの声がした。
「降りてきなさい! もう十分だから! きみでは太刀打ちできない!」
その声を聞いたシンヤは、「言ってくれるじゃねえの」とつぶやいた。
レイカたちを守るためにも、少しでもエンジェルたちにダメージを与えておきたかった。それに、倒すことができれば、その分、自分にも
夜空にはエンジェルたちが、重々しい音をたてて、翼を羽ばたかせ、群れをなして旋回している。
そのとき、五体のエンジェルが高度を下げ、シンヤの方に向かってきた。
二体は剣を。その他は槍と斧をそれぞれ持っている。
はじめに、槍のエンジェルが空から突いてきた。
シンヤはぎこちない剣さばきで槍を受けたが、体勢を崩して倒れこむ。
そこに剣のエンジェルが襲いかかる。
シンヤは転がってなんとか剣をよけるが、自分の剣が手から落ち、見うしなってしまった。
さらに少し離れたところに斧のエンジェルが着地し、迫ってこようとしている。
崖の下に続くロープは離れたところにあり、すぐには辿りつけそうにない。
羽ばたきの音が騒々しくなる。――見上げると、ほとんどすべてのエンジェルたちが、シンヤを目指して降下してきていた。
崖の下から、再びユージの声がした。
「どうなってるんだー? 交戦しているのか?」
シンヤにはそれに答える余裕はなかった。
地上には三体のエンジェルが迫り、空中にも、ざっと見たところ、残りのエンジェルが武器を手に舞い降りてきている。
シンヤは引きつった顔で言った。
「うわッ、やべえな。こりゃ」
* *
ユキナは自室で、ディスプレイに映るシンヤの配信を見ていた。
「あかんやろこれ! シンヤ、なにやっとんの⁉」
そう言ってユキナはこぶしを握り、空中でやるせなく震わせた。加勢に行こうにも、アバターの修復まで、もう少しというところだ。
シンヤの姿は、襲いかかるエンジェルの姿に取り囲まれ、ほとんど見えなくなった。
さながら、飢えたカラスの群れに襲われる、死にかけた小動物かなにかのようだった。
「あー、もうあかん! よう見てられへん!」
そのときのことだった。
エンジェルに囲まれているであろう、シンヤの声が響いてきた。
「風よーーッ!」
数秒の間があって、異変が起こった。
はじめに、風の音が強くなり、小石や砂が舞い上がりはじめた。エンジェルたちが立ち止まり、動揺するように周囲に顔を向けた。
さらに風の音が強くなった。薄茶色の渦が、シンヤがいるあたりを取り囲みはじめた。
エンジェルたちは顔を腕でかばい、翼を折りたたみ、黒いローブをはためかせ、狼狽している。
空中にいたエンジェルたちも、明らかに飛び方がおかしくなっている。
そのうち、オートカメラの映像自体もぶれはじめた。
やがて轟音とともに、大きな竜巻があたりを埋めつくした。
そして、それだけではなかった。
映像をよく見ると、竜巻に巻き上げられた砂の中に、岩の欠片のようなものが混じっていた。また、それらの欠片はものによっては鋭い断面となっていた。
そう、竜巻には、無数の砕かれた岩の欠片が混じっているようだった。
空を飛んでいたエンジェルは、竜巻から逃げようとするのだが、その岩のつぶてに羽を傷つけられ、体勢を崩して落ちていった。また、ローブは引き裂かれ、白い機械じみた骸骨のような顔や体にも、無数に傷つけられていた。
オートカメラはさらに距離をとったようで、映像が再び安定してきた。
エンジェルたちは地面に落ち、一部は崖の中に落ちていった。
薄らいでゆく竜巻の中心には、体じゅうに傷を負ったシンヤが、左手を突き上げている姿があった。次第に竜巻は消えていった。
ユキナは大声を上げた。
「やるやんー! 竜巻! あの、はじめて出会うたときやられたやつや! なんや、エグいもんも仕込まれとったけど……」
竜巻により、数体のエンジェルが岩場に倒れ込んでいた。
特に空中にいたエンジェルは、墜落して地面に叩きつけられたせいもあってか、ダメージが深刻なようだった。
中でも、二体のエンジェルはぴくりとも動かなくなっていた。
しかし、まだ戦えそうなエンジェルもいた。
立ち上がったエンジェルは傷ついた体をもたげ、剣を持ってシンヤに迫ろうとしていた。
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