第43話

 ユキナは白いTシャツと短パンという格好で自室の椅子に座り、机の上のディスプレイを眺めていた。

 ディスプレイには、自身のアバターの修復状況が表示されている。



 背部の損傷があります。

 修復まであと一六四分がかかります。



 ユキナは立ち上がり、背後にいる黒いロボット――ムサシへと振り返った。

「まだ二時間以上かかるみたいや!」

「そうですね」

 とムサシは言った。

「完全にやられて、ペナルティを負うよりは、ましでしたよ。むしろ、よくそれですみましたよ」

「まあ、そうかもしれへんけどな。この間に、ミオたちが襲われたら! エンジェルたちに対抗できへん!」

「なぜ、ユキナがそんなに焦るんですか?」

「なぜって。……あたり前やん。ミオはゴーストやから、死んでもうたら、もう、復活できへんの! それくらいしっとるやろ!」

「はあ、そうですね。ええ……。私が言いたいのは、なぜミオを助けるんですか? ということなのですが」

「ん? せやから、ゴーストやからって。……なんべん言わすねん」

 そう言ってユキナはキッチンの方へ向かった。ムサシの横を通るとき、つっこみをいれるように、トンと小突いた。

 ムサシはまばたきをして、「ミオさんたちが、無事であることを祈っていますよ」と言った。

 ユキナは、にっと笑ってから、冷蔵庫を開けてバナナを取り出した。



「もうすぐ、上級市民になれそうですね。この調子なら」

 と、ムサシが言った。

 ユキナはバナナの皮を生ゴミの袋に放り、口元を拭ってから答えた。

「ん、せやな。ついに」

「それで、上級市民になったら、どうするんですか?」

 ユキナはしばし考えてから、

「それやけど。まずは、四大都市の、星海都市……スターレインがあるやん」

「ええ」

「スターレインは、スポーツが盛んなんやて。あそこに、道場を建てたるわ。まずは」

「なるほど」

「それから、現実の道場の宣伝もしてなァ。ヘヴン・クラウドを楽しむには肉体の健康も重要です、なんて言うてなァ」

「いいですね」

「せやろ。広まるとええ。そうしたら……」

 そのとき、ユキナはふいに言葉につまった。

 ムサシは心配そうに言った。

「どうしました?」

 すると、ユキナは机に置かれたフォトスタンドの方に近づいていった。

 机の前にくるとフォトスタンドを手にとった。

 父や同門生たちの写真が切り替わってゆく。――ユキナは父の写真が表示されたときに、画面に触れた。

 写真の父は道着をきて、剛毅そうな笑顔で腕組みをしている。

 写真は十年近く前のものだ。晩年に比べて、少し若く見える。

 オールバックの髪は黒々とし、顔は血色がよい。

 ユキナは写真に向かって言った。

「こないな時代やからこそ、己円流を世界に広めるんや。そう言うてたね。それでええの? それだけ、考えとけば……。ヘヴン・クラウドに道場建てて、流派を広めれば……。幹部たちも戻ってきて、昔みたいに、ようなるやんな?」

 ユキナはふいに、涙が込み上げてくるのを感じた。

「大丈夫ですか?」

 ムサシが言った。ユキナは涙を手の甲で拭いた。

「うん。……目標が遠いうちは、なんも考えんと、がむしゃらやったなァ。でも、いざ、もうちょいやと思うとなァ。その先が不安で……」

「そうですねえ。ヘヴン・クラウドを楽しむために肉体の健康を維持管理する、という訴求は効果的だと思いますよ」

「はァ。そういうことやのうて……。いや、そういうこと? もうわからんわ」

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