第41話

 ヘヴン間の転移がはじまると、ユージは自身の体から重力が消えてゆくのを感じた。それと同時に、体中が細かな振動に包まれていった。

 暗闇の中を無数の光が飛び交い、流れてゆく。甲高い耳鳴りが大きくなる。そして、巨大な光の渦が近づいてきた。


 やがて転移が終わったらしく、振動がおさまったころ、ユージは周囲を見渡した。

 そこは、見渡すかぎり赤茶けた大地が広がる、荒々しい景観の峡谷だった。また、背後には急峻な岩山が連なっており、そこがこのヘヴンの端であることを物語っていた。


 ――そこは『デッドキャニオン』というヘヴンだった。


 頭上の太陽はヘヴンに訪れた者を追い詰めるかのように、絶え間ない陽射しを注いでくる。風も流れているが、砂のまじった乾いた熱風であり、肌がドライヤーであぶられる心地がした。

 やがてとなりに、ミオが現れた。

「やっときたな。よかったよ。無事なようで」

 と、ユージはミオに歩み寄った。

 ミオは目を細めて、

「まぶしい……」

「そうだな。ずっと夜の街だったからな」

 そこでミオは心配そうな表情をした。

「レイカさんや、ユキナさんは?」

「わからない。そうだ、この、デッドキャニオンに飛んだことをメッセージしておくよ。……彼女たちが、さっきの状況から、どうなったかわからないけど」


 ユージはそう言ってから、メッセンジャー用のメニューを開いた。宛先には、レイカとユキナに加え、シンヤも入れた。――シンヤは現実世界にいたが、もし気づけば、助けにきてくれるだろう。

「お兄ちゃん」

 と、ミオの声がした。渓谷に満ちた風の音に、かき消えてしまいそうな声だった。

「二人きりになっちゃったね」

「まあな。はじめは、二人きりだったな」

「うん」

「不安か? すぐに、エンジェルたちが、くるかもしれないし」

 そう言って、ユージは空を見上げた。いまのところは、エンジェルの影は見えない。ただ、ギラギラとした太陽と、青い空と、薄くたなびく雲が見える。

 ミオは続けた。

「どうだろ。でも、怖くないよ。お兄ちゃんが、助けてくれるから」

「おれは、無敵じゃないけどな。負けるときだってあるかもしれない」

「いいの……」

「なにが、いいんだ?」

「お兄ちゃんに守られながら、死んでしまうなら。……それって、幸せかな、なんて」

 ミオは寂しそうに笑いながら、そう言った。

「やめろよ。おまえは、安全なところに行って、暮らしていくんだ」

 いささか強い語調でそう言うと、ミオは顔をうつむけた。

「ごめん……。疲れたのかも。少し」

 ユージはなにも言えず、しばらくミオの姿を見ていた。足元の砂岩質の地面に、ミオの濃い影が落ちていた。なにかが焼けた焦げた跡のようだった。


 そこでユージは我に返って、

「そうだ。まずは……。みんなを待ちながら、身を隠す場所を探そう。エンジェルを、ここで迎え撃たないといけないはずだ」

「あんなにたくさんのエンジェルを?」

「できれば、危険な橋はわたりたくないが、こうなったら仕方がないな……。それに、なんとか乗り切れば、たぶん得点ルクスがたまって、上級市民になれる。そうすれば、四大都市に住む権利を得られるんだ」


 ユージは顔を上げて、峡谷を見渡した。

 エントリーゾーンに沿って、円を描くように岩山が連なり、その内側に広大な乾いた峡谷がひしめいていた。

 様々な大きさな岩山が点在し、黒いクレバスが荒々しい口を開けている。それに、洞穴なども見えた。

 どうやら、隠れる場所はありそうだった。エンジェルを迎え撃つための拠点を作るとしたら、いざというときのために、エントリーゾーンから近い場所がよいだろう。

 ユージは緩やかな斜面を降りていった。その先には岩壁に挟まれた、入り組んだ谷があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る