第40話

 ユージがエンジェルの群れを目にしたのは、グロウバレーに戻ってきたすぐあとだった。

 グロウバレーの外れにあるエントリーゾーンから、仲間が集まっている噴水広場の方に向かっているとき、人々のざわめく声が聞こえた。

 通りのそこかしこで、人々は夜空を見上げて騒ぎたてていたのだ。

 ユージが空を見ると、エンジェルの黒い影が、十体ばかりの群れをなして飛んでいた。月光と街の光に照らされ、エンジェルたちの姿が黒光りしていた。また、バサバサとはためく黒いローブの隙間からは、白い骨格や、手に持った武器が見えた。背中にはカラスのそれのような、黒い翼が見えた。

 また、エンジェルたちはときおり旋回し、高度を落とし、なにかを探すように眼下を執拗にめつけていた。


「おい、あれ、エンジェルじゃねえか?」

 と、ある男が空を指をさして声を張り上げた。

 エンジェルは人間のアバターには、よほどのことがなければ手を出さない。だから、その男の声には、どこか面白がるような気配があった。

 一方で、ちらほらといるAIやゴーストについては、肩をすくめたり、建物の中に隠れたりしていた。まるで、猛禽類に追われる小動物のようだった。

 そのとき、三体のエンジェルが急に、ある地点へと降りていった。そこは、ミオたちがいるはずの噴水広場だった。ユージは頭に血が駆け上がるのを感じ、走り出すと、思わずつぶやいた。

「冗談じゃない。なんだあのエンジェルの群れは!」


   *   *


 レイカは噴水のへりに座って、少し離れたベンチに座っているミオを見ていた。また、ユキナがミオの後方にいた。

 そのとき、やにわに周囲がざわめきはじめた。そこで、ある青いブラウスを着た女性が空を指差した。

 つられて空を見上げたレイカは、エンジェルの群れを見た。また、よりによって三体のエンジェルが、レイカたちの方へ降下してきていた。

「え、なんなの? あれは……。うそでしょ……」

 レイカは立ち上がって、右手の中に刀を生成した。

 エンジェルのうち一体は槍を持っており、残りは剣と斧をそれぞれ持っていた。

 ミオはベンチから降りたが、そのまま、腰を抜かすように屈みこんでしまった。

「逃げなさいッ!」

 とレイカは叫ぶが、それを遮るように槍を持ったエンジェルがミオに向かって落ちてゆく。レイカがかばおうにも距離がある。エンジェルは水中の魚を狙う漁師のように、白い槍をミオへ向かって振り下ろそうとしている。


 ――――そのときユキナが駆けてきた。


「させへんでーッ!」

 そう叫び声を上げ、ユキナは薙刀をふるって、エンジェルの槍を弾いた。しかし、次に剣を持ったエンジェルがユキナの背後に降下し、着地と同時にユキナの背中を斬った。

 ユキナはうめき声を上げ、地面に膝をついた。さらにエンジェルが追撃とばかりに剣を振りあげたとき、レイカがやっと追いついた。

 レイカは走る勢いのまま、エンジェルの剣を弾き、槍を持ったエンジェルも視界に入れるようにし、刀を立てて八相に構えた。


 さらに、三体目の斧を持ったエンジェルが頭上に迫っていた。レイカはユキナの顔を見たが、まだ顔を引きつらせて苦しそうにしている。ミオは恐怖のためかうずくまっている。

 レイカは自身の不運に辟易とし、内心で毒づいた。

 (エンジェルを、ひとりで三体も相手にするなんて!)

 地上の二体と空中の一体。どう立ち回っても、対抗するすべはないように思われた。


 そのとき、誰かが駆け寄ってくる気配を感じた。


 ――それはユージだった。ユージはレイカのとなりにやってくると、


「すまない。待たせてしまって」

 レイカは刀を強く握りなおし、答えた。

「なにやってたの? それにしても、まったく、きょうは、ろくでもない日ね……」

 レイカは再び頭上を見た。斧を持ったエンジェルは、ユージが参戦したことを警戒してか、いちど旋回して様子を見出した。

 しかしそれとは別に、異変に気づいたほかのエンジェルたちが、降下してくる気配を見せた。


「いったん逃げよう。グロウバレーを離れよう! このままじゃだめだッ!」

 とユージの声がした。

「そうね、そうしましょう」

 とレイカが答えると、ユージはうなずいてミオの手を掴み、駆けだした。

 レイカは、傷をおったユキナの脇を抱え、ささえるように走りだした。



   *   *



 ユージはミオの手をひき、ひたすら走り続けた。人混みの大通りを。裏通りを。市場の中を。空き地を。

 人々の悲鳴や歓声がそこらじゅうから聞こえた。いよいよエンジェルが追いついてきて、頭上や周囲に黒い影のようなエンジェルの気配が集まっていた。

 頭上には低い羽ばたきの音。立ちふさがるエンジェルをすり抜け、攻撃を電磁ナイフで弾き、ユージは風となって駆け抜けてゆく。

 やがて、視界の端に『エントリーゾーンに入りました』と表示された。

「ミオ、聞いているか? 転移するぞ!」

 ミオの返事も待たず、ユージは転移用のメニューを開いた。

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