第32話

 ユージはグロウバレーのはずれにある、エントリーゾーンにやってきた。あたりには細い水路や、寂れたバーなどが見える。そんな場末の一画だ。

 となりにいるユキナは、

「それにしても、カレイドて……」

「ああ。あんな面倒な場所に、なんでだろう」

「そういえば、こないだ、カレイドで。ゴーストの女の子が、殺されたとか、行方不明になったとか。そんなんあったやん。げんが悪いこと言うて、すまんねんけど」

「ああ……」

「とにかく、カレイドに行かな、はじまらへんなァ」

「そうだな」

 ユージはうなずいて、転移用のメニューを展開した。グロウバレーから直接転移できるヘヴンの一覧が表示されている。その中から、カレイドを選択する。



   *   *



 ユージたちはカレイドの基点となる玄関口エントランスにやってきた。

 そこはおよそ百メートル四方の、真っ白な内壁と天井に囲まれた、奇妙な部屋だった。

 周囲の壁をよく見ると、扉の形のような光の筋が無数に見えた。――それらの、いわば『光の扉』は訪問者ごとに作られるものだ。

 また、光の扉の上には、訪問中のアバターのIDが銀色の文字で書かれていた。

 ユージとユキナは、手分けをしてミオのIDを探した。――座標送信機ロケーターは、ここでは正確な座標を取得できないらしく、目視で探すしかなかった。

 途方もない作業のように思われたが、三十分ほど探すと、ユージは『mio-whiterabbit41』という文字を見つけた。

「あったぞ、これだ!」

「あー! それみたいやな」

「行こう――」

「ちょい待ちい。ほなら、エンジェル関連かもしれへんし、配信しとこ」

 そこでユキナは、腰のポーチに手をのばし、オートカメラを取り出すと、その銀色の球体を宙にはなった。

「ユージも、配信せえへんの? エンジェルが絡んでる可能性が高い思うけど。そうでなくても、配信しとけば、多少は得点ルクスが入るやんか。わすれとった?」

「ああ。……そうだな」

 ユージは奇妙な感じを抱きながら、懐からオートカメラを取り出した。


 ヘヴン・ストリームの配信者用アカウントは作成済みで、フォロワーも五百人以上はいた。――武器戦闘ウェポンズリーグで戦っていたときのファンがついてきたのだろう。

「しかし、よりによって、カレイドを配信するなんて。……ミオに、なんて言おう」

「カレイドが、心の中を映すから、てこと?」

「ああ……」

「ほなら、あとから謝ったらええ。……再会できてからなァ」

「わかってるさ」

 ユージは光の扉に近づいて、おそるおそる手を差し入れた。その手はなんの負荷もなく壁の中に吸い込まれた。続いてその腕を、肩を、体を入れていく。



 その先には、真っ白な空間が続いていた。

 めまいを覚えながら、その真っ白なトンネルを進むと、やがて、出口と思われる光の扉が見えてきた。後ろにはユキナがついてきている。



   *   *



 扉を出た先には、夜の街のネオンが輝いていた。

 そこはどうやら、グロウバレーの街角のようだった。ユージが振り返ると、背後には光に縁取られた白いドアの枠が立っていた。

 そのときドアがひらき、ユキナの姿が現れた。ドアから足を踏み出すなり、目を広げた。

「んー。グロウバレー?」

「みたいだな。でも、気をつけた方がいい。ここがカレイドだってことを、忘れるな」

 ユージがふと空を見上げると、紫色の夜空に金銀の星々がひしめいているのが見えた。青い水盆に砕いたガラスを投げ込んだかのような、危うくもきらびやかな夜空だった。

「まさに、万華鏡カレイドスコープやなァ」

 というユキナの言葉に、ユージは妙に納得してしまった。

「ミオが見ている世界……。同じヘヴン・クラウドであっても、ミオには、こう見えているってことなのかもな」


 ユージは裏通りを進み、やがて中央通りに出た。

 通りを歩く人々は、カレイドの中で生成された、疑似的なアバターたちのようだった。いずれのアバターも、妙に背丈が高く、表情はいかめしく威圧的だった。

 一方で、道の端の方に小柄なアバターの集団がいた。

 彼らは5人ほどで身を寄せ合い、なにかを恐れるように歩いていた。彼らのステータスウィンドウを見ると、ゴーストの集団のようだった。

 ユキナはそれを指して、

「なんや、悲しゅうなるなァ」

「そうだな。ミオは、肩身がせまい思いをしているんだろうな。――いずれにしても、早く探しだそう」

 そこでユージは再び、ミオの座標送信機ロケーターの発信場所を見た。視界のマップ上にはミオの座標と、矢印が出ていた。

 ユージはその矢印にしたがって、しばらく進んだ。

 そのとき、遠目ではあるがついにミオらしき少女の背中が見えた。

 襟首の開いた薄桃色のブラウスを着ており、体格などがそっくりだ。少女がふと横を向いたとき、ユージは確信した。やはりミオのようだ。

「ミオ! 待つんだ!」

 ユージは声を張りあげたが、ミオは見向きもせず、人混みの中に消えてしまった。

 ユキナが驚いた声をあげた。

「なんや? ミオがおったん?」

「そうだ! あっちの方に……」


 ユージはミオが消えていった方へ足早に向かった。すると、そこには噴水広場が見えた。

 グロウバレーにある噴水広場ととても似ているが、それよりも広く、噴水もより高く巨大だった。

 

 噴水広場には様々なアバターがいたが、やはり奇妙な、背の高い人々だった。その中には、ミオの姿はなかった。

 ユージは追いついてきたユキナに言った。

「だめだ。たしかにこっちにきたのに……」

「おらんなァ。ミオは、どないしたん。なにかに取り憑かれてるか、操られてるか……」

「そうだな。新手のエンジェルの手口かもしれない。――とりあえず、ちょっと、座標を見てみる」

 ユージは視界のマップ上で、ミオの座標の最新位置を探した。すると、矢印のみが出ていた。矢印は、噴水の反対側を示していた。

 ユージは噴水の反対側にぐるりと回り込んだ。すると、そこに『扉』が見えた。

 それは地面に立つ、光の稜線に縁取られた白い扉だった。

「ここに扉があるぞ」

「さっきくぐってきたのと、似とるなァ」

「ああ。進もう。たぶんこの先だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る