第33話

 ユージは噴水広場の扉をくぐり、再び真っ白な空間に続く通路を進んで行った。

 通路の終わりまできて、出口の扉を押し開くと、こんどは先ほどの夜の街並みとはまったく異なった情景に遭遇した。そこは、暗く深い森の中だった。

 急に暗い場所にやってきて、はじめは周囲の様子がわからなかった。しかし、しばらく目を慣らしていくと、ぼうとした月明かりの中に、黒い森の木々の姿が見えてきた。

 あとからやってきたユキナはあきれたように、

「え、ここって、白暁はくぎょうの森とちゃう?」

「そうみたいだな……。夢の世界だからか、ミオの記憶が、順番につながっているのかもしれない」

「記憶って。どこに行き着くんやろ」

「わからない。さて、ミオはこの先みたいだな」


 ユージは森の中を歩いていった。周囲の木々は、ユージが記憶している白暁の森のそれより、巨大で鬱蒼うっそうとしていた。

 暗闇が恐ろしくもあったが、電磁ナイフのエネルギーを節約するため、月明かりのみを頼りに進んでいった。

 マップ上の矢印に向かって歩いていくと、やがてオレンジ色の灯りが見えた。すると、ユキナが言った。

「あれ、あたしの基地やない?」

 たしかにそこには、バリケードに囲まれた大きなテントがあり、脇に掲げられたオレンジ色のランプによって、周囲が照らされていた。

「いろいろ、再現されとるなァ。――ところで、ちょっと、いやなこと言うていい?」

 ユージは答えた。

「ああ……。おれも、同じことを考えていると思う」

「これだけ再現されとって、エンジェルがおらへん、ってこと、あるんかいなァ……」

 そのとき、ユージは寒気を覚え、なかば本能的に電磁ナイフを抜いた。夜の森から、唐突になにかが襲いかかってくる感覚がしたのだ。

 ついで、右方から風を斬る音がした。

 とっさに飛び退くと、ユージの頭上にあった大きな枝が切断され、地面に落ちた。

 その暗闇の先に、黒いマントをまとった、巨大な影があった。マントの中には、白い骸骨のような顔と骨格が見える。――エンジェルは鎌のような両手をマントの中にしまい、闇の中に溶けていった。

 ユキナの叫び声がする。

「あかんー! 最悪やー!」

「ああ。こんなところで消耗するわけにはいかないな……」

「どないすんねん」

「ミオを追いながら、逃げよう。どうやらテントの方に、なにかがあるみたいだ。そこまで行こう!」


 ユージはテントのオレンジ色の光に向かって走り出した。

「あー! 砂やろ! あのエンジェルの正体って。うしろから、黒い砂の塊が追ってきとるで!」

 そんなユキナに対してユージは、

「ほっとけ! とにかくテントまで急げ!」


 やがてユージはテントの前まできた。

 テントを囲むバリケードを飛び越え、その内側に入り込んだ。そのとき、猛烈な音がして、テントの一部が倒壊した。――そこには、エンジェルの姿があった。

「あー! あたしのテントが!」

 と騒ぐユキナは、薙刀の柄を生成し、エンジェルに向かって構えをとった。

 エンジェルがユキナに襲いかかる。甲高い金属音を響かせ、ユキナはエンジェルの腕を弾いた。

 ユージは再びマップを見て、ミオの座標を確認した。

「こっちだ! こっちになにかがある!」

 ユージはテントの反対側に回り込んだ。すると、白い扉があった。

 ユキナはエンジェルの攻撃をさばきながら、扉の方に後退していた。しかし、エンジェルが振り回す鎌は途切れず、なかなか隙を作れないようだ。どんどんテントが破壊されてゆく。

 そこでユージも電磁ナイフを構えてエンジェルに向かっていった。エンジェルの真横に回り込み、突きこむように攻撃すると、エンジェルはくぐもった唸り声を上げて後退した。そしてそのまま、一時退却とばかりに闇の中に消えた。

「よし、進むぞ!」

 ユージはそう言って、白い扉に向かって駆け寄ると、迷わず飛びこんだ。

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