第31話
ユージはミオやユキナと、グロウバレーの噴水広場にいた。グロウバレーにきてから、二日が経っていた。とはいえもっとも、ヘヴン内ではずっと夜だったため、昼夜の感覚がおかしくなってはいたが。
その噴水広場は、ユージとミオが泊まるホテルの近くにあった。
星空とネオンに囲まれた噴水広場には人々が集まっていた。中央の噴水には様々な電飾がほどこされ、光の帯にそって水がきらきらと舞い、下へ落ちていった。
ミオは少し離れたところで噴水のへりに座って、光の奔流を見ていた。その右腕には、銀の腕輪がはめられていた。
ユージはミオの姿が離れすぎないように注意していた。ミオには
褐色の肌の女戦士――ユキナはユージのとなりにいた。ユキナは少し前まで現実世界に戻っていたが、再びグロウバレーにやってきたところだ。
噴水を見上げるユキナの瞳には、無数の光の粒が宿っていた。
「そういえば、あと、なんぼやったっけ」
というユキナの質問にユージは答えた。
「上級市民までってこと?
「まだまだやなァ! ほなら、残りを速攻で稼がな。ミオのためにも」
「ああ。そうだろうな。ところで、ユキナは?」
「あたしは、あと二十二万ルクス! こないだ、森でエンジェルにやられてもうて、ペナルティ食ろうたやん。それでがっつり取られて……」
「そうか。悪かったよ。おれが、つきあわせたばっかりに」
「いやー。そら、あたしも、リスクはわかってやっとるわけやし。自分のせいや……。ここから、稼がせてもらうから、気にせんくてええよ」
「ああ。わかったよ」
「目的は違うかもしれへんけど。
「聞いていいならば……」
「ん、なんや」
「ユキナは、なんのために戦うんだ?」
「せやな。こだわりかもなァ」
「こだわり?」
「うん。お父はんは、……というか、うちの家系は
「そうか。だから、薙刀を使っているんだな」
「せやな。で、お父はんが、四年前に病気で、他界して」
「そうか……」
「せやから、あたしの薙刀や、流派の力を証明すれば。――現実では無理でも、ヘヴン・クラウドで、また流派や道場を広められるんちゃうかな、思て」
ユキナは暗い夜空を見ていた。表情は悲しそうだった。ユージはうなずいた。
「ユキナなら、たぶん、できるはずだ」
* *
ユージは薄暗い、人のいない町並みを歩いていた。
遠くから聞こえる、甲高い歌声のようなものに導かれて――。
それらの光景はどこか、懐かしい感じがした。
しばらく行くと広場があり、そこには金色の巨大な十字架があった。水平にゆっくりと回転する十字架は、ある種の天体のようだった。
歌声はその十字架から聴こえてきていた。
『触れるがいい』
『あなたは、求められ、同時に、求めている』
『あなたの使命をはたすために』
そんなことを歌っていた。
ユージはその十字架に近づき、そろそろと右手を伸ばした。その手の中には白いシーツが握られた。――体の下にはホテルのベッドのシーツが敷かれている。そこはグロウバレーのホテルだった。
ユージは戸惑い、漠然とした不安に襲われた。そこでミオの顔を見て落ち着こうと考えた。ミオの寝顔を見れば、そこがヘヴン・クラウドだろうと、悪夢の中だろうと、現実だろうと構わない。
ユージは体を起こして、となりを見た。ツインベッドのもう一方に、ミオが眠っているはずだ。
しかし、ミオはいなかった。
ユージは震える声で呼びかけた。
「ミオ、どこだ?」
しばらく探しても見当たらず、
『グロウバレーに住むゴーストの少女が死亡。なぜカレイドに』
* *
ユキナは噴水のある公園のベンチで、光にくすんだ夜空を見ながら、さびれてゆく道場や流派のことを考えていた。
それから、亡くなった父親のこと。ユージやミオのことも。
いくら考えても整理ができなかったが、考えることで、少しだけ悲しみや不条理に慣れることができる気がした。
やがてユキナはふと立ち上がって、噴水の周りを歩いた。水面は色とりどりの光に照らされ、
噴水の中央の取水塔に水が吸い上げられ、そこから水は光とともに夜空にばらまかれていった。ユキナはその無限の循環に、美しさを感じた。
――そこで、ユージからメッセージがあった。その内容によって、はたと現実に引き戻された。
『ミオがいなくなった。なぜか、カレイドにいるらしい。至急、合流したい』
ユキナはユージがいるホテルの方を見て、駆け出した。――そのとき、道の脇に妙なものが落ちているのを見た。
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