第34話

 扉を抜けると、こんどは夜の港の情景が広がっていた。

 ユージは港にそった石畳の歩道にいた。海の方に目を向けると、眼前には白い手すりがあり、その向こうに黒い水面が広がり、水平線に続いていた。港の潮の匂いがただよっている。夜の湿った海風が肌にまつわってくる。

 扉の中からユキナが現れて、周囲を見渡した。

「ここは? どういう場所なん?」

 と尋ねるユキナに、ユージは答えた。

「ここは、エンジェルに襲われた、港町だ」

「え? エンジェルに襲われた?」

「そうだ。白暁の森にくる直前に、ここでおれは、エンジェルと戦った。急に襲ってきたんだ」

「なんやて……。そういや言うとったね。そんなこと……」

「だから、ここに長くいない方がいい」

「ところで、ミオは? マップはどうなん?」

「いや……」

 とユージは口ごもった。

 マップを見る必要はなかった。街灯に照らされる石畳の先に、ひとりの少女の影が――ミオが立っていたからだ。

 ユキナも気づいたようで、

「あ、あそこに……」

「ああ。行ってみよう」


 ミオのつややかな髪が街灯の光に照らされ、まるで濡れたように輝いていた。

「ミオ! 大丈夫か? どうしたんだ、いったい――」

 ユージは近づきながら話しかけるが、ミオは黙ってうつむいていた。ユージはミオの目の前まで行って、ミオの肩に手を置いた。

「なあ、ミオ。おれだよ。おれのことがわかるか?」

 しかし、ミオは呆然として、遠い景色を見るかのような目をしていた。

「ミオ! しっかりするんだ!」

 ユージがミオの肩を揺さぶると、ユキナがユージの手を掴んできた。

「ちょ、いったん、やめえ。ミオの様子が変やろ」

 ユージはミオから手を離すと、

「くそッ。どうなってるんだ。なぜ……」

 すると、ミオは口を動かしたように見えた。

「どうした? なにか言っているのか?」

 こんどは、たしかにこう言った。

「もっと、先に……。ある。あのときに……」

「なんだって?」

「先に……」

「ミオ。おまえは、なにかを探しているのか?」

「なぜ? わたしは……」

 そのとき、ふいにミオの目が輝きを取り戻して、ユージの顔を見た。

「お兄ちゃん。わたしは、なぜゴーストになったの? わたしは、なぜ死んだの?」

 ユージはどきりとして、体を硬直させた。ミオが自動車事故で死んでしまい、ゴーストになったことは、記憶から消したはずだ。

 いや、だからこそ、その真実を探しているのかもしれない。

 すると、ミオの瞳は再び死者のようになり、焦点をうしなった。

「なぜ……。どうして……」


 そこでユキナが言った。

「あかんな。このまま、延々と放浪しとるのは、危険やと思う。それに、この港でも、エンジェルに襲われたんやろ? やとしたら、ユージ。じぶんが言うてやったらどうや。真実を。それを探しとるんなら」

 そのとき、ユージは遠い街灯の上に、異変を見た。

 夜の闇が中空の一点に凝固したようだった。そこに青黒い稲妻が走った。そのすぐあとに、歪んだ空間の中から、黒いマントの裾が見えた。

 ユージは電磁ナイフをホルダーから外し、起動した。振動とともに青い刃が生まれた。

 ミオは亡霊のように立ちつくしていた。

 ユージは心臓が高鳴るのを感じながら、ミオに言った。

「ミオ。よく聞くんだ。おまえは……」


 エンジェルは暗い夜空に姿を現し、波打った白い長剣を右手に掲げ、石畳へと着地した。

 ユージは続けた。

「おまえは、自動車に轢かれて死んだんだ。事故だった。――そして、おまえはゴーストになった。 ……ミオ、すまない」

 ミオはうつむき加減になり、無表情のまま固まっていた。なにも聞こえていないのかもしれない。

 ――しかし、ユージはミオの目に光があふれ、光の筋が頬に伝うのが見えた。ミオは仮面のような無表情な顔のままで、涙を流していた。

 ミオが顔を上げると、その目の前に、白い扉が現れた。――ミオは足を踏み出すと、その扉の中に入っていった。


 エンジェルが石畳を歩き、近づいてきていた。ユキナはそれを指して、

「早う、行くなら行くで! こっちにきとる!」

 ユージはそれに答えた。

「わかってる。進もう」

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