第31話

 ユージはミオやユキナと、グロウバレーの噴水広場にいた。グロウバレーにきてから、二日が経っていた。とはいえもっとも、ヘヴン内ではずっと夜だったため、昼夜の感覚がおかしくなってはいたが。


 その噴水広場は、ユージとミオが泊まるホテルの近くにあった。

 星空とネオンに囲まれた噴水広場には人々が集まっていた。中央の噴水には様々な電飾がほどこされ、光の帯にそって水がきらきらと舞い、下へ落ちていった。


 ミオは少し離れたところで噴水のへりに座って、光の奔流を見ていた。その右腕には、銀の腕輪がはめられていた。

 ユージはミオの姿が離れすぎないように注意していた。ミオには座標送信機ロケーターを付けていたから、居場所がわかるようになっていた。しかし、なにかがあってからでは遅い。だから、ユージはできるだけミオを視界に捉えるようにしていた。


 褐色の肌の女戦士――ユキナはユージのとなりにいた。ユキナは少し前まで現実世界に戻っていたが、再びグロウバレーにやってきたところだ。

 噴水を見上げるユキナの瞳には、無数の光の粒が宿っていた。

「そういえば、あと、なんぼやったっけ」

 というユキナの質問にユージは答えた。

「上級市民までってこと? 主天使階層ドミニオンクラスに必要なのが、五十万ルクスで。……いまのおれは、だいたい二十七万ルクスだから。あと、二十三万ルクスかな」

「まだまだやなァ! ほなら、残りを速攻で稼がな。ミオのためにも」

「ああ。そうだろうな。ところで、ユキナは?」

「あたしは、あと二十二万ルクス! こないだ、森でエンジェルにやられてもうて、ペナルティ食ろうたやん。それでがっつり取られて……」

「そうか。悪かったよ。おれが、つきあわせたばっかりに」

「いやー。そら、あたしも、リスクはわかってやっとるわけやし。自分のせいや……。ここから、稼がせてもらうから、気にせんくてええよ」

「ああ。わかったよ」

「目的は違うかもしれへんけど。上級市民うえを目指すんは同じや」

「聞いていいならば……」

「ん、なんや」

「ユキナは、なんのために戦うんだ?」

「せやな。こだわりかもなァ」

「こだわり?」

「うん。お父はんは、……というか、うちの家系は己円流きえんりゅう薙刀術いう、武術の宗家で。その流派がなくなりそうなんや」

「そうか。だから、薙刀を使っているんだな」

「せやな。で、お父はんが、四年前に病気で、他界して」

「そうか……」

「せやから、あたしの薙刀や、流派の力を証明すれば。――現実では無理でも、ヘヴン・クラウドで、また流派や道場を広められるんちゃうかな、思て」

 ユキナは暗い夜空を見ていた。表情は悲しそうだった。ユージはうなずいた。

「ユキナなら、たぶん、できるはずだ」



   *   *



 ユージは薄暗い、人のいない町並みを歩いていた。

 遠くから聞こえる、甲高い歌声のようなものに導かれて――。

 それらの光景はどこか、懐かしい感じがした。

 しばらく行くと広場があり、そこには金色の巨大な十字架があった。水平にゆっくりと回転する十字架は、ある種の天体のようだった。

 歌声はその十字架から聴こえてきていた。

 『触れるがいい』

 『あなたは、求められ、同時に、求めている』

 『あなたの使命をはたすために』

 そんなことを歌っていた。

 ユージはその十字架に近づき、そろそろと右手を伸ばした。その手の中には白いシーツが握られた。――体の下にはホテルのベッドのシーツが敷かれている。そこはグロウバレーのホテルだった。


 ユージは戸惑い、漠然とした不安に襲われた。そこでミオの顔を見て落ち着こうと考えた。ミオの寝顔を見れば、そこがヘヴン・クラウドだろうと、悪夢の中だろうと、現実だろうと構わない。

 ユージは体を起こして、となりを見た。ツインベッドのもう一方に、ミオが眠っているはずだ。


 しかし、ミオはいなかった。


 ユージは震える声で呼びかけた。

「ミオ、どこだ?」


 しばらく探しても見当たらず、座標送信機ロケーターの信号を見た。すると、ミオは別のヘヴンにいるようだった。それも、カレイドに。その瞬間、あるニュースのことがユージの脳裏によみがえった。


 『グロウバレーに住むゴーストの少女が死亡。なぜカレイドに』



  *  *



 ユキナは噴水のある公園のベンチで、光にくすんだ夜空を見ながら、さびれてゆく道場や流派のことを考えていた。

 それから、亡くなった父親のこと。ユージやミオのことも。

 いくら考えても整理ができなかったが、考えることで、少しだけ悲しみや不条理に慣れることができる気がした。


 やがてユキナはふと立ち上がって、噴水の周りを歩いた。水面は色とりどりの光に照らされ、万華鏡カレイドスコープのように輝いた。

 噴水の中央の取水塔に水が吸い上げられ、そこから水は光とともに夜空にばらまかれていった。ユキナはその無限の循環に、美しさを感じた。

 ――そこで、ユージからメッセージがあった。その内容によって、はたと現実に引き戻された。


 『ミオがいなくなった。なぜか、カレイドにいるらしい。至急、合流したい』


 ユキナはユージがいるホテルの方を見て、駆け出した。――そのとき、道の脇に妙なものが落ちているのを見た。

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